第004話 邂逅
祈りを捧げた瞬間、俺の視界は真っ白になった。
ああいや、真っ白と言うより白銀だろうか。聖堂にいたはずなのに、俺は目映い空間に紛れ込んでしまう。
「ようこそ、使徒ルカ・アルフィス……」
どこからか、俺を呼ぶ声。振り返ると、何もなかった空間に女性が現れていた。
「誰だ……?」
面識もなければ、見かけたことすらない。闇のように深い青色をした髪の女性なんて知り合いにはいなかった。
「私はシエラ。悲運の女神といえば分かるかしら?」
俺は息を呑んだ。眼前に現れた女性は俺を悩ませている原因なのだという。
「お前が……悲運の女神……?」
「そういうことですの。ずっと貴方の人生を見守っていました。成人されたということで、顕現しております。ささやかながら祝福を授けようと……」
否定したいところだが、この超常的な空間に加え、彼女は全身から青い輝きを放っている。俺の名を呼んだだけでなく、悲運の女神とのキーワードは俺にとって否定できないものだった。
「祝福とかいらねぇよ。あんたがどれだけ悲運なのか知らんけど、俺にすり寄って来んなって……」
「あら? その認識は違いましてよ? 悲運なのは貴方。私は悲劇が大好物なので、悲しき結末を迎える魂に加護を与えているだけですの」
えっと、マジか?
そのまま受け取ると、悲運の女神は別に悲運ではないらしい。俺こそが悲運の渦中にある人物そのものなのだという。
「悲しき結末って?」
「私の加護により成人できたでしょう? 貴方は人生のあらゆる場面で死ぬ可能性がありました。悲運の女神を長く続けておりますが、貴方ほど儚い人生は見たことがありませんわ。まるで暴風の中で灯る蝋燭のようですもの……」
いやいや、俺はどれだけ悲運だっての?
あらゆる場面とか聞いてない。十七歳でリィナの代わりに死ぬくらいしか俺は分かっていないのに。
「俺は死ぬのか?」
はっきりと聞いておく。
彼女が女神であるのなら、俺が迎える結末を知っているだろうと。
「私の使徒は概ね死を迎えます。運命には抗えないのですよ」
運命という重苦しい話に俺は嘆息していた。
抗えないというのなら、確かにその通りだろう。
ゲームにおける俺はリィナを死なせるわけにはならなかったし、選択肢すら用意されていなかったんだ。
「あの夢はお前が見せたのか?」
「何のことかしら? 私は貴方の悲運が気に入っただけ。より悲劇的な結末を迎えるように加護を与えております。私が加護を与えねば、貴方は十歳と生きられなかったことでしょう」
惚けているのか分からない。しかし、この女神が信奉されるような性格でないのは明らかだ。加護を与えた者の死を楽しむような女神なのだから。
「まあいい。それで俺は十七歳で死ぬんだな?」
「あらまあ? ご存じとは意外ですわ。運命を知っている魂に出会ったのは初めてですの。色だけでなく、本当に興味深いわ……」
シエラは否定しない。さも俺がリィナの代わりに死ぬのだと決まっているかのように。
「じゃあ、なぜ俺の前に現れた?」
死が決定しているのなら、用事などないはずだ。彼女は悲劇的な最後が見たいだけだというのだし。
「使徒を祝福するのが女神の役目だからですわ。未来を見たのなら知っていると思いますが、ジョブとスキルを与えねばなりませんもの」
やはり俺は死ぬのだろう。
俺の死を待ち遠しく感じているシエラは代行者というジョブを与え、固有スキルまで授けるつもりだ。ディヴィニタス・アルマを与えないことには、俺がリィナを救うなんてできないのだから。
「スキルの付与は完了しました。ジョブは目を覚ました瞬間に授かるので問題ありません。十七歳を迎える日まで自害などしないように」
どうやら何の前置きもなく、ディヴィニタス・アルマは俺のスキルとなったようだ。運命が指し示すまま、目を覚ますと代行者になっているのだろう。
「儚い人生すぎる。絶望して死ぬかもしれん」
「あら? 子爵家のご長男で贅沢な暮らしができたでしょう?」
無意味にも感じる遣り取りが続く。シエラは俺が幸せだったとでも考えているのかもしれない。
「俺は貴族なのに、毎日野良仕事をしてたんだぞ? それに彼女すらいない。女性との交際も知らずに死ぬなんて、男として生きていないのと同じだ」
心残りは多々あれど、特に異性との交際は経験したかった。バラ色に染まる日々を俺は体験したかったんだ。
「それならば美の女神の使徒を捜しなさい。二年もあれば見つかるでしょう」
ここで妙な話となる。
自害を仄めかしたからか、シエラは俺の願望が叶うかのように言った。
「美の女神様の使徒? 会ってどうするんだ?」
「分からない? 美の女神イリアは使徒が情欲に溺れる姿を見たがっているの。だから異性に好かれやすい運命の魂を選ぶ。加えて使徒はイリアの影響を受け、性に寛容になってしまうの。ルカでも簡単にヤれるわ」
「ヤれるって……。仮にも、お前は女神だろうがよ?」
ドン引きである。女神なんだから、もう少し濁して喋ってくれ。
それに情欲に溺れる姿を見たいって、世界にはろくな女神がいないじゃねぇかよ。
「俺は愛のない行為なんてしたくねぇぞ?」
「難しいこと言うのね? それなら、ルカがモテモテになればいいわ」
わけが分からん。
俺はモテていないから彼女がいないってのに、何をしろというつもりだ?
困惑する俺に、シエラはさも当然の権利であるかのように言う。
「イリアの使徒を呑み込めばいい――――」
俺は絶句していた。
シエラが話した内容を俺は何となく理解していたからだ。たった今、授かった固有スキルの使用についてだと。
運命を呑み込む魔法。強大な力でもって、イリア様の使徒から運命を奪えと彼女は言っているのだろう。
自害を阻止するためだけに……。
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