第35話 駿馬

 翌日の競馬場。


 光二はバイコーンと共にすでにゲート入りしていた。


 騎乗しているバイコーンは濃い群青色。太く長い角は雄々しく天を突き、その毛並みは磨き上げられたラピスラズリのように美しい。


 芝の2400メートル。快晴の良馬場。


 位置取りは、一般的には、最短ルートをとりにくいので不利とされる最外枠である。


 王子は内枠をくれようとしたが、光二はバイコーンの力を見せるため、敢えて不利な外枠を選択した。


 なお、このバイコーンをどうやってこの国に持ち込んだのか――というと、普通にアブドラが一晩の間に日本に一っ飛びして連れてきた。某ジェバンニ氏並に有能なドラゴンである。


 ガン!


 と、乾いた固い音を立ててゲートが開く。


 各場一斉にスタートする――中、光二はゆったりと散歩するような速度でバイコーンの歩を進めた。


 事故だと思われないように、観客に向かって手を振って余裕を見せる。


 400メートルほど出遅れた所で、ようやく走りだす。


 うなる風の音が耳朶に響く。


 1600メートル地点くらいでバイコーンは最後尾に追いついた。


 会場が興奮と驚愕の歓声でざわめく。


(これでも舐めプなんだが)


 バイコーンはまだ魔法を使ってない。


 つまり、素の身体能力だけでサラブレッドたちに追いついた。


 前方の馬群が一塊になって進路を塞いでいる。


 混戦気味だ。


 こんな状況でもバイコーンの性能ならば大外から抜くことは余裕なのであるが――。


(ま、見せ場を作らないとな)


 光二は足でバイコーンの腹の二回叩く。


 バイコーンの角が漆黒の光を放ち、その馬体に靄がかかる。


 身体強化と重力減少の魔法が発動したのだ。


 光二が手綱を引くと、バイコーンが跳躍する。


 その健脚は馬群を軽々と跳び越えて、瞬く間に先頭に立った。


 そのまま全速力で駆け抜ける。


 二桁馬身どころか、三桁馬身の差をつけてゴールを駆け抜ける。


 会場はスタンディングオベーションと拍手の渦に呑み込まれる。


 ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 バイコーンが会場の熱気に当てられたように勝利の雄たけびを上げた。


(やべ! 軽く声に威圧と恐慌の魔法乗ってんじゃん!)


 バイコーンは馬とは言っても、異世界の魔法生物である。


 その鳴き声は地球のお馬さんには刺激が強すぎるに違いない。


 光二は急いで鞍の上に立ち上がり、振り返る。


 後続の馬たちは全て頭を振り乱し、涎を垂らして暴れている。


 ジョッキーたちは手綱を握ったまま身体を硬直させていた。


「『風に上下なし! 空に限りなし!』」


 光二は即座に魔法を発動し、全ての馬体とジョッキーを浮かせた。


「『凪の海。地虫のもだ。』」


 次いで沈静の魔法をかけ、全頭が落ち着いたところを見計らって地上へと戻す。


 何とかレースは再開され、馬たちは次々とゴールを通り過ぎて行った。


 やがて電光掲示板に順位が表示される。


 一位は言うまでもない。


 光二はウイニングランを早々に切り上げ、なんとかレースが成立したことに、ほっと胸を撫でおろすのだった。

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