第42話 最上階

 最上階へと、波瑠止はたどり着いた。

 とは言え、無傷ではない。そして装備も酷い。

 

 酷使した消防斧など、刃こぼれと深刻な金属疲労で反っていた。

 何とか温存しようとした偏向刀も根元から折れた。

 近接装備は匕首を使い果たし、銃剣一本なんて悲惨な状況である。

  

 本人も本人だ。

 何度も敵を撃退した結果、ボロボロであった。

 

 苦戦は宿泊客への不殺を貫いたせいでもあった。

 あの後、彼は正義から武器を取った宿泊客らと数度対峙した。

 中には士分もおり、それが予想以上に難敵であった。


 ただ、それでも彼は御体満足で到達した。


 アサルトライフルには残弾あり。

 装備を傷つけ、自身も負傷したが、戦闘は可能。


「ここ、だろうな」


 高価なレストランの扉を消防斧でぶち破った波瑠止。

 そこにそろった人間を見て、皮肉った。


「……やっと、お出ましか? 遅刻したみたいだな」


 林、平次、そして茅。

 波瑠止を含めれば、4人の人間の視線が絡み合う。

 護衛がいないことを、彼は訝しむも口にはしなかった。

 そんな中、最初に口を開いたのは林であった。


「訂正しろ。お前が死なないのでやむを得ず、だ」


 そう言いつつも、林の表情は暗い。

 無理もなかった。

 彼は官吏として有能でも、無人兵器のオペレーションが達者ではなかった。


 確かに彼は上杉から道具を与えられた。

 だが、道具は道具。使い手が悪ければ意味がない。

 そして彼は、その操作が可能であったというだけだ。


 長時間に渡った、波瑠止と林の勝負。


 そう言う意味であれば、林は波瑠止に勝ち越せなかったと言えよう。


「そうか。無茶な私闘だったが、落とし前を付けられそうだ」


 アサルトライフルを波瑠止は構える。

 銃口を向けられた林だったが、波瑠止へと臆さず言う。


「柳井、銃を降ろせ」

「何を今更……」


 そう言いかけた波瑠止だったが、平次の無言に気付くと黙った。

 またぞろ企まれては堪らない。

 だらりと銃口が降ろされたことで、林は口を開いた。


「礼は言わぬ。しかし、話したいと思っていた」


 波瑠止は林に注意しつつも、茅と平次を横目で見た。

 悪さはされていないことに安堵しつつも、疑問が湧く。

 

 何がしたい? 林は何を語る?

 

 無言のままであったが、にやけづらを隠さない平次。

 そんな彼に対して波瑠止は更に警戒心を深める。

 やああって、林が言った。


「まず聞きたい。柳井はこの後、何とか出来ると思われているのか?」


 痛いところを突く、話である。

 秘密裏に麻薬製造が続けられるなら出来たかもしれない。

 が、現状であれば厳しい、いいや不可能。それが波瑠止の見解である。

 

「……やるしかないだろ、無意味なことを問うなよ」

「そうだな、私が死ねば無意味だろう」


 波瑠止は銃口を上げるか迷った。

 だが彼は大きく息を吸い込み、感情を抑えて答えた。


「辞世を聞く趣味もない。だが思い残しを聞かない訳じゃない」


 譲歩、そう譲歩だ。波瑠止は思考を続ける。

 不確定要素が残るが、目の前の馬鹿を倒すのは簡単であった。

 引き金引いてズドンと一発。

 それで終わる。


「では再度問う。ここまでの事を起こした責を、柳井はどう取るつもりか?」


 繰り返しの発言に、波瑠止は辟易した。

 そりゃ現状テロリスト側が波瑠止らなのである。

 幕府官僚へ対しての反逆。今現在は、そうである。

 だが、波瑠止は口角を上げると答えた。


「笑止だな。麻薬製造やら、その基盤を盗ろうとした人の言葉と思えない」


 だが林はひるまず、スラスラと回答した。


「柳井が、全てを知り得たからだ」

「バレなければ大丈夫って? 反吐が出る」


 波瑠止は即座に銃を構えられるように、僅かに腰を落とす。

 会話を続ける余裕はなんだ? 何がコイツを動じさせない?

 思考を続けつつ、確認を込めて彼は列挙した。


「悪いが明日には全て発覚する。領地で麻薬密造されていることを知った当主が実家の力を借りて自力浄化。不埒なことを企んでいた、探題の官僚は死ぬ」


 波瑠止は銃口を再び上げた。


「馬鹿な青二才は責任を取って蟄居、そして腹を切る。領地は幕府へ返上だ」


 なおも続けても林は反応しない。

 怒気を露わにして、波瑠止は叫んだ。


「俺が死ぬのも、実家が罪を引っかぶるのも覚悟してるんだよ! おい、恥知らずにも上杉を頼ったクソったれ。詫びの言葉じゃなく、建前並べたお前は、ここで死ぬか?!」


 場に緊張感が走る。

 だが脂汗をかきつつも、なおも林は口を開いた。


「私は、夢がある」

「……狂いやがったか?」


 波瑠止は林に視線を合わせた。


「幕政の歪みは重くなりつつある。

 借金に苦しむ領地、火星一極の経済、政治」


 繰り返しか、馬鹿め。

 波瑠止は引き金を引き掛け、躊躇した。

 何か、おかしい。


「この政治が正しいか? 否! 違う!」


 波瑠止は眉根を寄せた。

 林は怒涛の勢いで演説を続ける。


「過ちは糾さねばならぬ!

 金と言う血液は、幕府という巨躯の隅々まで回らねばならぬのだ!

 壊死した浮腫、腫瘍である直参の再編も必須だ!

 我らは、より高みへとゆく社会を作るべきであるのだ!

 その為に木星の火は止めねばならぬ!

 虚空への探索ではないのだ、人、人の世界を広げる時なのだ!

 だからこそ、この私は立ち上がるのだ!」 


 林の異様さに波瑠止は沈黙し、平次はケラケラと笑う。

 茅も無言だ。

 血走った目で林は叫んだ。


「思考停止の貴様には分からんだろうなぁ!

 貧困だ、困窮だ、そうだ社会は何時の世も進むのだ!

 保守化し、硬直化し、未来を見ぬ貴様らが幕府を蝕むのだ!


 父祖の権益が世襲化され、能吏ではなく無能が役職に座る!

 これが悪と言わずとしてなんであろうか? 違うか、柳井!


 直参の怠慢が、譜代の傲慢が、御三家の享楽が、続くのだぞ?

 誰かが変えねばならぬ、変えねばならん。


 よって、この林、成るべきことを成さずして死ねるものか!

 撃てるなら撃ってみよ、柳井。

 貴様が幕府を衰退させる引き金を引くのだ!」

 

 言い切った後の沈黙、最初に声を上げたのは波瑠止であった。


「そうか、お前のことなど俺は何も知らん」


 大層なコトを言う。

 だから、彼は言ってやった。


「ただ一つ思った。具体策を上げないお前は、確かに無能だよ」


 波瑠止はそのまま発砲する。

 すると同時に、林もまた何かを投じた。


「まだ、夢を閉じるわけにはいかんのだ! 例え忌むべきものを使っても!」


 部屋に反響した、銃声が消えていく。

 倒れたのは―――波瑠止であった。


「波瑠止ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 茅の絶叫が木霊した。

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