十字架を背負う男
神楽堂
第1話
私の名前は、
殺人事件が発生。
被害者は、
刃物による刺殺。
第一発見者は被害者の夫、
植松秀一?
知っている男だ。幼馴染である。
小学生の頃、剣道教室で知り合い、すぐに仲良くなった。
私と秀一は同じ高校の剣道部に入り、青春時代を共に過ごした。
忘れられない試合があった。
部内試合で、私は秀一に
小手で一本を取るのは難しいものであり、竹刀が小手に当たるだけでは一本にならない。
剣道では、気剣体の一致があって初めて一本と認定される。
秀一は小手を得意技としていた。
そして、剣道がうまいだけではなく、いわゆる男前でもあった。
秀一には別の高校に彼女がいて、名前は
セーラー服が似合う美少女で、秀一とはお似合いだった。
そんな二人を、私はいつも羨ましく思っていた。
そして、秀一には
陽介の方は剣道は習っていなかったが、休みの日には一緒に遊んでいたものだった。
陽介は体が大きく力持ちで、気はとても優しい兄であった。
陽介は中学で登校拒否になり、高校には進学せず、たまに日雇いで働いていた。
私、秀一、陽介、そして可南子の四人で遊ぶことも多かった。
秀一の彼女である可南子に、私はひそかに憧れていた。
それは、誰にも言えない感情であった。
高一の終わりに秀一は転校した。引っ越したのだ。
同時に、陽介や可南子に会う機会もなくなった。
それ以来、私は秀一たちのことをすっかり忘れてしまっていた。
その秀一の妻、順子が殺された。
妻の名前は順子。
つまり、秀一は可南子とは結婚しなかったということだ。
私は捜査資料をもう一度読み返した。
* * *
被害者である
死亡推定時刻は7月7日、19時頃。
死因は、刃物で刺されたことによる失血死。
第一発見者は夫、植松秀一。
秀一は、順子の親が経営する大手音響メーカーの社員。
7月7日、21時に秀一が帰宅すると、玄関は施錠されておらず、応接室で腹部から大量出血して倒れている妻、順子を発見。通報した。
被害者の着衣に乱れはなかった。
物色された跡はなかったが、ソファーの位置がずれており、抵抗の跡と思われた。
* * *
捜査本部は強盗ではなく、怨恨による殺人と断定。
凶器は現場で発見されたが、指紋は採取できなかった。
その刃物は、植松家の物ではないと秀一が証言している。
私は先輩刑事と共に、現場の確認や関係者への聞き取りを行った。
そして、容疑者が特定された。
容疑者の名前は、
アマチュアバンドでボーカルをしている、いわゆる売れないミュージシャンだ。
順子に数か月前から付きまとっていた、いわゆるストーカーでもあった。
事件後、村井克彦は行方不明になっている。
* * *
私は、植松秀一から聞き取りを行うこととなった。
最後に会ったのは高校の時だ。私を覚えているだろうか。
会ってみると、秀一の顔は高校時代の面影を残していた。
幼馴染の秀一であることに間違いなかった。
秀一の方は、私が幼馴染だとは気づいていないようだった。
妻を惨殺されたのだ。気が動転していて、気づく余裕がないのだろう。
私は秀一から、順子の交友関係を聞いた。
秀一は答えた。
「妻は友達に誘われて、アマチュアバンドのライブをよく見に行っていました。
妻の友達がギタリストのファンなので、それで一緒に見に行こうと誘われていたようです」
「奥さんも、そのギタリストのファンだったんですか?」
「いいえ。妻はいゆわるイケメンを見に行くのが好きなんですが、特にこのメンバーが好き、というのはなかったと思います。
妻の友達……
そのバンドのボーカルが
啓子がギタリスト、妻がボーカルとのダブルデートみたいな形にするために、付き合わされていました」
「あなたという夫がありながら、順子さんはダブルデートに応じていたのですか?」
「……親友の啓子の頼みで仕方なく、という言い方をしていましたが、私としてはおもしろくなかったですね。
ボーカル、ギタリスト、啓子、そしてうちの妻の4人で出かけることが何回もありました。
妻は、人数合わせだから大丈夫、二人きりで会ったりしないから、とは言っていました。
けれど、ボーカルの村井の方は妻に惚れ込んでしまったみたいで……」
「で、付きまとわれるようになったわけですね」
「村井がだんだんその気になってきたので、妻は嫌がっていました。
私も村井に会って注意しました。
俺の妻だから手を出すな、と。
でも、村井に諦める様子はなく、夫婦共々困っていました」
私は念のため、秀一のアリバイも聞いた。
「ところで植松さん、奥さんが殺されたとき、どこで何をしていましたか?」
「仕事の帰りに街をぶらぶら歩いていました。
楽器や音響機器を見るのが好きなんで、そういう店を見て回っていました」
「何かお買い物やお食事などはされましたか?」
「いえ、何も買ってないです。ウインドウショッピングってやつです」
「わかりました。ご協力ありがとうございました」
私は警察手帳を閉じ、秀一の顔をじっと見た。
立ち去らない私を見て、秀一は不審に思ったようだった。
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