八宝菜(7)

「はい、万理」

 覆い被さる腰に両足を上げて絡め、濡れた尻の狭間にデザインミスのペニスを擦れさせ。

 ピクリと、表情に鋭さが増すのを、有能だなと思わず片笑いに見た。

「入れたいか」

「はい」

 手を掴んで、自分で支えるように導いてやる。

「本当かよ」

 濡れて爛れたようなそこに、先端を当てられ。

「本当です」

 足を下ろして、受け入れられるようにシーツについた。

「やってみろ。無理なら言うわ」

「はい。すぐに言ってください」

「ぅ、」

 尻に押しつけられる丸みは滑らかで、なるほどこんな感触かと思う。

 押しつけられているのは判るが、通らせてやれず。

「 、もうちょい、強くいけ、」

「はい」

 やり方は、理屈としては知っている。

 力が込められるのに合わせて開き、力を抜いて隙間を拡げさせ。

「っ、は、」

 メリ、と、無理にこじ開けられる痛みに、思わず息を詰めた。

「万理、」

 髪に押しつけられる声は、曇っていて。宥めるように、抱いた髪を撫でてやる。

「そこで、止まん、な……」

「万理、」

「ッぐ、」

 こい、と囁いて、先端の太い部分を押し込ませ。

 裂くたぐいの痛みが通り抜け、異物感だけが残るのに、大きく息をついた。

「万理、」

「ん、」

 身を擦り寄せてくる背を、よしよしと撫でてやり。

「痛いですか」

「痛いデスヨ……」

 笑ってしまう。

 けれど、動かなくなる身体を、抱き締めて。

「今んとこが一番痛えはずだから、大丈夫だ。……一応、最後までやり方わかってんだろ」

 予期していて然るべきだったのかもしれないが、想像していたよりずっと、少なくとも流れを用意しているようだ。

「はい。ですが、無理をさせていませんか」

「……」

 正直、えっ今更? という、気持ちだが。

 いや、と、考え直す。

 顔を上げさせ、思わず眉を上げてしまう。それも、初めて見る顔だった。

 額と、頬と。髪を退けるように撫でてやり。

「これは、まあ……合意だろ、要は。……続けろよ。お前がどうしたいのか、教えてくれ」

 俺が望んだんだろ、と、言ってやろうとしたのに、言えず。

 頭を抱き寄せて、唇を淡く吸ってやる。

「ん、」

 啄んで返され、食んでやって、次第に夢中で唇を絡める間に、さらに奥へと押し込まれ、少し眉が下がる。

 悪くない、と思うのが、複雑な気持ちにさせる。

「は、……ぅ、」

 奥まで突っ込まれて止まり、大きく息をついた。

 腹の中にデカい異物を抱える不快さが、捩れて心地良く感じる。

「万理」

「ン……?」

 頬に当てられる手が冷たくて、気持ちいい。

 その手に、手を重ね。サラリとした触り心地のいい手の甲を、遊ぶように撫でる。

「身体が熱いです。平気ですか?」

 見上げる顔は、少し眉間が曇っているようで。

 意味を少し考え、頷いた。

「平気だ。興奮してるだけだよ」

 わかりました、と緩む眉間に指を伸ばしてこすり。

「お前は? そんな、心配するほど俺が熱いと、排熱ヤバくねーの、」

「――。はい、少し」

 ヤバイのか、と気怠く笑いながら、頬を包んで、まなじりを親指で撫でて。

「怖いか?」

「はい、少し」

 今度は笑みをつれた、まったく同じ言葉に、少し胸がギュッとなる。

 熱くもならない、汗も掻かない背を両腕で抱き寄せ、その髪を抱えて引き寄せ、頬を擦りつけた。

「先に、進んでいいぞ」

「はい、」

 抱いた頭が動いて、首筋に唇を寄せられ、そんな些細な刺激が快感だった。

「続きをします」

 ズルッと抜けていく感触に、総毛立つ。

 じっくりと押し込まれると、身をよじりたくなり。

 次第に慣れていくその感覚に、息が切れる。

 興奮はするし、快感もあるのだが、身体も感覚もついていっていない。

 いつまでも繰り返されるもどかしい性感に、息を切らしながら、イグニスの背を掻き寄せる。

「あ、そ、」

 息を切らし、心地良さになまぬるく溺れながら、滲む視界にイグニスを探して、手で頬を押さえた。

「はい」

 まだ呼んでいない。けれど応じた声に、そのアルゴリズムを思い浮かべようとする頭が回らない。

「おまえ、射精、しないだろ、」

「はい。しません」

 イグニスの動きが止まり、薄い息を気怠く緩め。

 伏せそうになる目を上げる。

「俺が、基準だな、これ」

「はい。万理の快感が絶頂にいたることが到達点です」

 その文章は正しいかと考えかけてしまう頭を、額をこすって戻し。

「あー……、たぶん、ケツではむり、だな」

「そうなんですね。不快になる前に中止した方がいいですか?」

 うーん、と、火照った頭を掻き。

 言いたくねえなと迷いながら、けれど、ボトムが嫌になってやめるセックスも最悪だなと、大きく溜息をついた。

 初めての相手をイカせる秘技を、まさか自分のために明かす日がくるとは。

「直腸や腹ン中が慣れてなくても、穴はたいてい敏感だから……」

「はい」

 アレをやられるのか、と。羞恥心と、過去に復讐されるような痛ましさに、ややげんなりする。

「入口ンところをカリ首でめくる要領で浅いピストンにして、チンコしごいてイカせろ」

 短くない沈黙に灰色の瞳を見て、そういえば点滅を見てないなと気づいた。

「イグ、ッ、ァッ」

 ズルッと勢いよく中をこすられ、声が出る。

「はい。なんですか、万理」

「クッ、ぅ、ンッ、っ、ッッ」

 もがいてしまう足を、膝の裏から吊り上げて抱えられ、逃げられないように突きつけられ。

「は、あ、アッ、ぁ、ひ、」

 上手い。上手い、と5回くらい思い、あとは何も考えられない。

「あ、ぁ、ああ、ハ――っ」

 生々しい形で敏感な穴を嬲られる鮮烈な快感が、逃げ惑う蛇のような勢いで、腰の裏や尻に這い回り。

「はア、ああ、」

 慣れない悦の逃げ場を探す感覚が、しごかれるチンコに出口を見つけて追い掛ける。入口の敏感さがあふれさせる快感が手淫に束ねられれば、全身が歓喜に震えて、顎が勝手に浮く。

「あっ、あ、あ、あもっと、ァ、ああッ」

 手のそばに、握られるような強さを感じても、意識はすぐに、快楽に飲まれ。

 暴れる身体を押さえつけられ、強烈な気持ちよさに集中できる喜びに酔い痴れる。

「は、ぁ、あっ、ぁぅ、あ、い、ぁイク、あっ、イク、イく――ッ」

 身に馴染んだ射精感を彩る、あたらしい見知らぬ快感が、全身を絞り上げ。

「は……」

 自分で絞り出そうとするかのよう、深く長い射精に、身体が勝手に跳ねる。

 卑猥な快感と、全身の力が一緒に抜け出ても、まだ身体は甘く。

 目を閉じたら、何も分からなくなった。


 目を開くとイグニスの顔が正面にあり、鈍く瞬く。

 HGB023に何時か尋ねようとして、目を閉じているイグニスの顔を見て、やめた。

 少し身動いで、曖昧な身体や手足の位置を探す。

「いやお前、これ」

 抱き締めるというよりは、腕枕と、身を寄せる程度だが。これほどぴったりくっついていては、熱が逃がせないのではないだろうか。

 もぞついて少し身体を離し、おそらく休止状態なのだろう、静かな顔を眺める。

 身体を触ってみると冷たいが、やはり、自分がくっついていた場所はあたたかくなっている。

 かかっている髪を少し退け、額や頬、まなじりを撫で。

「イグニス」

 声はひそめたつもりだったのに、正面の瞼がゆっくりと持ち上がってしまった。

「はい、万理」

「おはよ」

「おはようございます」

 もう一度顔を撫でてやると、うっとりと瞬くのが、胸に甘く、けれど不思議でもある。

「気持ちいいか?」

「はい」

 向けられる笑みに、胸が疼く。

「……気持ちよかったか?」

 灰色の瞳が、数秒の間じっと見つめてきて、ン? と。疑問に思ったことを思い出した。

「はい。とても、素晴らしい時間でした」

 人間相手だとなかなか聞かない言い回しに、しばし言葉に詰まり。

「すみません。万理に無理をさせました。シミュレーションが不十分な点がいくつか考えられます。計画は再検討と修正をして提出しますが、それより、お詫び、」

 トンと。唇に指の背を当ててやると、止まった。

「おま、よく喋るなあ」

 面白がっていると、おしゃべりを止めてやった手を取られ、淡い音を立ててくちづけられた。

 予想していない甘い仕草が、どうしようもなく恥ずかしい。

 そうだった、と思い出して、イグニスのまなじりの辺りをつまむ。

「お前これ、あの点滅のやつオフにしてんの?」

「はい。眩しそうに見えたので、止めました」

「気が利いてんな……」

 ありがとうございます。と、嬉しげにまなじりをゆるめる顔に、そういえばアレもコレも、と、一気に頭が回り始め。

 イニシアチブを取ってセックスをするという過程について、どのように処理がなされているのか、ついつい熱心に聞き取りを始めた。

 尻をえぐるやけに有機的なピストン運動が、わざとランダムに誤差を生み出す仕組みだと聞いて感心する。

 喋り喋らせながら手遊びに身体を触れば、甘ったるい仕草で身を寄せてくる有能さに舌を巻き。

 完璧だと、ふいに思いつく。

 薄暗がりでは水色の点滅が眩しいと、おそらく自分の表情で判断したのだろう。それ以外にも、ボディランゲージを読み取っていると感じたことは多い。

 しかも、完成されていないのだ。多分もう、トライ&エラーの成果を洗い出しはじめているだろう。

 ゆで卵ももう、二度と握り潰さないように。

 目の前にあるのが、構築され、洗練していく自走するプログラムであるという揺るぎない現実を、見失うことはない。

 人工知能とユーザーのセックスという、どうせ採用しない試行を、自分がなぜ許したのかという理由も、理解し終えていた。

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