彼女が彼女になるための〜あるヒューマノイドの人生
円野 燈
プロローグ 覚醒─誕生─
プロローグ
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読みに来て頂いてありがとうございます。
このプロローグは、彼女の人生のスタートラインに過ぎません。彼女がどんな人生を歩むのか、最後まで見届けて頂けたら幸いです。
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赤ん坊が
白い部屋に置かれた長方形のクリアケースの中に、いくつものケーブルで繋がれた小さな身体が気をつけの姿勢で横たわっている。この子はまだ呼吸もしていないし、心臓も動作していない。
その周りを、私たち十数人の白衣の大人たちが囲んでいた。
「最終確認。CPU接続。外界センサ・内界センサ、各感覚モジュールとの接続を確認。ニューラルネットワーク、正常」
「移動機構、アーム、エンドエフェクタに異常なし。アクチュエータも問題ありません」
「マイクロマシン、スタンバイOK」
最終確認をした部下たちが、私に異常がないことを伝えた。確認した私は、起動の許可を出す。
「動力制御、解除」
「動力制御、解除します。レギュレーター、作動………異常なし。覚醒します」
タブレット端末を持ったアルヴィンが、画面のENTERボタンを押した。その場の全員が緊張して固唾を呑み、祈るように手を組んだりしてその時を迎えた。
一同が見守る中、赤ちゃんの目蓋が持ち上がり、丸い黒目が表れた。その1〜2秒後に手の指が動き、ぎこちなく腕や足も少しだけ動き出した。
「やったー!」
その瞬間、私たちは一斉に歓声を上げた。開発チームのみんなはお互いにハイタッチやハグをして、それぞれに喜びを表した。私も、隣のアルヴィンと固い握手をして控えめに喜んだ。
「やりましたね、
「ありがとう、アルヴィン。総務省のやつらが姑みたいに口煩くて、何度もやめてやろうかと思ったけど」
「何度かケンカになりそうでしたね」
「色々あって無事に完成するのか心配だったけど、本当によかった!」
お偉方の無茶ぶりに頭を沸騰させながらも何とかそれに応え、失敗を重ねながら試行錯誤し、世代と世紀を跨いで完成にまで至った今日までの日々が、走馬灯のように脳裏に甦った。私もう死ぬのかしら。
「博士。抱いてみて下さい」
アルヴィンが気を利かせて、そう言ってくれた。クリアケースが開き、赤ん坊に繋がれていたケーブルが外される。
「重いので気を付けて」
全員が注目する中、アルヴィンに助けられながら優しく胸に寄せた。彼女は抱き上げた私を両眼のカメラでじっと見つめたあと、研究室内のあちこちに視線を移す。強化炭素繊維等のベースの重量感と、特殊樹脂製の肉感と、人工幹細胞製の人肌感。そして、想像通りの温かみがある。
「わぁ。本当に赤ちゃんみたいですね」
初めてのきょうだいに対面したような無邪気さを窺わせながら、アルヴィンが覗いた。
「当たり前でしょ。本物を目指したんだから。それにしても、重過ぎるわ」
「二年分の材料を体内にストックしたおかげで、人間の赤ちゃんの四倍ですからね」
「筋肉痛になりそうだわ」
「と言うか。もう既に歯がちゃんと生えてるのは、やっぱり違和感がありますね」
「歯を生やすことはできないから妥協したけど、やっぱ変よね。頭もスキンヘッドだし」
この子には既に、大人と変わらない歯が備わっている。途中から装着させてもよかったけれど、面倒なので最初から生やしておく選択を取った。総務省もその辺りは納得してくれた。
「オレたちの方から何も指示してないのに、自ら手足を動かしてますね」
「動作プログラムを確認しているのね」
「もう自ら復習してるのか。各システムも、問題なさそうですね」
スキンヘッドもクリクリの目もかわいいのだけれど、そろそろ腕が辛くなってきたのでアルヴィンにケースに戻してもらった。
「そう言えば博士。名前を考えるって言ってましたよね。決めたんですか?」
「決めたわよ。『虹』に『花』と書いて、『コウカ』」
「どうしてその名前にしたんですか?」
「色々な経験をして、色鮮やかな人生になるように。やがて人との橋渡しになって、未来に素晴らしい希望の花を咲かせるように」
「虹花……いい名前です!」
私は、ケースに寝かせたコウカの頭を撫でた。彼女は私を見て手足をぎこちなく動かし、この世に生まれたことを実感していた。
「誕生おめでとう。コウカ」
NPM-0001、躑躅森虹花。21XX年4月22日午前9時54分、覚醒。体長50.0センチ。体重12キロ。世界で始めて生まれた、《人間と成長が同調する》
この子はこれから人間と共に成長し、彼女の人生を歩んで行く。
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