第7話




 見学最終日。今日は違うものを見てほしいと言われて、あたしたちは牧村さんが運転する車に乗り込んだ。

 車は一時間くらい走り続けて、隣の市の山間にある巨大な倉庫までやって来た。読んで字の如し、紅葉のない緑一色の高い山に挟まれた場所で、他に建物は一つもなく、鳥の鳴き声が何処かから響くように聞こえてくるくらい、とても静かな所だ。


「ここは?」

「ここも、うちの仕事場。と言うか、ホームかな」


 ホームと言う倉庫からは、微かに機械音が漏れて聞こえていた。牧村さんが扉を開けると音は十倍にもなって、あたしたちを驚かせた。

 中は広々とした空間になっていて、そこでは作業着姿の男女合わせて二十人弱の人が、電動で動く大きな機材を使って長い木材を切ったりして加工作業をしていた。目新しいものに目移りするあたしたちは、あちこちに視線を向けた。


「ここは、木材の加工場よ」

「なんか凄い匂いますね。もしかして、木の匂いですか?」


 倉庫内に漂う匂いに気付いたアルヴィンが言った。


「加工されたばかりの木って、いい匂いでしょ」

「何に使う木を加工してるんですか?」

「神社やお寺を修復する木を、全てここで加工してるの」

「でも、なんで人がやってるんですか? 機械の方が早いのに」


 あたしは、他の二人も思ったであろう疑問を牧村さんに問いかけた。


「ごもっとも。でもこれも、伝統を復元する為なのよ」


 そう言うと牧村さんは、作業する職人たちの間を通って工場の一角にあたしたちを案内した。そこでは驚くことに、職人さんが自らの手で道具を使い、加工された木材を更に加工する作業をしていた。


「ここでは寺社の修繕・復元を目的としていると同時に、宮大工の仕事を復元している場所なの」

「宮大工って?」

「神社仏閣の建築や修繕を専門としている、大工のことよ。

 何十年も昔にこういう木材の加工はロボットがやるようになって、ミリ単位の繊細な仕事もこなせるようになって、宮大工は自然と数を減らしていった。仕事が早いロボットの方が重宝されるからね。だから、今いる宮大工と呼ばれてる人は肩書きだけで、絶滅したようなものなの」


 すると牧村さんは、作業していた職人さんから道具を借りて、別の木材で加工のデモンストレーションを始めた。

 木材の端の左右に同じ黒い線を引いて、「のこぎり」といういくつもの小さい刃が付いた道具で切れ目を入れた。その次に、先に平たい刃が付いた「のみ」という道具を、「金槌かなづち」という鉄の塊の道具で叩きながら木材を削っていく。

 あたしたちが何をしているのかわからないままじっと見ている間に、木材の端は突き出た台形となった。


「これは継手つぎてって言うの。この形は基本形の一つの蟻枘ありほぞ。で。さっき彼が彫った同じ型の溝に、うちが削ったほぞを結合させると」


 それぞれの台形の凹凸部を合わせて、金槌で打ち付けながら嵌めると、別々だった二つは隙間なくぴったりとくっ付き、動かしてみてもまるで元々一つだったかのように全くズレなかった。大人のアルヴィンがやってもびくともしない。


「凄い。接着剤でくっ付けたみたいにぴったりだ」

「これが宮大工の技。1ミリでも違えば丈夫に建てることさえできない、繊細な職人技よ。しかも固定する金具は全く必要なくて、木材を組み立てるだけで建てられる。

 うちはその技に惚れたの。でも神社仏閣を見るだけじゃどうしても飽き足りなくなって、宮大工の技をマスターしようって決めた」

「すみませんー! 牧村工場長ー!」


 あたしたちが話を聞いている最中に、機械音が響く中、誰かが牧村さんを変なあだ名で呼んだ。


「工場長?」

「うち、ここのリーダーなの。いつの間にか工場長ってあだ名になっちゃった。ちょっと待ってて」


 嫌そう、と言うか照れ臭そうにはにかんだ牧村さんは、「はいはーい」と呼ばれた方へ走って行った。

 牧村さんがその場を離れると、バトンタッチするように、彼女に途中で作業を横取りされた二十代の職人さんがあたしたちに話しかけてきた。


「皆さん、色々見学されてるんですか?」

「はい。伝統を学びたくて」

「牧村さん、はつらつとしてるでしょう。この工場も、最初はあの人一人で始めたんですよ。ここにいるみんなは、その活動をネットで知って集まって来たんです」

「そうなんですか。じゃあ、お兄さんも?」

「そうだけど、俺はまだここに来たばかりの見習いで、練習中なんです」


 見習い職人さんの作業台には、端材らしき木材で作られた継手が何本もあった。さっきの蟻枘も、どうやら練習用に作っていたものだったらしい。


「身体が細いのにパワフルで、毎日忙しく走り回ってるのにエネルギーが溢れまくってる。本当に凄い女性で、みんな尊敬してます」

(それは、国家資格を持っているから? そのプレッシャーから、使命を感じているの?)


 牧村さんも自分の役目を背負っている。そこは、あたしと似ていると思った。けれどその表情からは、プレッシャーは感じ取れない。真剣な表情を見せることはあるけれど、基本的には楽しそうにしている。責任感のある立場だというのに。


(自分の仕事が、“有意義”だと思ってるの?)



 木材加工場の見学が終わると、もう一ヶ所連れて行きたい場所があると言って、また車で移動した。

 そこもまた、山に囲まれた人気のない静かな場所だった。けれどさっきの場所とは違って開けた土地で、雑草が生い茂る中に歪な形のコンクリートの板が立っていたり、いくつもの瓦が捨ててあるように地面に転がっていた。


「この辺りは昔、小さな集落があった場所よ。もう何十年も昔に、誰もいなくなった」


 かつての住居跡に車が停められて、降りた牧村さんに付いて行くけれど、牧村さんは住居跡には目もくれず、道路を挟んだ向かいの杉林に向かって行った。そして杉林の間に作られた木陰の道を、伸びた草を踏みながら奥へ進んで行く。

 約50メートル進むと、開けた場所で足が止められた。日の光があまり注がれていないそこに、雑草や苔に覆われた、半分瓦礫と化した木材の建築物が現れた。


「なんだこれ。建物?」

「殆ど崩れてる」

「これは、かつてのお寺よ」

「お寺? これが!?」


 お寺と言われて驚いたカナンちゃんもアルヴィンも、見る影もない瓦礫を見つめて言葉を失った。あたしは声にも表情にも出さなかったけれど、静かに驚いていた。


「昔はこの辺りも人がたくさん暮らしていて、このお寺も立派な佇まいをしていた。けれど、過疎化で人がどんどんいなくなって、最後まで住んでた老夫がいなくなると、集落は死んでしまった。

 檀家も住職の跡継ぎもいなくなったお寺は、誰にも知られずに朽ちて死んでいくしかなかった。お墓と仏様を他に預けられたのは幸いだったけど」

「人がいなくなるだけで、こんなになっちゃうなんて……」

「栄えた街に住んでるとこんな建物ないから、知らなかったでしょ。でもこれが、これまで流れてきた年月の通過点の一つ。置いて行かれた伝統の成れの果て」

「悲し過ぎる……」


 カナンちゃんとアルヴィンは、今にも合掌しそうに“死んだ”ものに心を痛めていた。

 それまで当然のようにあったものがなくなることを、人間は悲しかったり切なく思う。自分に全く縁がなくても、人でもものでも、失うことを悲しむ。あたしはその感情を確認するように、瓦礫のお寺を見つめながら牧村さんの話を平常心で聞き、ニューラルネットワークをいつも通りに働かせていた。


「ここに来る途中、ホテルとかいっぱい建ってたでしょ。あの辺りも集落だった所で、再開発されて山のリゾート地になったの。この辺りももうすぐ再開発されて、別荘地になるんだって。このお寺も撤去される話だったけど、うちが市長や不動産会社と交渉して、ここは残してもらうことになった」

「ここに来る人たちに、この崩れたお寺を見てもらう為ですか?」

「そうじゃないわ。こんなの見せたって同情されるだけだし。そんなことよりも、建て直そうと思ったの」

「建て直すんですか!?」


 何をバカなことをと言いたげに、アルヴィンは驚いた。


「そ。もともとこの辺りの神社仏閣の管理は市から任されてて、じゃあうちの好きにしてもいいですよね? って。建て直すのも管理のうちだし、来る人たちに建て直しの過程を見てもらえる機会だと思うのよ」

「でも、大変じゃないんですか。木材の加工場と、トラディションセンターの仕事もあるのに」


 伝統復元師の仕事は幅広く、牧村さんは施設内だけでも、休憩の暇もなくあちこちの部署に呼ばれて忙しくしていた。それなのに、絶対に骨が折れる程の大変さを知っている筈の彼女は、けろっとして言った。


「大丈夫よ。他にも今、同時進行で建て替えてる神社とお寺が七ヶ所あるし。一つ増えたところでどうってことないわ」

「七ヶ所も!?」

「それじゃあ休む暇がないじゃないですか」

「心配いらないわ。これでも案外休めてるから。だって、うち一人じゃないんだもの」


 そう言って、牧村さんはにっこりと笑った。やっぱりその表情にはプレッシャーは微塵も表れていなくて、ひたすらに目の前の役目を追い続ける意志の強さが感じ取れた。

 きっとその笑顔は、自分の仕事を“有意義”だと思っているからなんだろう。それは推測段階の出力けつろんで、“楽しい”と“有意義”の違いはわからないけれど、あたしも彼女のように笑顔で役目を果たしたいと思った。



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