第4話

 スズキさんがボクの元へと来なくなってから、一週間が経った。

 そのかんボクは、産まれて初めての盗みを働いてしまった。どうしても、飢えに耐えきれなくて。


「こぉらこの泥棒猫がぁ!!」


 殴られたのは、頭のてっぺんと左頬。


「お前みたいのがバカスカ産まれっから、この町はずっと貧しいままなんだよ!」


 ボコボコと殴られて、それでも腹は減っていて。ボクは心の底から声を出した。


「じゃあ産むなよっ……」

「ああ!?」


 ギロリと鋭い目は、互いに同じ。


「お前等大人が勝手にボクたちを作っておいて、邪魔者扱いするなよ!!」


 バチンと目の前に見えた頬を叩いた。後で味わう報復など、どうでもよかった。


 ゲホッと道端にくれないの液体を吐いたのは、その晩ずっと。


「なんなんだよっ……」


 その血だまりを、見て嘆く。


「ボクが、悪いの……?」


 そんなボクに「仕方ないさ」と言ってくれたのは、ボクみたいな身なりをした人間だけだった。



 空を見上げる機会は増えた。だけど曇り空では切なさに拍車がかかるから、青の日を選んで。


「ねえ君。スズキサンって知ってる?」


 いつものごみ捨て場。先輩の背中にボクは聞く。


「ボクたちとは肌の色も違くて、着てるものとかも違くて、なんかこう、綺麗な人」


 色白で、陽射しの強い日はつばの広い帽子を被っていて、靴に穴は空いていない。


「ああ、知ってるけど」


 その先輩は、無愛想にそう答えた。ボクは続ける。


「最近見ないけど、どうしちゃったんだろう?」

「知らねー。今頃ホテルでぬくぬくしてんじゃん?」

「ホテル?」

「お前知らねえのかよ。あーいう奴は俺等よりずっといいとこで飯食ってねんねして、気まぐれに取材に来てるだけなんだよ」

「取材ってなあに?」

「ははっ。お前なんも知らねえんだな。まあ、その方が幸せだけど」

「何。教えてよ」

「つまりは惨めな俺等を撮影して楽しんでるんだよ。ほら、人って自分よりも可哀想な人間を見ると落ち着くじゃん?そんなもん」


 スズキさんが、ボクたちを撮影して楽しんでいる。


「そんな……」


 それは。


「そんなこと……」


 ないと思った。

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