第10話
色々あった高校生活も、残り僅かとなった。
三年生の行事の中では、修学旅行が一番楽しかった。二年生の時に行った国内留学は遊ぶことがあんまりなかったから、みんなでわいわいしながら行った旅行は楽しくて、またいつか旅行に行きたいと思った。
部活を引退したのはちょっと残念だったけれど、身体を思い切り動かすのは楽しかったし、得意の分析力で後輩に凄く頼られたのは何だか嬉しかった。
最後の文化祭も、クラス一丸になって出し物を成功させて、記念写真も撮った。あたしのかけがえのない思い出は、形としても残った。
年越しは仲良し三人で集まって、日付が変わってから真っ暗い夜中に初詣に行って、イサナギタワーの展望台に登って初日の出を見た。
そして、迎えた大学受験。挑んだミヤちゃんとカナンちゃんは、無事に第一志望校に合格して、ちょっと大袈裟なくらいにお祝いした。
そして。高校生最後の日。
「これより、卒業証書授与式を始めます」
卒業式を迎えた。保護者席にはお母さんも参列してくれて、最後の制服姿を見届けてくれた。
この世界に生まれて18年。この三年間の高校生活は、これまでのテストの集大成とも言える期間だった。諦めることを覚えたり、初めての経験の中で理解が及ばなかったり、自分が目指す理想を改める機会もあって、また少し成長できた三年でもあった。
一つ一つが些細なことでも、経験した全てがあたしを形作る材料となり、財産となる。その全てを胸に、あたしは次の一歩へと踏み出す。
卒業式が終わった後日。例のごとく、由利さんが研究所を訪れた。いつものメンツで、いつもの小さい会議室に集まって、いつもの座り位置で机を挟んでいた。
「最後のテスト期間となった高校生活ですが、総括していかがでしたか」
「ニューラルネットワークの安定的な活動。思考力の発展を促す、安定的な情報取得。突然の入力に対する、出力までのスピード。コミュニケーション力や、社会適応能力。どれを取っても、理想的な数値にまで達しています。当初の予想以上に、彼女は人間に近くなりました」
「いつものように定期報告書を読みましたが、日記を読まされているのかと思わされる内容でした」
由利さんの発言に、お母さんの眉間に若干皺が寄る。
「それは、文章力を弄られているんでしょうか」
「そうではありません。人間の成長記録を読んでいるようだと言いたかったんです」
「わかりづらいわね。だったらそう言って下さい」
「しかし。ここまで人間らしくなるとは、本当に思いませんでした。報告書を読まれた総理も、驚いておられます」
「それはよかったです。お偉方のお望み通りの仕事ができたみたいで」
言葉に心が籠もってなさ過ぎて、セリフの棒読みみたいになってる。国の偉い人が褒めてくれてるって言うのに、お母さんは少しも嬉しそうじゃない。
「動力源の調子はどうですか。調整したものと差し替えたようですが」
「現状、問題はありません。以降も現システムで活動できそうです」
「そうですか。了解しました。それから、思春期の真似事はやめたと報告にありましたが、感情表現情報の不足により起きた不協和音は解決されたのですか」
「それに関してですが、彼女は諦めました」
その件については、アルヴィンが答えた。
「停止ではなく、終了したのですか」
「いくら分析し続けても答えがわからないこともあると、理解したんだと思います。彼女はこれまで、諦めることは一切なかったんですが、初めて分析することをやめたんです。ですが、それもまた、彼女を成長させる要素だと思います」
「そうですか。感情に関しては、理解は不可能ですからね。諦めたのは合理的判断だと評価できます。彼女は探究心旺盛ですから、一つのことばかり計算し続けて、他の機能向上が疎かになりかねなかった。パフォーマンスが偏っては、運用に差し支えますからね。それを彼女自身で判断できたことは、素晴らしい成果です」
そう言って、由利さんは傍らにあったコーヒーを飲んだ。今までは一切出してなかったけど、あたしに煩く言われたお母さんが、嫌々ながら雑用ロボットに出させたやつだ。
「様々な問題も多々ありましたが、彼女の高校卒業をもってシンビオシス・テストは終了しました。
「とんでもない。私は、貴方たちの依頼を受けて仕事をしたまでよ」
「しかし、博士がいなければここまで造り上げるのは不可能だったでしょう。人間と同じように成長するヒューマノイドなんて、世界中のエンジニアが製造を断るのに。その度胸に感服しますよ」
由利さんからそのセリフが出た瞬間、お母さんとアルヴィンは飲んでいたコーヒーでむせた。
「ちょっと! 急に変なこと言わないで! むせたじゃない!」
「変なことなど言っていませんが」
「感服って何!? あんたが私を褒めるとか異常よ! どうしちゃったの?」
「褒めてはいけませんでしたか?」
「いけなくないけど。絶対あんた人を褒める人種じゃないでしょ!」
「失礼ですね。私だって褒めることはありますよ」
お母さんとアルヴィンがむせた所為で、急な体調変化を検知した見回りロボットが、回転灯を点けて駆け付けてくれた。大丈夫だと言うと、ロボットは見回りに戻って行った。
「ひとまず、お疲れ様でした。今後のことに関しては、これまでの報告書を元に関係各位と会議をした上で決定させて頂きます。まぁ、これだけの結果を出していますから、運用中止はないでしょうが」
「じゃあ、予定が決まるまでのんびりしてるわ」
総括がひと通り終わって、由利さんは帰って行った。
由利さんが見えなくなって、お母さんとアルヴィンも研究室に戻ることにした。アルヴィンは歩きながら、お母さんに自分の疑点を問いかけた。
「しかし博士。コウカちゃんが感情を再現できても理解できないのは、本当にこのままでいいんでしょうか。諦めたとは言いましたけど、彼女が活動する上で高い親和性は必須ですし、きっと今も分析を続けていると思います。何か手助けをした方がいいんでしょうか」
「アルヴィン。私たちは、人間と同じように成長するヒューマノイドの製造を依頼された。完全に人間と同じヒューマノイドじゃないわ。“心とは何か”がわからなければ、感情は完全に再現できない。知りたい感情が、この世界で生きていく上で一番大切な感情でも、あの子は知らずに生きていくしかないの」
「そうですね。
自分ができることの限度があることを知るアルヴィンは、すぐに技術者の理性を働かせた。勿論お母さんにも、同じ理性があった。けれど何故か眉頭を寄せて、憂慮するような表情をした。
「と言うか。この一年追加で投入していたマイクロマシン、本当にどうしたんでしょう。体重を見る限りその分増えてますけど、
「骨格の補強にでも使ったのかしら」
(身長を気にしていた筈なのに伸びていない。だとしたら、一体何の目的だったのかしら……)
21XX年3月末を以て、ヌアーチュア・プラティカブル・モデルヒューマノイド、躑躅森虹花の全てのテストが終了した。いよいよあたしは、本格的な運用に向けて、人間社会での活動を始める。
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高校生編まで読んで頂き、ありがとうございます。
人間の深いところまで知ろうとし始めているコウカ。彼女はその未知を、これから理解することができるのか。
「ジャカロ」のシーンもこの第5章から入れました。彼らがコウカにどう関わっていくのか、気になりますね。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。
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