第24話 餌をやるのは飼い主の義務

「はい。日本国内閣総理大臣、大山光二です」


「こんにちは、光二。私はルイ・モリスよ。在日米軍の再編成を含む両国間の諸々の問題について話をしたいのだけれど――多分、あなたには日常会話以上のことになると言葉が通じないと思うから通訳に代わるわね」


 聞き取りやすい流暢な英語で言ってくる。


「あ、通じてますよ。私は英語も喋れるので、通訳は必要ありません。直接お話しましょう」


 光二は間髪入れずに答えた。


 ルイ・モリス。


 彼女は合衆国初の女性総理大臣であり、同性愛者としても知られている。


 正確な誕生日は忘れたが、年齢は光二より二~三歳年上である。


 外見はぱっと見白人であるが、アジア人と黒人の血も混じっており、アングロサクソンにしては鼻が低め。髪も茶髪でウェーブがかっており、いわゆるアニメに出てくるような金髪白人ではない。


 移民社会のアメリカを象徴するような人物で、リベラル系からの熱狂的な支持を集める反面、宗教的保守派からは蛇蝎のごとく嫌われている。


 光二は外遊で一度だけ直接会ったことがあるが、アメリカの女議員にありがちな鼻もちならない雰囲気はなく、近所の姉ちゃん感がある親しみの持てる人柄だったと記憶している。


「……あなた、セクシーとファンタジー以外の英語も喋れたのね。前に会った時には訛りがひどかったけれど、それも急に消えたようだわ」


 モリスはちょっと驚いたように言う。


「魔法を使ってますからね。リアルでビビディ・バビディ・ブーもできますよ」


「……私はディズニーより、DC派なのよ」


「マーベルはダメなんですか?」


「スパイダーマンは好きよ。ソニーに権利を売った当時の経営陣を電気椅子にかけたいくらいだわ」


 冗談めかした口調で言う。


「死刑反対派ですよね?」


「もちろん。中絶は賛成派だけれど」


「そうですか。でも、アメコミ好きだったなんて意外です」


「あら、アメコミはナードの男が観るものとか古臭い偏見を持ってる?」


「いえ、ヒーローなら助けを求める弱者日本を見捨てて逃げたりしないと思ってたので」


 光二は本題を切り出した。


「いきなりぶっこんで来たわね。見捨ててない。『再編成』よ。もし日本がエイリアンに占領されていても、足元を固めてからいずれ反攻に移るつもりだったわ」


 米軍はまずグアムにまで撤退し、最終的にハワイまで防衛ラインを引き下げた。


 確かに再編成といえなくもないし、モリスの言っていることも嘘ではないのだろう。


 でも、日本としては見捨てられたに等しい状況だったこともまた事実だ。


「言葉遊びはやめましょう。率直に言いますね。日米同盟はこれからも揺るぎませんが、在日米軍基地は大幅に縮小します。いざという時に頼りにならなかった以上、日本人の米軍への信頼は揺らいでますから。そちらとしても兵力に余裕がないでしょうから、日本に兵力を割かなくて良いのは願ったりかなったりですよね?」


「……ステイツの代わりに異世界の軍隊を引き入れるの?」


「ええ。何か問題ありますか?」


「価値観の違う移民が招く軋轢を軽く考えているんじゃないかしら。欧米やステイツですら四苦八苦しているのに、変化を嫌う国民を抱えるあなたたちが異世界人と上手くやっていける? ましてや軍事力も保持しているなんて、軒先貸して母屋取られかねない駱駝の鼻をテントに入れたら全身もれなくついてくるわよ」


「慣れますよ。原爆を二発落とされた国に尻尾を振れる国ですから。ましてや、今のところ我が国はパルソミアに対して恩しかありません」


 光二は平然と言い返す。


 当然の懸念ではなるが、そもそもパルソミア側の人間の光二にとっては効かない忠告だ。


「言ってくれるわね。わかったわ。軍事のことはさておき、話を前に進めましょう。あなたはステイツに何を望むの?」


「食糧を輸入させてください。穀物も肉も果物も、輸出先の外国の中で日本を何よりも優先してください」


「……ステイツが――いえ、世界が今、どういう状況にあるか分かって言ってるのかしら」


「もちろん。核保有国はいいですよね。非核三原則に縛られている我が国にはとても真似できない芸当です」


 結論として、人類はエイリアンの侵攻を受けても滅びはしなかった。


 いわゆる先進国の多くは一時的に都市部を全て停電にした上、砂漠や雪原などの無人地帯でキャンプファイヤー火力演習をして敵をおびき寄せ、集まったエイリアン共に核をぶち込んで葬り去るという強引な手法で陸地の生存権を確保した。


 まあ、使われた核兵器のほとんどが、広島や長崎に落とされたような戦略級の核兵器ではなく、水爆や中性子爆弾などの戦術級なので、放射能汚染は比較的少ない。だが、少ないとは言ってもない訳ではない。


 インフラの破壊と汚染によっていくつもの穀倉地帯や水源が使い物にならなくなり、世界的な食糧危機が目の前に迫っているのは誰の目にも明らかだ。


 甚大な被害を出しながらも辛うじて文明を維持している。


 それが世界の現実であった。


「あなたというコミックから飛び出してきたような本物のヒーローがいた日本の幸運には及ばないわ。結局、何人死んだの? 私の試算では日本は多分、先進国で一番死傷者数が少ないはずよ」


「集計中ですが、一千万人を超えるか超えないかと言ったところですね」


 聖女ヒールがあるとはいえ、初撃で爆殺された奴らまでは助けようがない。


「ならマシな方ね。ステイツでは三分の一の国民が吹き飛んだ。欧米はそれ以上。中国は正確なデータがないけれど、日本よりマシということはあり得ないでしょう。いずれにしろ、国内ですら手一杯なのに、自国より被害の少ない外国の支援を優先するなんて、有権者が納得すると思う?」


「そう言われても、我が国の食料自給率はひどいものですよ。エイリアンから生き残っても餓死したら意味がないじゃないですか。飼い主は時に自分のおかずを減らしてでも、ペットのエサを優先するほど愛情深いものでは?」


「うちは大草原の小さな家じゃなくて、世界一の動物園なのよ。餌をあげるべき動物はたくさんいる。パンダはいないけれどね。【覇権国家を舐めるなよ。極東の敗戦国が】」


「そうですか。日本人はめちゃくちゃパンダ好きなんで、他の動物園を観に行ってしまうかもしれませんね【ほな、レッドチーム入りするけどええんか?】」


 アメリカが飯をくれないなら、他の国に頼るしかなくなる。


 日本の食料輸入先の一位はアメリカだが、二位は中国なので必然的にそういうことになる。


「……はあ。やめましょうか、不毛な煽り合いは。もちろん、日本が重要な同盟国であるという点はステイツとしても変わらない。でも、対価なしには援助が無理なことくらい、あなたにも分かるでしょう。ステイツの国民を納得させられるだけの材料を提示して」


 モリスがため息一つ言った。


「もちろんです。例えば、もし、今、アメリカの国境に押し寄せてくる難民を日本が引き受けると言ったらどうですか?」


 エイリアンはエネルギーに反応するため、エネルギー消費量の多い国――すなわち、先進国や大国ほどエイリアンが殺到し、被害が大きい。


 かといって途上国が無事なのかといえば、全くそんなことはない。襲来するエイリアンの数が少なくとも対抗できるような軍隊が存在しない国は、筆舌尽くしがたい悲惨な状況になっている。


 国家機能を喪失した地域に発生した大量の難民は、比較的まともな国に殺到する。


 その代表例こそが、自由の国アメリカ。


 アメリカは移民には慣れているし、失った労働力を埋める必要もあるから、最終的には彼らを受け入れることになるだろうが、それでもこの混乱期に一気に殺到されては、受け入れ態勢が追い付かないのは当然だ。


 しかも、彼女は人権を重んじるリベラルに支持されている大統領なので、移民希望者に強硬な排除手段は取れないのだ。


 このままだと、溢れかえる不法移民による治安悪化に耐えかねた国境地帯の州が、本当にアメリカから独立しかねない状況である。


 つまり、モリスは今、事態を沈静化する時間を喉から手が出るほど欲しているはずだ。


「……本気? 十人や百人の話じゃないのよ?」


 モリスがゆっくり唾を呑み込む音が聞こえる。


「本気ですよ。正確には日本ではなく、パルソミアが受け入れるんですけどね。この件は向こうの国家元首――ルインと話がついています」


 パルソミアは人口が飽和している。


 しかし、土地はまだまだあり、人口増加に開拓が追い付いてないというだけの話なので、受け入れる余地はある。


 アメリカから食料援助を受けた上で、日本の農機具を使って開拓をすれば、飢えないだけの食料生産量を確保できる成算はあるのだ。


「ルイン、あなたのパートナーね。――わかった。食糧援助の件、受け入れるわ。具体的にどれだけの量を出すかは、そっちが受け入れる移民の数によって増減させる。それでいい?」


「はい。ありがとうございます」


 光二は朗らかに礼を述べる。


 これ以上の細かいことは官僚に投げる。


「それで物資はステイツが用意するとして、どうやって運ぶ? 空飛ぶ魔法の絨毯でも用意してくれるのかしら」


「さすがに無理ですね。普通に海上輸送になるかと」


 光二は転移魔法も空間魔法も使えるが、魔力補給の脆弱な日本で、一億人の日本人の腹を満たすだけの物資を輸送するだけの力はない。


「なら安全の確保が課題ね。陸のエイリアンは排除しても、海の奴らは野放しなのだから」


「航行の安全はこちらで確保します。人員も輸送船もできる限りこちらで用意します。ただし、物資の量によっては船が足りなくなるので、その場合はアメリカ側にも見繕ってもらえるとありがたいです」


「善処しましょう。代わりといってはなんだけれど、パルソミアとコネクションを作りたいわ。ステイツのためだけじゃなく、世界のために、魔法の技術を科学的に研究する必要がある」


 モリスはアメコミのヒーローのような決然とした口調で言う。


 今を見据えながらも、未来への投資も怠らないのは、さすがはアメリカと言ったところか。


「その件に関しては私におっしゃられても困ります。ですが、パルソミアの国家元首――ルインを少なくとも会談の場に連れていくことはお約束します。そこから先は、アメリカとパルソミアで交渉してください。日本は仲介するだけです」


 そう釘を刺した。


 光二自身は政治的な交渉力に自信がないので、なるべくルインに投げたい。


 でも、まあ、アメリカがよっぽど無茶を言ってこない限りは、パルソミアと国交が樹立されるだろうと思う。


「OK。それで構わないわ。いい取引ディールにしましょう」


 モリスはそう言ってホットラインを切る。


 アメリカは日本への食糧供給の代わりに、対内的には難民問題の解決、対外的には異世界という未知の技術体系へのアクセス権を得る。


 モリス個人としても、アメリカとしても面子の立つ、悪くない取引だろうと思う。


(ふう。ひとまず餓死は免れそうか?)


 光二は人心地つきながら、受話器を壁に戻した。

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