第37話 カチコミ

 申請した航路を無視して、目的地へと機体がバンクした。

 中京城が遠くに見え、あそこから始まったのだと波瑠止は思い出す。

 継いだ家は赤字と麻薬と、最悪であった。


……柳井本家を、止正が分家の私兵を率いて制圧している頃だろうか?

 

 和止が操縦する旧式電動大型ティルトローター機の内部。

 そこで完全武装した波瑠止は想像する。ただ想像したのは一瞬だ。

 今は先にやるべきことがある。そう彼は思い直した。

 茅を取り返す。今己が考えるのは、それだけで良い。

 未来の話など全てにケジメをつけてからだ。


……目的地である超高級ホテル、ヴィーナスパレス。


 それを目視した彼は機内から飛び降りた。

 明らかな軍用機の異常行動に戸惑う車寄せ。

 そこへ波瑠止はノーパラシュートでエアボーンを決めた。

 事前の手順通り、和止はホテルのロビー前に牽制射撃を加えた。

 

―――無人のタクシーに弾薬が突き刺さり、遅れて爆炎と悲鳴が上がる。

 

 阿鼻叫喚の現場を無視して、戦闘服姿の波瑠止は走る。

 そのまま人の流れに逆らって彼はエントランスへと飛び込む。


「ひっ!」


 ポーターが悲鳴を上げ、警備員が拳銃型熱線銃を構えても無視だ。

 波瑠止は躊躇なく突き進み、自動ドアを蹴り抜きロビーへと入る。


―――ホテルのロビーには三階まで続く吹き抜けがあった。


 正面には二階三階へと通じる階段が見える。

 バカでかいシャンデリアを波瑠止は注意した。

 

 その階段に立つ人間を見て、彼は即座に身をひるがえした。

 足元のカーペットが小さく丸く焦げ、白煙を上げる。


 挨拶代わりらしき熱線銃の方向へと、波瑠止はアサルトライフルを向けた。

 不意打ちの主は、満面の笑みで彼を見る。

 中二階の踊り場だ。

 飾られた生花の壺を背後に熱線銃を構えていた彼は声を張る。


「躱すか!? 獣かな? どうなんだ、柳井!」


 その人物は従者と―――それから一人の少女を連れていた。

 彼は何が楽しいのか、波瑠止を見て吠える。


「だが誉めてやろう! 来ると思っていたぞ!」


 全てお見通しか、と内心で吐き捨て波瑠止は銃を構えた。

 その姿をどう思ったか?

 男は高らかに笑い声を響かせた。


「はははははははははは、正気か? 柳井!」


 辰星上杉嫡男、上杉平次。

 彼は熱線銃をジャケットのホルスターへと戻す。

 そうして欄干に飛び乗り、波瑠止を見下ろす。


「声も出ないか?」


 波瑠止は返事を返さず、少女を見、彼女が茅だと悟った。


……そして彼は激怒した。


 握りしめた銃器を平次へと向ける。


「返事をせよ、柳井」


 平次のその言葉に返ってきたのは、銃弾であった。

 彼の真横を弾丸は通り過ぎ、背後の壺を粉砕する。


「ふむ、殺気立ってそれどころではないか?」


 平次は銃弾が、かすめたにも関わらず、豪胆さを失わなかった。

 一方で、主と平次のやり取りに茅は血の気が引いた。

 頭が真っ白になっていた茅は声を上げようとした。


 だが、発言は叶わなかった。

 そればかりか、彼女はそのまま従者に取り押さえられる。

 波瑠止は、怒りで顔を深紅に染め上げながら口を開いた。


「お前を、この場で殺せるぞ! 水星モグラの片割れが!」

「誰と知って口ごたえするか、下郎! 金元の金魚の糞風情が、恥を知れ!」


 両者の視線が交わる。

 ただ、先に外して笑ったのは平次であった。


「いかんな、どうにも銃声やら砲声は血を滾らせる」


 きざったらしく奴は首を振った。


「この怒りは、別の日に伊達にぶつけることにしよう」


 波瑠止は、沈黙を続けた。

 平次は歌うように言う。


「先ほどの挨拶は流そう。して、柳井。お前はやはり愉快だ」


 来るか来ないか。

 平次は来ると確信していた訳ではなかった。

 

 冷徹な自制心さえあれば、小娘を見逃すのが正しい。

 そうだとも、人質なんぞ交渉の駒に過ぎぬ。

 政治を齧るなら、交渉の一つでしかない。


 だが馬鹿は来た。惚れた女の為だけに。


 平次は楽しくて仕方がない。

 彼は愛を、恋を、信じていた。が、神聖視はしなかった。

 尊い物である。けれども、それに殉ずるなど御免であった。

 恋に酔うのも、愛に狂うのも、外から見て楽しむものである。  

 そう彼は決めていた。


「小娘一人の為、それも妻でも婚約者でもなく……」


 波瑠止は、歯を食いしばる。

 歌うように、人を小ばかにしながら平次は続けた。


「お前の、いじらしいまでの純情さは私を楽しませてくれると思ったのだ」


 これには茅も反応した。

 だが抵抗むなしく、彼女は押さえつけられたままだ。

 それでも彼女は抵抗を外さんと、もがいた。

 そんな背後に一切注意せず、平次は続けた。


「直近の不快の代償に、お前を楽にしてやるのも考えたのだがな?」


 実に退屈だろう? そう言って彼はホールに声を響かせる。


「そうすると小役人が得をする。ソレは面白くない。そう、面白くないのだ!」


 混乱の渦中のホールだ。平次の姿は酷く浮いた。

 しかし、それでも彼の存在感は圧倒的である。

 波瑠止は、そんな平次を理解出来なかった。

 何を言っているんだと、彼は平次を見上げる。


「お前は女を救って小役人を殺したい。小役人は生き延びたい」


 だからゲームに仕立てよう、そうしよう。

 子供のように平次は一人呟き、波瑠止を見やる。


「……ただなぁ、私が見るにお前はソコソコ強いのだと思っている」


 値踏みする視線を隠しもせず、彼は言う。


「そして今、確信した。お前には根性がある。度胸もだな」


 そこで平次はパンと手を叩いた。


「見世物として、これは不公平だ」


 そうだ見せ物だ。

 子役人も柳井も人として底が浅い。


……だからこそ、面白いのだ。


 剥き出しの姿の無様さ、滑稽さ。

 悪辣なる趣味だと理解しつつも、だ。

 それを眺めることの楽しさは言葉に出来ない。


「と言うことで、公平性の為に私は林に少々力を貸す」


 林の名前が出たことで、波瑠止は声を上げた。


「茅を人質にして、何を言う!」


 平次は、涼しい顔で返した。


「人質? 誤解するな、柳井。見た目だけの女に、執着なぞするものか。全ては公平性のためよ、小役人がコレを殺すのは目に見えていた」


 助けた礼はないのかね? 恥知らず。

 そう言われては波瑠止は、黙るしかない。

 歯ぎしりしつつも、殺さんと言う目で彼は平次を見た。


「では、開演だ」


 舞うように平次は腕を広げた。


「主演は柳井、お前だ! 死なずに最上階まで上がってこい!」

「人の話を聞け、上杉!」

「知らぬ、もがく姿を楽しみにしてるぞ!」


 背を向けた平次へ、波瑠止は叫ぶ。


「待て!」


 だが、平次は止まらず、そして波瑠止は進むことが出来なかった。

 何時の間にか仕掛けられた爆薬による爆発が起きたからだ。

 堪らず足を止めた波瑠止。

 そうして平次の間を隔てるように、シャンデリアが落下してきた。

 黒煙と散らばるシャンデリアの残骸を乗り越えながら、波瑠止は絶叫した。


「目にもの見せてやるぞ! 上杉平次ィ!」

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