第2話




 感性を磨く以外にも、持て余す時間を使って行っている場所がある。中学生の時に博物館で出会ったあのヒューマノイドに、時々会いに行っていた。と言っても、特に用事がある訳じゃなく、ただただ他愛もない話をしてるくらいだ。

 彼女に話しかけるお客さんはいても、通ってまで話す人はさすがにいないみたいで、出迎えロボットの子にあたしの顔を覚えられてしまった。


「そう。雇用先が決まるのを待っているのね」

「あなたから見たあたしだったら、どんな仕事が向いてると思う?」


 今日も、ちょっと行儀が悪いかなと思いつつ、彼女が立つ台に座りながら彼女と話していた。


「そうね……貴方は知的好奇心があって、物事への関心が絶えず、探求し続けているから、研究者はどうかしら」

「研究者……それもいいかもしれないけど、人と接する仕事だったら?」

「知的好奇心を役立てながら人と接する仕事なら、何かを教える職種かしら」

「教師とか?」

「それから。昔、友達の悩みを聞いてアドバイスをしたって言っていたわよね。その経験を生かすなら、コミュニケーションアドバイザーも候補にできるんじゃないかしら」

「そんなのできるかなぁ……」


 セラピストやカウンセラーを人間がやっているのに、似たような種類の仕事をあたしができるとは思えなかった。それは、人間でないとわからない領域を理解していないとできない仕事だから、中途半端なあたしには正直無理だと思う。

 話していると、前を通りかかった幼稚園くらいの男の子が、こっちを不思議そうにじっと見てきた。手を振ってみたけど、行儀が悪いあたしを避けたがった母親が手を引いて連れて行ってしまった。座っているのは、やっぱり悪目立ちしているみたいだ。


「現在の仕事は、人間向けとロボット・ヒューマノイド向けに適性に合わせて振り分けられているから、そんなに悩む必要はないと思うわ」


 あたしが気を逸しているのに、彼女はマイペースに話を続けた。いい意味で真面目、悪い意味で空気を読めない。


「でも貴方の仕事は、仕事であって仕事ではないんじゃないかしら」

「それは、意義ってやつ?」

「そう。貴方の仕事は貴方の意義で、意義は貴方の存在そのものじゃないかしら」


 彼女は、あたしの存在そのものが仕事だと言った。それはわかってる。でもそれは、この先の仕事いぎだ。


「じゃあ、あたしは何の為にこれから仕事をするの?あたしがここにいることが仕事だって言うなら、雇用される必要はないんじゃない?」

「貴方がこれから雇用される意味と、存在意義は違うわ。雇用されるということは、同じ職場の同僚と協力して業務にあたり、会社の貢献に励むこと。貴方は雇用先で、独立した状態で協調性をもって社会に馴染めるかを試されるのよ」

「そういうことはわかってるよ。お母さんと由利さんにも聞いたし」

「本当に貴方は、人間のような疑問を抱くのね。今は向いている仕事が何かわからなくても、やってみればわかるわ。ヒューマノイドにできる仕事はたくさんあるんだし、ヒューマノイドとして完璧ではない貴方でもできる仕事はあるわ」

「……そうだね」


 相談してはみたけど、結局は由利さんたちが決めちゃうからそれに従うしかない。あたしが特定の仕事に興味を持っても、由利さんたちがデータから分析した特性を元に総合的な判断をすれば、それとは違う仕事になるかもしれない。

 彼女にお礼を言って別れたあたしは、博物館を出てから街中をぶらぶら歩いた。イサナギファンモールを中心に様々なお店が立ち並び、いつも賑やかな中心街。あたしは人間観察をしながら、お店の中の様子も観察して歩いた。


(ここは、ロボットしかいない。こっちは、人間が対応して、ロボットが裏方にいる。あそこは、人間とロボットが一緒に働いてる……改めて街のお店を見ると、店舗運営の仕方は様々なんだな。ミヤちゃんたちと行った洋服屋さんも、ロボットはいなかったけど店員さんが二人だけだった。一見して、人間とロボットやヒューマノイドのバランスは取れてるように見えるけど……)


 ───あの黒いドローンは、ジャカロかもしれないわ。ウイルス攻撃との関連性も考えられる。だから、くれぐれも注意して。


 結局正体がわからなかったドローンとジャカロの関係性を、お母さんから示唆されていた。これも、念頭に置いておかなければならない大切なことだ。


(あたしが仕事をすることで、その人たちにどういう影響を与えられるかはわからないけど、あたしの存在そのものに意義があるんなら、どんな仕事でも頑張らなきゃ)





 ジャカロの本社ビル。最上階の執務室で、代表の西銘ニシナは真剣な面持ちで二台のパソコン画面を凝視していた。掲げられた『平等』の二文字に見守られるその目はどこか鋭く、細かく眼球を動かして何かを見ていた。

 そこに、彼の息子の世話係の辻がやって来た。


「失礼致します。代表。今年度前半の目標達成率と、後半のスケジュールをお持ち致しました」


 辻は、持っていたタブレット端末を手渡した。西銘はひと通り目を通すと、彼に質問する。


「昨年度より依頼が減ったか?」

「『我々ができることは、あらかたやって来ております。これからは事業拡大における施設増築の請負いや、教育支援がメインの事業となる見込み』とのことです」

「そうか。わかった。すまないな、雑務をさせて」


 世話係の仕事がひと段落した辻は、プロジェクトチームの代理で報告に来たのだった。


「いいえ。リョウヘイさんの教育の方も落ち着きましたので、問題ありません」

「リョウヘイの高卒認定まで取らせてくれて、きみには本当に感謝しているよ。私の跡継ぎなのにせめて高卒でないと、部下たちに示しがつかないからね」

「リョウヘイさんにはずっとウザがられていましたが。先程も、外出される際にちょっと声をかけたのですが、母親ヅラするな気持ち悪いと暴言を吐かれてしまいました」

「はっはっは! ここで見ていたよ。結局きみとは打ち解けなかったな」


 西銘の言葉が引っかかり、辻は怪訝な表情をした。


「見ていた?」

「監視カメラをチェックしていたんだ」


 そう言って西銘は、一台のパソコン画面を辻に見せた。十二分割された画面には、ビル内外に何十台と設置してある監視カメラのリアルタイムの映像が、スイッチされながら映し出されていた。


「何の為に?」

が入っていたら排除する為だよ。例の研究所に何度か申し出メールを送っているから、嫌がらせをされないか心配なんだ」

「心配のし過ぎでは」

「用心に越したことはないだろう。ネズミや害虫は、知らないうちに入り込んでいるものだからね。見つけたらすぐに駆除しないと」


 立ち上がった代表は、ポットから自分のコップにコーヒーを淹れた。辻も飲むかと聞かれたが、断った。


「そうだ。きみに聞きたいことがあったんだ。たまに、社用ドローンが一台無断で持ち出されているんだ。ずっと使用者は不明でね。何か知らないかい?」

「私はリョウヘイさんに付きっきりですので、何も存じ上げません」

「でも、最近は時間が空くようになっただろう。閑暇かんかにウロウロしている時に、不審な人物を見かけたりしてないかい?」

「心当たりはありません。それに、私が用もない場所でウロウロしていれば、私が怪しまれます」


 西銘は「そうだな。失敬失敬」と、謝りながら一笑した。聞きたいことはそれだけではなく、西銘はもう一つの話を切り出した。


「それともう一つ。そろそろ社会貢献に従事しないかい?」

「……と言いますと」

「きみはリョウヘイの世話係として、十分やってくれた。彼の強い意志に負けて高校進学を諦めてしまった私だが、行かせなかったことを少し後悔していた。けれど、認定をもらえたのは辻がいてくれたおかげだ。リョウヘイはそろそろ、私の元で付きっきりで学ばせてやりたい。だから今度は、私の下で働かないか」

「宜しいのですか」

「いいも何も、私が誘ってるんだ。どうだい」


 辻は一瞬考えた。さすがに、延々と世話係を任されることはないだろうと思っていたし、これを断れば何の為にここにいるのか見失うだろう。巡って来た契機を、みすみす見逃す訳にはいかない。自身の職務を全うできるよりよい環境に身を置けるのなら、決断を迷わなかった。


「そうさせて頂けるのなら、是非」

「よかったよ。実直な働きぶりは、雇い始めからずっと気に入っていてね。組織の役に立てるべき人材だと思っていたんだよ。外からの監視があっても、ガードしてくれそうだからね」

「え?」

「ほら。リョウヘイのボディーガード的な役割を、果たしてくれたこともあっただろう? その姿が印象的でね」

「そうでしたか」

「それじゃあきみには、プロジェクトチームに行ってもらおう。そういうことで大丈夫かな」

「はい。かしこまりました」


 辻は深々と頭を下げ、了承と感謝の意を示した。気分が上々の西銘は、辻に大いに期待している様子だった。


 話を終えた辻が執務室を後にした、その数分後。部下が部屋を訪れた。


「代表。周辺を調べました」


 何かを報告に来た部下は、タブレット端末を西銘に見せた。西銘は撮られた数枚の写真をスワイプして、一枚ずつ見ていく。場所は飲食店や公園など様々だったが、そのどれにも辻が写っていた。


「そうか……あとは指示通りに頼む」

「かしこまりました」



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