第16話
爆発は連動的に起きていて、ショッピングフロアを縦断する間も至る所から爆発音がして、上階の天井や床が崩れ落ちてきていた。予期しない爆発に、館内にいた代表の仲間たちも慌てて逃げ出していた。
階段も崩れ始め、柱にも亀裂が入る。一刻も早く脱出しなければ、建物の崩壊に巻き込まれてしまう。だけど、さっき左大腿部を撃たれた時にアクチュエータまで損傷した所為で、あたしは上手く走れなかった。
「西銘くんごめんなさい。あたし、お父さんを助けられなかった」
自分の損傷よりも、それだけが悔やまれた。あたしならやれると思っていたのに、とんでもなく無力で、少しも役に立てなかった。言葉が全く届かなかったことが、悲しくて悔しかった。
だけど西銘くんは、あたしを責めなかった。
「気にするな。最後は俺がやったんだ。お前は悪くない」
(全体は間に合わなかったのか。でも、思っていたより爆発の規模が小さい)
西銘くんに遅れを取りながらも、正面出入口に向かってあたしは必死に走っていた。ところがその途中、落ちていたコンクリートの破片に気付かず躓いて転んでしまった。
「大丈夫か」
「うん」
(左足が言うことを聞かない。思ったよりアクチュエータが損傷してるのかも)
このままだと足手まといになってしまう。だから西銘くんに、先に行ってと言おうとした。
その時、あたしのすぐ後方の二階で爆発が起きた。
「……! おい! 早く立て!」
「え?」
西銘くんの顔色と声音が危険を知らせた。振り向くと、崩落するエスカレーターがあたしの上に迫っていた。
「……っ!」
すぐに立とうとしたけれど、左足が言うことを聞かない。このままだと、エスカレーターの下敷きになってしまう。
そのあたしの状況を瞬時に察した西銘くんが、あたしの腕を思い切り引っ張って投げ飛ばした。おかげで、あたしは窮地を脱した。だけど。
あたしの代わりに、西銘くんが巻き込まれてしまった。
「西銘くん!」
聴覚を支配した轟音の衝撃で、あたしはダメかと一瞬絶望した。だけど、視界を遮った粉塵が晴れて頭が見えると、運良く一命を取り留めた姿に安堵した。
けれど、それも束の間。西銘くんの下半身は、エスカレーターの下敷きになっていた。
「待ってて! すぐに助けるから!」
あたしは左足を引き摺りながら急いで近付いて、パワーリミッターを全解除してエスカレーターを退かそうとした。右肩は動かないけど肘から下は使えるから、どうにかして助け出そうとした。だけど、全然びくともしない。
「俺のことはいい。お前は逃げろ」
「ダメ! 助ける!」
「いいから」
「嫌だ!」
「いいから逃げろ!」
西銘くんは、救助しようとするあたしの腕を力強く掴んだ。
「俺なんかに構うな。心中する気か」
「それでもいい!」
「よくねぇだろ!」
西銘くんは怒鳴った。拒んだんじゃなくて、あたしを思って叱った。
「お前は何の為にいるんだよ。ここで俺たちと死ぬ為じゃないだろ。これからもっとたくさんやることがあるだろ!」
そんなの言われなくてもわかってる。恐れることをやめてせっかく前に進めたのに、またこんなところで立ち止まりたくない。でも、それよりも。
「でもっ。置いて行ったら西銘くんが……あたしの身体はスペアがあるけど、西銘くんの身体は一つしかないんだよ! だからあたしが助けなきゃ!」
「こんな俺に構うなんて、お前はバカか。テメェのことを一番に考えろよ!」
「ミヤちゃんはどうするの!」
あたしがミヤちゃんのことを言うと、西銘くんはハッとした。
「ミヤちゃんは待ってくれてるんだよ! 心配させたこと謝んなよ!」
「……そうだな。待ってるやつがいるなら、死ねねぇな……だけど、お前に付き合わせるのはここまでだ。先に逃げろ」
「西銘くん!?」
「俺は死なねぇよ。少し足が挟まれてるだけだから、何とかして自力で出られる。爆破が収まれば、自衛隊が救助しに来てくれるだろうし」
「でもっ」
崩落が続いている状態で、見放せる筈がない。あたしがそんなことはできないともうわかっている筈なのに、西銘くんは非情にも、自分を置いて行けと平気な顔で言う。
「もたもたすんな。俺は大丈夫だ。お前はとっとと外に出ろ。そんで身体直して、俺みたいなやつを片っ端から救うんだろ」
「だけどっ」
「いいから行けっ!」
西銘くんはまた怒鳴った。あたしを引き離したいかのように。
「……」
一瞬の判断が結果を左右する場面で、あたしは判断を迷う。一度は救えた人を、置き去りにできない。だけどこのままだと、二人共崩落に巻き込まれる。でも助けるには、外に出て助けを呼ばなければならない。それができるのは、あたししかいない。
留まるリスクと、自分だけ先に脱出するリスク。どっちの方が、西銘くんを助けられる確率があるか……。
あたしは、苦渋の決断を下した。
「……わかった。外に出たら、すぐに助けを呼んで来るから。それまで絶対に死なないで」
あたしは西銘くんの手を握った。
「頼りにしてやるよ」
西銘くんは、素直さを隠して微笑した。
たまらなく辛かった。だけど後ろ髪を引かれる思いで、あたしは左足を引き摺りながらできるだけ全力で外を目指した。
爆発音は一度収まっていた。だけどあちこちから崩落の音が聞こえてきて、早く外へとあたしを焦らせる。さっき後ろで、崩落の大きな音がした。もうそんなに猶予はない。
(上の階からどんどん崩壊してきてる。早く出て助けを呼ばなきゃ!)
不器用な走りで時間がかかったけれど、ようやくエントランスホールに到着した。あと数歩で外に出られる。
その時だった。
「……!」
今までで一番大きな崩落の振動を感知した。あたしの真上だ。
コンディションが万全だったら避けられた。だけど瞬時に離れることはできず、天井が轟音を立てて落ちてきた。
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