便りの先に

島本 葉

その一

「ねえ、優吾。ちょっとあんたに見てほしいんだけど」

 

 母がそう言って一枚のはがきを差し出してきたのは、皆で朝食後にコーヒーを飲んでいるときだった。と言っても、今の状況は少し特殊だ。

 

 今リビングで一服しているのは僕と父と母だけど、ここは神戸の自宅ではなく、母の実家の富山の家だった。


 三日前に祖父が心筋梗塞で急逝したとの知らせを受け、慌てて飛んできたのだ。昨日には葬儀を終え、少しだけ気持ちというか身体が落ち着いたというようなタイミングだった。

 

 母は少し疲れた様子だったが、無理はなかろう。僕には年に一度会うかどうかの祖父だったけど、母にとっては実父だ。それも急逝ということもあり、忙しさで気持ちを紛らわせていたような雰囲気があった。

 

「何、このはがき。じいちゃんの?」

 

 受け取って見てみるとやはり宛名は祖父のものだった。裏返してみると、これは絵手紙というやつだろうか。

 

「味わいのある絵だね」

 

 横から覗き込んだ父が言った。味わいとはまさにぴったりの言葉だった。

 

 大胆な筆使いで描かれた蜜柑は荒々しく半分に割られている。白い薄皮の中にみずみずしいオレンジ色の果肉が詰まっていて、思わず蜜柑を手に取りたくなる。

 テーブルの上に蜜柑が無いのが残念だ。

 

 ――寒くなりましたが風邪などひかぬように

 

 そのようにメッセージも添えられていてとても暖かみを感じる便りだった。

 

「これって……」

 

 だけど、今僕の心を捉えているのはその風情のある蜜柑ではなかった。はがきの片隅に書かれた『白 八十二手 12の三』という書き込み。この書き込みを見て、母は僕にこのはがきを見せたのだ。

 

 表書きの消印を見ると二日前に岐阜県高山市から投函されているものだった。高山というと、距離的にはここ富山からも比較的近い。母に知っている人かを問うと首を横に振られた。

 

「書いてあるのは座標だよね。白、とか八十二手とあるから、これは囲碁?」

 

 父も書き込みに気付いたようだ。

 

 そう、これは囲碁の着手を表したものだ。現在は八十二手目。つまり祖父ははがきを使って、高山に住む誰かと囲碁の対局の最中だったのだ。

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