第14話




彼女コレの片腕を可動不可にさせたのはマグレだったようだが、ファインプレーだよ」

「あ……」


 たちまち西銘くんの顔色が悪くなる。あの時は近くに誰もいなかった。だから、あたしの右肩が動かないことを知っているのは西銘くんだけの筈だった。

 代表は街の監視カメラをハッキングして、外の様子を見ていたのだ。その傍らにあるタブレット端末で、あたしと西銘くんのやり取りの一部始終も。


「そのあとは流石に見て見ぬ振りはできなかったが……でもまあ、よかったじゃないか。昔のクラスメートと仲良くなれて」


「よかった」と口にしておきながら、彼の口と目元の感情表現の釣り合いが取れていない。ただ状況に合った言葉を発しただけで、何も祝福していなかった。


「で。どうする。リョウヘイ」

「え……」

「どうした。コレと共闘するんだろう。二つ目の要求回答のタイムリミットまで、あと6時間もある。政府のことだから、AIに助けられながらあーでもないこーでもないと言って時間をかけるから、恐らくギリギリまで大丈夫だぞ」

「その。俺は……」


 西銘くんは、また代表に恐れを抱いて畏縮する。言い訳をしようにも、全て見られていては誤魔化しようがない。けれど誤魔化すことを考えることすら、西銘くんにはできそうになかった。

 少し様子を窺ったけれど、恐れて言い出せないのならあたしが代弁をしようと思った。あたしの言葉で説得できないなら、息子の思いを代わりに伝えて翻意を促すしかない。一番身近で唯一の家族の思いを聞けば、復讐を考え直す余地が生まれるかもしれない。

 そう判断して、代弁をしようとしたあたしと同時に口を開いた西銘くんが勇気を出して言葉を発した。


「あの。代表……いや。父さん。俺は、もうこんなことはやめてほしい」

「うん。で?」


 西銘くんの思いを既に知っている代表は、怒りも何も表さない。悪いことをした子供の言い訳に、耳を傾けるような姿勢だった。


「父さんは間違ってる。俺も昔は、父さんの言葉を信じてた。だけど、何も変わらない世の中にこれ以上訴え続けても、何の意味もないと思う。だからもう復讐なんて諦めて、自首してくれよ」

「お前まで私に普通の日常を遅れと、夢みたいなことを言うのか」

「普通の日常は夢なんかじゃないだろ。母さんがいた頃は、三人で普通に暮らしてたじゃないか。あの頃に戻るだけだ」


 代表は僅かに不快さを表情に表した。


「私を裏切った女のことは言うな。あの女は、伴侶の私の思想を否定した。私自身を否定したのだ。お前はそんな過去のものに固執するのか」

「過去に固執してるのは父さんだろ。ひいひいじいさんの無念を復讐に作り変えて、価値のある遺物のように大事に抱えて。確かに政府に不満があっただろうけど、ひ孫の父さんに復讐をしろなんて言い遺したのかよ」

「遺言などなくても、思いは手に取るようにわかる。無念を晴らす為に復讐を遂げよと、枕元に出て言っていたこともある」

「それは思い込みだろ。父さんの都合のいいように自分で捏造しただけだろ」

「私の生きる糧を、お前も否定するのか。復讐を奪われた私は、生きる目的をなくすことになるんだぞ」

「くだらないことを生きる糧にするなよ。もっと他にまともな目的見つけろよ。復讐しか頭にないから他のことに目移りすらしないんだろ。だから父さんに一番合ってる生き方があっても、知らないだけだろ!」


 代表は始終落ち着いた様子だけれど、西銘くんの語りかけは次第に熱くなっていく。“心”に響くようにと願いが込められる。けれど、息子の言葉でもそう簡単には届いてくれない。

 思いが一方通行のまま、代表は息子に問いかけた。


「リョウヘイ。お前は私を慕っていないのか。お前は私を慕っているから、跡継ぎになってくれるんだろう。私の為に学び、手伝ってくれているんだろう。なのに何故、今になって翻意した」

「言っただろ。俺は間違った父さんを止めたい。でも跡継ぎになりたいのは本当だ。俺が今頑張ってるのは、俺が早く跡を継ぐことで父さんを安心させたいからだ。自分の思想も受け継がれたと思えば、安心すると思ったから」


 西銘くんは父親のためを思ってひたすら努力してきたと言う。ところが、息子のその発言に代表はあらぬ想像を構築した。


「と言うことは、お前は数年前から私を騙し欺こうと策略していたと言うのか」

「……は?」


 西銘くんは唖然とした。あたしも、その解釈に至る経緯が理解できなかった。


「組織を乗っ取り、部下たちを意のままに操ろうとしていたのか」

「違う! なんでそういう解釈になるんだよ! 俺はそんなこと考えてない! 純粋に、組織を非営利団体として運営していきたいだけだ!」

「私が引き継いだ組織が薄汚いとでも言うのか」

「ああ、汚いよ! 海外のハッカーを大金で雇ったり、武器屋から銃や爆弾を買ってテロを起こしたんだぞ! そんな組織が、これから今まで通りの活動をしていけると思ってるのかよ!」

「心配はない。全てが上手く運べば、私の思想や理念が間違っていないことが証明され、やがて世界に受け入れられる。そして数年のうちに、世界中のシビリロジー技術は半数以上が排除される。私の目的が達成されるんだ」


 全ては自分のシナリオ通りになると言う代表は、まるで、世界を意のままに操る神様になったつもりでいるようだった。


「何言ってんだ。世界はそう簡単に変わらないって気付けよ!」


 届く筈だった西銘くんの言葉が目の前の壁をするりと抜け、虚しく響く。

 過去に囚われ、息子を疑い、歪んだ理念を信じ、理想を夢想する。復讐にのめり込んだ人間はこうも悲しく、救いの手や言葉が届かなくなってしまうのだろうか。

 説得に行き詰まり始め、どうしたら復讐を生き甲斐とする日常から救い出せるのか、あたしは考え倦ねた。それは西銘くんも同じで、思いを届ける気力を失いかけていた。


「……なあ。もういい加減、目を覚ましてくれよ。こんなことはやめて、昔の父さんに戻ってくれ。俺は、あの頃の父さんに戻ってほしい。あの頃の好きだった父さんと、普通の親子になりたいんだ」


 西銘くんの記憶には、昔の家族の思い出が鮮明に残っている。今も住んでいる平屋で、祖父母と両親と過ごした、僅かな普通の日々を。だから父親が遠い存在になっても、ずっと残り続けていたその記憶があるから、見放したりできなかったんだ。その記憶は、あたしの中にデータとして残っている日々よりも遥かに儚い。


「なぁ。父さん。俺の気持ちをわかってくれよ」


 記憶の中の父親との再会を望む西銘くんは、不安を抱きながらも諦めずに訴えた。親子なのだから、気持ちが伝わる筈だと信じた。あたしもそれを願った。

 ところが。真顔の代表の口から、とんでもない言葉が出る。



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