第8話 巡回偵察






 しょうがないな。


「マクロン伍長、すまんが俺が見誤った。助けに行くぞ」


「え、は、はい?」


 俺は木から飛び降りると猛ダッシュした。


 人垣を掻き分けて乱闘現場へと到着する寸前、男の一人がミイニャの頭を殴ろうとしているのが見えた。


「くそお、それはまずいって!」


 間に合うか!


 俺は拳を伸ばした。


 その拳は見事に左頬ひだりほほにヒットした。


「ふにゃああぁぁあっ」


 ミイニャのほほにだ。


 後ろでおびえる少女達が「なんで?」という顔をしている。

 次いでミイニャをぶっ叩こうとした男も唖然あぜんとしている。


 チンピラ共はまだ何があったのか把握してないようなので、俺はここぞとばかりに男たちを一人ずつ殴り倒していく。


 必死に抵抗はするのだが奴らの攻撃はかすりもせずに、俺の拳の前に順番に沈んでいく。

 最後の一人をぶっ倒したところでラムラが俺に文句を言って来た。


「なんでミイニャを殴るんですか!」


 まあ、何も考えてないこいつらはそう思うよな。


「バカが。男がミイニャの頭を殴ってたら、あの男は火だるまだったぞ。そうなると喧嘩じゃ済まされない。軍法会議かその場で縛り首もあり得るのがわかってないな、お前らは」


 ミイニャは頭を叩かれると炎を口から吐く。

 素手での喧嘩で殺傷力の高い魔法の行使はまずい。

 それが新兵の彼女らにはわかってない。

 ここでの喧嘩にもルールってもんがある。


 俺の言葉にラムラは黙ってしまった。


 ぶちのめした男の一人が起き上がり、文句を言ってくる。


「て、てめえ。不意打ちとは卑怯だぞ!」


 何を言ってるんだか。

 女相手に本気出そうとしたお前らが言うセリフかよ。

 そもそも、俺はお前らを救ったんだがな。


 俺が言い返そうかと思った時、野次馬の中から声が掛かる。


「魔を狩る者、ボルフ軍曹。久しぶりだな!」


 声のする方を見るとそこには、かつての戦友であるマニーラット伍長がいた。


 その言葉を聞いた男たちが恐怖の表情で俺を見る。


「魔を狩る者っておい。ま、まさか……本物なのか……」

「いや、奴は後方へ引っ込んだって話だぞ。ここにいるはずがねえ」


 するとマニーラットが男たちに向かって言った。


「こいつは本物の“魔を狩る者”ボルフ軍曹だよ。戦線に復帰したって聞いてないのか?」


 それを聞いた男たちは、青ざめた顔して走りだす。


「おい、相手が悪い、逃げるぞ!」


 少女達は俺を見ながら「え、ウソでしょ?」とか言ってる。


 まあ、いずれわかることだし良いんだがな。

 何か少女らの俺を見る目が変わったな、なんだその恐怖する目は!


「マニーラットか、本当に久しぶりだな。何年ぶりだろ。しかしお前がまだ生きているとはな。結構しぶといな?」


「ボルフ、敵の中から一人だけ帰還してくるような奴にしぶといとか言われたくないよ」


「そんな昔の話を持ち出すなよ。ふはははは」


 そんな二人の会話にラムラが割り込んできた。


「ボルフ軍曹、さっきの二つ名って本当に軍曹のことなんです…か?」


 うーん、俺からは言いずらいんだよな。

 自慢するみたいで嫌なんだよな。


 だがマニーラットが答えてくれた。


「本当だよ。ここにいるボルフ軍曹があの有名な“魔を狩る者”だよ。敵兵からも味方の兵からも恐れられた恐怖の存在だよ」


「おい、マニーラット、言い過ぎだぞ」


「ボルフ軍曹って凄い人なんだにゃ!」


 いつの間にか起き上がって来たミイニャが、腫れあがった左頬ひだりほほをさすりながら俺の横にいる。


 他の少女からもヒソヒソ話が聞こえてくる。


「子供の頃に悪い事すると出ると言われてた奴じゃん」

「敵味方関係なく千人殺したって言う?」

「え、え、軍曹って極悪人?」


 おい、おい、絶対色んな人物と混同してるぞ。


「ボルフ、ここにいると見回りが来るぞ。散った方が良い」


「そうか、じゃあまたな」


 そう言ってマニーラットとは別れ、俺達も少女達を連れて自分達の野営地へ向かった。


 野営地へ着いたところで改めて紹介をする。


「皆、集合しろ。整列はしなくて良い」


 俺の声に少女達が集まって来る。

 俺はひじで横にいるマクロン伍長をこずいた。

 すると慌ててマクロン伍長が話し出す。


「え、えっと、私はノエミ・マクロン伍長だ。ラムラ兵長達のいる分隊長を任された者だ。よ、よろしく頼む」


 まあ、そんなもんか。


「俺からも言っとくが、一線部隊での初の女性下士官だ。お前たちも同様に初の女性部隊だ。お前らの活躍は全軍が見ている。頼むぞ。それからミイニャ兵長のいる分隊は俺が任されているんで引き続き頼むな。以上。野営の準備をしろ」


 一個小隊は5個分隊で構成される。

 つまりこの小隊には俺達のようなクロスボウ小隊があと3個分隊いる。


 ただし、俺達の分隊とは違い男だけの分隊だ。

 さっきみたいな問題が起きないかが一番の心配だな。


 その日は野営準備と荷物の整理で終わって就寝した。

 もちろん交代で見張りを立てた。


 夜這いしてくる奴がいないか心配だったが、そんな事もなく朝を迎えた。


 翌朝、小隊本部のテント前に集合だ。

 ペルル小隊の5個分隊が勢ぞろいになる。


 その分隊の中に昨日ぶっ飛ばした男6人のいる分隊があった。

 ジダン分隊に所属している6人らしく、一人は副分隊長である兵長の記章を着けている。

 俺と目が合うとスッと視線を逸らす。


 今回の集合は新しい分隊が加わったよという紹介みたいな感じだ。

 その後、ペルル小隊長から俺達に初めての任務が言い渡された。


「えっと、ボルフ軍曹とマクロン伍長の分隊はこの後すぐに巡回の任務に行ってもらえるかな。詳しくは伍長に聞いてくれ」


 ペルル小隊長はニコニコしながら言った。


 この士官はいつもニコニコしているよな。

 羨ましい性格だ。


 伍長から説明を受けたんだが、要は味方の占領地の定期巡回だ。

 一応、駐屯部隊がいるらしいのだが、その補給物資の輸送と安否確認みたいな任務のようだ。

 

 まあ、この程度の任務が少女部隊にとっての仕事なんだろうな。

 クロスボウ部隊がする仕事じゃない気もするんだが、そこは色々と上層部の事情もある事だろうし、黙って命令に従いましょうかね。


 この駐屯地周辺にはいくつか獣人やヒューマンの村がある。

 さすがに村がある場所まで敵は攻めてこないのだが、時折食料を盗みに敵兵士が来ることがあるらしい。

 その部隊規模は数人から一個分隊まで様々らしい。

 

 一応村々には一個分隊から一個小隊までの駐屯兵がいるのだが、時々巡回して手紙や村で補充出来ない物資を持って行くんだそうだ。

 それと異常は無いかの点検だな。


 巡回で行ったら、駐屯部隊が全滅なんてこともたまにはあるらしい。


 俺達が行くのはかなり安全圏と言われる場所で、敵との戦闘区域からもかなり外れた場所だ。


 安全圏なため駐屯部隊も一個歩兵分隊しかいないような村。

 特に戦略的に重要でもない場所にある、山間部の小さな山村だ。

 村の名称もそのまま「山間村」だ。

 本当は違うらしいのだが、兵士らの間ではそう呼ばれている。


 翌日、マクロン伍長の分隊と一緒に二列縦隊で行軍を始めた。


 ボルフ分隊が先頭を行き、次に少し間隔をあけてマクロン分隊が進む。

 今回の巡回は特に補充する物資は無いとの事で、荷物は自分達だけの分、しかも接敵の可能性が低いってことで軽装備だ。

 俺もいつも着ている愛用の革鎧は置いて来た。


 日の出とともに出発して昼過ぎには山間の村が見えて来た。

 本来ならばもう少し早く到着予定だったのだが、初めての道だったのと、行軍速度が遅かったのが原因でこの時間となった。


 ちなみに一番遅いのはマクロン伍長だ。

 何でそんな体力のくせに革鎧を着て来たんだ?


「ひ~、やっと到着ね。もう足が棒みたいですよ」


 そう俺に訴えかけるのは、もちろんマクロン伍長だ。


「早く村に行って足を洗ってマッサージしたいですよ」


 キツそうだな。

 だが放って置く。


 しばらくして俺は手を挙げて行軍停止の合図を送った。

 さらにその場にしゃがみ込み、警戒態勢を取るように指示を出す。


 なんか様子が変だ。

 野生の勘とでもいうか。


 伝令役の兵士が姿勢を低くしながら、後続の隊列にそれを知らせて走る。


 少女達は順番に姿勢を低くしていき、しゃがんだ状態でクロスボウの準備を始めた。

 器具を使って弦を張り、少女達は次々に発射レール部分にボルトをつがえていく。


 今回の巡回は軽装状態だったので、ボルトの予備も一人当たり10本といつもよりも少なめだ。


 俺はひとりつぶやく。


「静かすぎるな……」


 それを聞いたマクロン伍長がビビッて「ゴクリ」と息を飲み込む音が響く。


 俺は後ろにいる獣人兵に匂いについて問いかけるも、この場所はわずかに風上になっていてわからないと言う。


 まずい、風上なのか。

 ってことは向こうに敵がいたら気が付いてる可能性があるな。


 しかし、その考えは杞憂きゆうに終わった。


 村の入り口付近で動きがあったからだ。

 

 ゴブリン兵だ。


 ゴブリン兵に獣人のような嗅覚はない。

 だが、使役する魔物がいたらその限りではない。


 槍を肩に抱えたゴブリン兵が2匹、村の入り口で見張っているのが見えた。

 あいつら、小さいから気が付きにくいんだよな。

 特に警戒している様には見えない。

 という事は、こちらに気が付いていないということ。


 この位置ならまだ敵に気が付かれはしないが、これ以上近づけばこの人数だ、発見される可能性が出て来る。


 まずは敵の部隊規模を知りたいな。


 ここは獣人の活躍の場面だ。


「サリサ、ミイニャ、手を挙げて見ろ」


 俺の言葉に訳が分からず、とりあえず片手を挙げる二人。


「え、え、何?」

「ほいにゃ」


「良し、貴様らの志願は立派だ。それじゃあ二人で偵察に行って来い。ルートは――」


「え、ちょっとそれはずるいですよ。志願なんてしてないですって」


「良くわからにゃいけど、まあいいにゃ。行って来るにゃ。サリダン、あきらめるにゃ」


 こうして強引にだが偵察をさせることになった。

 二人とも獣人で五感が優れる。

 匂い、音に対してヒューマンよりも敏感だ。


 ミイニャとサリサ余計なものはすべてこの場に置いて、小剣だけを持って村へと近づいて行った。


 30分ほどして二人が戻る。

 そして興奮した様子でミイニャが報告した。

 

「ボルフ軍曹、大変にゃ。味方部隊は多分全滅にゃ。それとヒューマン女性が納屋にいるみたいにゃ。匂いで解かるにゃ。まだ生きてるにゃ」


「二人とも上出来だ。帰ったら焼きモロコスを食わしてやるぞ、あ、一本ずつな。ここ重要だぞ。それで敵の規模はどれくらいだ?」


「やったにゃ、焼きモロコスにゃ」


 そこでサリサが答える。


「見えただけでゴブリン兵が10人くらいです。だけどもっといそうでしたね。それと装備は槍で鎧は着ていませんでした」

 

「弓は無かったのか?」


「はい、弓は確認できませんでした」


 そうかそれならこの部隊でもやれそうだな。


「マクロン伍長、俺は攻撃を掛けたいと思うんだが君はどう思う?」


 俺の方が階級が上ではあるけど、彼女は別の分隊でもある。

 俺の意見だけで事は進められない。

 一応意見位は聞かないとな。


「ええっと、私は、その、ボルフ軍曹の意見に賛成です……」


 ああ、判断できないから任せるってことな。

 まあ、良い。


 敵は弱いゴブリン兵だし軽装備だ。


 ここは敵兵との戦闘経験をさせてやるか。


 




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