第3話:卯月

翌日学校へ行くと冷やかしの言葉が俺たち二人に降り注がれた。


「見たぞ一緒に帰るところ!」

「まさか片瀬の名字になるなんてな」

「ヒューヒュー」


俺と卯月を見てクラスメイトは囃し立てた。

どこかで情報が漏れたらしい。

学生ってのはどうしてこんなに他人のことであーだこーだ盛り上がれるのだろうか。


(卯月は大変だな。小学校の頃からずっとこんなこと言われ続けてきたなんて)


慣れなのか彼女の精神が屈強なのか知らないが、どんな言葉にも氷のように表情を崩さない卯月を凄いと思った。

感心すらした俺だけど、いただけないところもあった。


「おじゃまします」


卯月は家に帰る時、絶対にただいまと言わない。


それについて清香さんもずっと注意していたが卯月は一度もただいまと言ったことがなかった。

それに俺や父さん、清香さんにまで卯月はどこまでも他人行儀だった。

反抗はしないものの、どこか余所余所しい態度の彼女に父も寂しげに眉を下げた。


「なあ」

休日の土曜日。

ショッピングに出かけた両親の隙を見て、俺は飲み物を取りに台所に来た卯月に言った。


「もうちょっとその態度やめられないの。父さん落ち込んでたぞ」

「……態度って何が? 別に啓介けいすけさんに何もしてないよ」

「一回もただいまって言ったことないじゃん。いつまでも父さんに敬語だし。他人行儀すぎだろ。義理でも家族なんだから」


やっと父が再び新しい幸せの形を手に入れたのに。

もう父に悲しい顔はしてほしくない。


「俺の父さん、俺の母さんが死んでからずっと塞ぎ込んでて。やっともう一度愛せる人に出会えて俺も嬉しかったんだ。清香さんがどんな人だろうと、俺は父さんが選んだ幸せを応援する。それに俺、清香さん好きだよ。料理も美味しいし優しいし思ってたよりずっとちゃんとしてるし」


あ。

今のはかなり失礼な言い方だったかも。


「って失礼だよな。悪い」

「別に。私だってお母さんに関してはクラスの皆と同じこと思ってるよ。再婚離婚のエンドレス、学習しない懲りない人って」

「母親のことそんな言い方するなよ。俺が言えた義理じゃないけど」

「そう言いたくなる親なの。こうも毎回重ねているとね」


卯月は言った。


今思うと、俺は今、初めて彼女とちゃんとした会話をした気がする。


「お母さん好き嫌い激しくて、一回ダメになるとすぐ別れちゃうから。何回父親が変わっても父親って思えないの。どうせこの人も他人に戻るから、って」


あ、そうか。


卯月にとっては今回の父との再婚も、今までしてきた一連の出来事の一つに過ぎないんだ。


父の再婚も、この母子にとっては経過の一つ。


「……」

「ごめんね」


黙り込む俺に卯月は謝った。


「なぜ謝る」

「お母さんの毒牙にかからせてしまって。悪女の娘である私にも責任があるから」

「だから母親をそんな言い方すんなって。ていうか終わったみたいに言うなよ。絶対また離婚するって確証ないし。それに清香さん父さんとラブラブじゃん。うまくいくんじゃね?」


「……そうね」


それだけ言うと卯月は「私、宿題残ってるから」と部屋にこもってしまった。

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