えび餃子、翡翠餃子(3)

 疑似感情プログラムまわりをチェックしたいな、と頭の隅で考えながら、エビをボウルに移し。

 調味料と片栗粉を入れ、ねばりを出すよう捏ねながら、レシピを検索しているのだろう点滅を眺める。

「エリンギとしいたけを入れる中華粥のレシピがおすすめです。鶏肉を入れる方が味がよくなりますが、入れない方がいいですか?」

 ネットから引いてくるかと思ったが、自分が溜め込んでいるレシピから選んできたのかもしれない。アレンジが加わることに、へえと小さく声をしながら、少し考え。

「じゃあ、鶏肉入りで」

「わかりました。調理を始めます。――万理、」

 なんとなく予想外の間の後に名を呼ばれて、うん? と顔を上げる。じ、と、こちらを見る灰色の瞳から、どう表情を読むべきなのか。ひとまずは想像もつかず。

「調理器を使ってもいいですか? プロジェクトの目的を考えれば、調理器を使わず調理をした方がいいのですが、試行の結果、また過程によっては、万理の食事時間に間に合わなくなるかもしれません」

 ああ~と、思わず声を上げてしまう。

「それで考え込んでたのか。いいよ。じゃあ、ひとまず粥は調理器に任せて、俺を手伝ってくれ。教えるから」

「はい。よろしくお願いします」

 並ぶ食材を睨みつけそうなほど真摯な表情に、頬が勝手に笑う。

「ほうれん草を洗って湯がく。しんなりしたら半分に分けて」

 はい、と真剣味を帯びた声の後に、だが、間が空いて振り返ってみれば、ほうれん草を持ったまま水色を点滅させている。

「悩むとこあったかあ?」

 笑いながら声を掛ければ、真面目な顔が振り返り。

「調理器で粥を調理するので、その前にほうれん草に火を通すのと、後のどちらが効率がいいのかシミュレーションしていました」

 フッフフ、と笑いはよじれ。

「調理器で粥を作って、ほうれん草は鍋で水から沸かして湯がく」

 ハッと、息を詰めんばかりの顔を表出させるのは、一体どんな感情の組み立てなのだか。

「わかりました。水が沸騰するまでの間に粥の準備をします」

「はいよ、よろしく」

 はい、と短く答える声からも、真剣な色は失せないまま。

 レシピがインストールされていれば、材料を放り込むだけで出来上がりまでを一台で担う全自動調理器だが、その、材料の投入が必要で、セッティングも要る。

 シンクとコンロ、調理器の前と、慌ただしく行き来するイグニスと、餃子のタネを冷蔵庫で寝かせようと振り返ったところでぶつかる。

「おっと」

「すみません。空間の状況把握を怠りました」

「どういたしまして。あー、そうだ」

 はい、と、素早く目を寄越して止まる手に、やりながらでいいと声を掛け。

「絢人のフライトを予測して、空港に着く頃に連絡つけてくれ。ここに乗せてくるように車もやって」

「はい」

「リソースが足りなきゃ、絢人の方はHGB023に投げろよ」

「はい。園内博士の追跡と、自動運転車の手配はHGB023本体で担当し、調理を続けます」

 絢人が着く頃に、ガレージにある車が空港につけているように、と、HGB023が計算しているだろう過程をつい思い浮かべた。

 よろしく、と任せると、浮き粉やらを混ぜ合わせて皮を作りはじめ。ほうれん草はまだだな、と、イグニスの作業が終わるのを待てるように海老蒸し餃子の方に専念する。

「万理」

「おう」

「ほうれん草の状態はこのくらいでいいですか?」

 混ぜ終わった生地をボウルごと逆さにして蒸らしておき、菜箸を持ったイグニスが身構えている鍋を、横からのぞき込んだ。

 鮮やかな緑色が、ふつふつと鍋底から上がる泡に踊っている。

「もうちょい。ザル持っとけ、合図したらザルにあげて冷水にさらす」

 はい、の声と同時に手を伸ばし、目を向けずにザルを取るのに感心する。室内カメラを使っているのか、単純に空間の把握と記録だけでこなしているのだろうか。

「万理、冷水は氷水を作りますか、水道水の流水でしょうか」

「水道水」

「わかりました」

「よしいけ」

「はい」

 取り逃がした。

 素早く二度目を試みて、無事にほうれん草を捕まえたのを見届けてから、自分の作業に戻った。


 力加減を誤ったり、指先を使い切れずイグニスが破ってしまう餃子の皮を拾っては成形し直しながら、その試行錯誤を見守って。

 ふいに、これは貴重なものだと思いつく。

 二度と失敗しないとまでいかないが、ひだを作りながら餃子の皮を包む技術は、イグニスの人工知能に記録され、後継の人工知能に受け継がれる。

 次機が必要としなければHGB023、もしくは別の本体、あるいはブレインゲートにでも収められて、次のヒューマノイドは練習もなしに蒸し餃子を成形してしまう。

 調理器が使えない時はアナログの調理ができるし、同時に進行すれば時間を短縮できることを覚え。

 どんな目的で何をしているのか説明しながら、みじん切りをやらせ、ミキサーでペースト状にすることを教え。炒飯とスープは作り置きしない理由を、言葉を探しながら説いて。

 忙しない調理の長い時間を、もっと、はるかに長いスパンの中で短く感じる、不思議な感覚。


 出来上がった粥の盛り付けにイグニスを挑ませる間に、調理台を片付け。

 ほんの少しぎこちなく、けれど丁寧な手つきで配膳された粥に、お、と思わず声をもらした。

 立ちのぼる湯気だけで美味いのが分かるような匂いだ。

 だが、それだけでなく、エリンギと椎茸、それに鶏肉がのぞく粥の淡い色に、小口ネギの緑と糸唐辛子の赤が彩られているのが、食欲をそそる。

 スツールに腰を下ろして、手を合わせた。

「いいセンスだな。いただきます」

「ありがとうございます。万理のレシピフォルダに画像がいくつかあったので、参考にしました」

 なるほど、と頷いた。スマートホームに組み込まれる全自動調理器、という宣材のために、料理を作るたび撮影していたことが、確かにあった。

 レンゲで表面を削ぐように粥をすくい、口に運ぶ。

 鶏ときのこのだしが香り、濃すぎない塩味が味覚と脳を優しく煽って、もぐつくそばから次を求めてレンゲを動かしてしまう。

「美味い」

「ありがとうございます」

「お前も食うか?」

 答えではなく、真っ直ぐな視線が寄越される。水色の点滅を伴って。

 もう、それすら表情に見えてくる。笑いをこらえながら、二口目を頬張った。

「現在は飲食の機能がありません。搭載を計画することもできますが、食材が無駄になります」

 自然な様子で手を重ねて、傍に立っているのがなかなか様になっている。

 が、残念ながら、給仕されるのには自分の方が慣れていない。椅子持ってきて座れよ、と、調理カウンターの向こう、ダイニングセットの椅子を目線で示し。

 はいと律儀な返事を置いて、椅子を持って戻ってくるのに、一緒にというのは冗談だとささやかな種明かしをして。

 レンゲを休めて、行儀良く座っている黒ジャージのヒューマノイドを眺めた。

「わかりました」

「けど、」

「はい」

「ああ、うん。けど、一緒に食事をするってのは、飯を食うって意味だけじゃない」

 水色の点滅を見つめる目がたわんでいるのが、自分でも判る。

 これは、かつての自分だ。

「食卓を囲む――例えば“団らん”のようなことでしょうか」

「ザックリいえばそうだな。コミュニケーションの話だが、うーん、言葉に収まらないような、……そうだな、雰囲気の共有なんかの話」

 雰囲気の共有ですか。と、復唱しているのに、受け売りだけどなと頷いた。

 またイグニスの瞳孔が水色に点滅し、こちらは、ン? と眉を上げる。

 粥を食いながら、点滅を終えて戻ってくる視線を眺め。

「飲食機能を搭載する意義は理解しましたが、コストとロスを考えると、搭載が必ず効果的だとも言い切れません。万理の意見を聞かせてもらえますか?」

 なるほど、と、粥を咀嚼するふりで、案件を噛み砕いてみる。

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