第26話 三十六計逃げるにしかずっ!

 誰か起きている人がいないかと私は店の中を探す。

 そして、庭に面した廊下に来たとき、目の端で何かが動いたのが見えた。

 私はバッと振り返る。

 店の誰かではないと思った。

 黒い。


「白浪小僧!?」


 私の叫びに答えは無かった。

 黒い影が近付いてくる。その手には光るものが見える。刃物の切っ先だ。


「え、待って……!」


 本当に白浪小僧は私の家にやってきた。


「ちょ、ちょっと! 話せばわかるっ!」


 私の声に白浪小僧は全く反応しない。

 ただ、私を殺そうとしている。

 殺気が見える。

 本当に白浪小僧は私の口封じにやってきた。

 囮として最高に役目を果たしている。

 が!


「誰かーーーーーーーー!」


 誰も守ってくれる人がいないのは想定外だ。

 みんな寝ている。岡っ引きの人まで寝ている。

 困る。

 これじゃ囮の意味が無い!


「であえであえーーーーーーー!」


 思わず最後のピンチの時に悪役が言うセリフを叫んでしまう。

 さすがに、これは……無理。

 私が、怖くなって目を閉じてしまったときだった。


 キィン!


 澄んだ金属音が響いた。

 なんだかとても聞き覚えのある音だ。

 だけど、テレビの向こうでしか聞かないような音。

 そして、私は死んでない。

 ということは……。

 私は目を開ける。


「え?」


 私の前に黒装束を着た人影があった。

 もちろん、さっきの人とは違う。

 しかも、今私の目の前にいる人は短刀を手にさっきの白浪小僧? と対峙している。


「ちっ」


 私を殺そうとしていた白浪小僧が舌打ちする。

 新しく現れた方は私のことを守るように立っている。


「白浪小僧が二人?」


 どういうことかわからなくて混乱する。

 私を背に庇ってくれている方も白浪小僧なんだろうか。

 というか、なんだかこの人には見覚えがある気がする。こっちの方が本物の白浪小僧だと思えるような……。


「あの時の!」


 ハッと気付いて私は叫んだ。

 この人だ。

 この人が、最初に会った白浪小僧だ。

 雰囲気が全然違う。

 どこか優しげな雰囲気。

 さっき私を殺そうとした白浪小僧にはなかった。あっちが、私が顔を見てしまった白浪小僧だ。

 だったら……。


「あっちは、偽物?」


 私は呟いた。無意識だった。

 けれど、私の目の前にいる白浪小僧がこくりと頷いた。


「それじゃ、殺しをしていた白浪小僧って……」


 私の呟きに、本物の白浪小僧が再び小さく頷く。私が聞こうとしていることをわかってくれたみたいだ。

 それでようやくわかった。

 白浪小僧は本当に二人いた。

 本物は義賊で私を守ってくれている方。

 そして、短刀を構えて本物の白浪小僧と対峙しているのが偽物で殺しを平気でやっていた方。

 偽物の白浪小僧がじりと距離を詰めてくる。

 白浪小僧が私を庇うようにして少し後ろへ下がる。


「てめぇが本物の白浪小僧か」


 偽物の白浪小僧が口を開いた。

 本物(だと私が信じている方)は答えない。

 本当に本物だったら偽物なんかに答える義理なんか無い。

 本物の、とか言い出した時点であっちが偽物であることに間違いは無い。


「おめぇのお陰で、最初の仕事は上手くいったぜ。白浪小僧は義賊だからと入るのも簡単でな。ありがたかったぜ。あんまり上手くいくから、こうして今も稼がせてもらってるわけよ」


 へっと、偽物の白浪小僧が笑う。

わざわざ説明セリフを話してくれるのはありがたい。時代劇ではよくある話だ。

偽物の白浪小僧はぺらぺらと話し続ける。


「ま、偽物だと今更バレても困ることはないんだけどよ。そいつぁ、俺の顔を見ちまってる。さすがに殺さねぇとな。前はあんまり知ったような顔をして近付いてくるから驚いちまってし損じたぜ。まさか、おめぇの知り合いか?」


 聞かれても本物の白浪小僧は答えない。

 知り合いかと言われれば一度会ったことがある程度だ。

 と、思わず答えそうになるが白浪小僧が答えていないのに私が答えるのもおかしいと思い、口をつぐんでおく。


「ま、どちらでも同じことよ。邪魔立てするなら、おめぇも一緒に地獄に送らせてもらうぜ。今まで稼がせてくれてありがとよ。白浪小僧、覚悟!」


 偽白浪小僧が地面を蹴った。


「下がっていてください!」

「は、はい!」


 再び、キィン! という金属音がする。

 白浪小僧が偽白浪小僧の刃を受け止めたのだ。

 ちなみに時代劇ヘビーユーザーの私には聞き慣れたこの音、実際は後で付けている効果音らしい。が、今は普通に鳴っている。

 さすが時代劇の世界!!

 なんて興奮している場合じゃない。

 じりじりと白浪小僧は、偽白浪小僧に押されている気がする。


「くっ」

「大丈夫ですかっ!」


 白浪小僧の苦しげな声に思わず心配になって声を掛けてしまう。


「すみません。こう見えて、荒事は苦手でしてね」

「え?」


 思わず今の状況にそぐわない間抜けな声を出してしまった。

 あの白浪小僧ともあろうものが、荒事が苦手なんて不思議な感じがした。だって、軽業みたいに飛び回るようなイメージだけど、それでいて強い。そんな風に思っていた。だけど、それ以上に何かが引っかかった。


「どこかで似たような言葉を聞いたような?」

「!」

「ひぇっ」


 白浪小僧が受け損なった短刀が私の鼻先を掠めた。

 なにかを思い出しそうだったのに、頭の中から全部吹っ飛んだ。

 なぜか白浪小僧の動きがぎこちない。

 疲れてきたのだろうか。

 これは、もしやピンチなのではないだろうか。

 このままでは白浪小僧まで危なくなってしまうのではないか。


「あの、私を庇わなければ逃げられるのでは……? 後ろに思いっきり走りますので、そうすれば二人とも逃げられるかも」

「!?」


 驚いたように白浪小僧が一瞬動きを止めた。


「ああ、確かに。そうですね」

「はい」

「……ですが、偽白浪小僧の狙いはあなたですよ」

「あ、そうでした」

「私が逃げればどうなるか……」


 白浪小僧の言うとおりだ。

 だけど、自分がピンチなのに白浪小僧は私のことを心配してくれている。やっぱり、こっちの白浪小僧は義賊だ。正義の味方なのだ。

 正義の盗賊は本当にいた!

 そのことに私は嬉しくなって飛び上がりたくなった。

 時代劇はそうでなくちゃ!


「くふふ」


 思わず笑みがこぼれたときだった。


「うひゃっ」


 再び私の鼻先を短刀が掠めた。


「なにをぼんやりしているんですっ!」

「ごごご、ごめんなさいっ!」


 今のは確実に私が悪い。

 そうだった。喜んでいる場合じゃない。

 正義の盗賊、白浪小僧に守られているといっても気を抜いていい状況じゃなかった。

 白浪小僧はじりじりと押されている。


「すみません。相手は結構やるようですね」

「悪者ですからね」


 なんだかこの場にそぐわない感じで白浪小僧が謝ってくるので、私も普通に返事をしてしまった。

どうしてだろう。こんな状況だというのに白浪小僧と話していると少し和んでしまうのは。

 一方、偽白浪小僧の方は無言で迫ってくる。

 顔を隠しているとはいえ、どうして私は最初に会った白浪小僧と同一人物だと勘違いしてしまったんだろう。

 そんな風に思えるほど、偽白浪小僧と白浪小僧は全く違う。

 向こうはやっぱりどう見たって悪者で、こっちは優しい人だ。

 だって、さっきからずっと私のことを庇ってくれている。

 そして、今はピンチだ。

 それなら、やっぱり。


「……私」

「え?」

「やっぱり、足手まといみたいなので下がってます!」


 よく時代劇だとあるじゃないか。


『〇〇は下がっていろ』

『は、はい』


 なんて言って、後ろに下がっているとなぜか攻撃されなくて大丈夫なことが!

 しかも、逃げている人が狙われている当人である場合でも後ろに下がっていれば、なぜか助かるものなのだ。

 そんでもって、白浪小僧も私を庇って戦うよりも全力が出せて逆転しちゃったりするはずだ。

 そうだと信じよう。

 そうと決めたら……。


「逃げるが勝ちっ!」


 私は思いっきり駆けだした。


「あっ、こら、危ないですって!」


 白浪小僧が私を止める声がした。

 そして……、


「えっ!?」


 てっきり私のことなんか放っておいて白浪小僧と戦うと思っていた偽白浪小僧が、全力で私に向かってきたのだった。

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