第11話 奇跡の燃料(1)

「おお、ついに、チート発動っすか!?」


「おう。光魔法だ」


「なんすかそれ! めちゃくちゃ勇者っぽいじゃないっすか!」


「それなら勝てますか?」


「ああ。光魔法は特殊だからな。これなら、相手の防御に関わらずダメージを与えられる。詳しい理屈は省略するが、光魔法による攻撃は物理法則を超越する『集合的正義による存在否認』だ。相手がどんなに硬かろうとデカかろうと関係なく、対象がこの世に存在する現実を消す」


 水魔法で洗った聖剣の柄を握りしめる。そして、切っ先をゴキブリの腹の中に隠れていた幼虫に向け、弱めの光魔法を放った。


 柔らかい綿毛のような光に包まれた幼虫が、跡形もなく消え失せる。


 そこには音も匂いもなかった。


 まるで初めからそこになかったかのようだ。例えるなら、消しゴムマジックされたスマホ写真っぽい感じである。


「なかなか、かっけーっすね! でも、正義って誰が決めるんっすか?」


「もちろん、個々人の主観だ。光魔法の行使者――今回なら俺の目的に賛同する者の力が流れ込んでくる。それを俺が使う。まあ、ある意味では民主主義的な魔法かもな」


「要は元気玉みたいなニュアンスですか?」


「出た、なんでもドラゴンボールに例えるおじさん。えっと、女の子風に言うと、『ぷいきゅあ、がんばえー!』ってことですね。テレビの前でペンライトを振る子の数でヒーローが強くなると」


「おおざっぱに言うとそうだ」


「おっさんの小官にはアニメや漫画のことはいまいちピンと来ねえですが、それなら問題ないんじゃねえですかい。今は誰でもみんな『あの虫をぶっ殺してくれ。助けてくれ』って思ってるでしょう」


「そうだな。人同士の戦争と違って、エイリアンの駆除なら魔法の行使目的としては、この上なく賛同は得やすいだろう」


「しかし、総理には懸念があると」


「おう。懸念は二つ。まず一つ、これだけの大規模となると、魔法の使用目的と使用者を多くの人間に周知する時間がいる。異世界だと――ルイン、めちゃくちゃ急いでも二年はかかったよな。魔王との戦争の時さ」


「そうだな。世界中の人間でタイミングを合わせて、コージに祈りを集めるのは中々の至難だった。暦を計算し、来るべき日食の日を目印にした。あとは、吟遊詩人に歌わせたり、旅一座に劇をさせたり、絵本を撒いたり、色々宣伝をやったな。王権で命令するのは簡単だが、渋々従っているような奴らの祈りでは効果が薄れるからな」


「チートって言う割にはバリクソ面倒っすね」


「俺もそう思う。まあ、簡単にできちゃ奇跡としてのありがたみが薄れるからな」


「ですが、この世界にはスマホもテレビもあります。情報伝達速度の問題はクリアできるでしょう」


「いや、その点は俺も同意なんだが、急に情報を流されても国民が信じるか? 『総理が実は勇者でエイリアンをぶっ殺せる魔法を使えるので祈りましょう』って言われてさ。無理だろ。俺自身の人望が二つ目にして最大の懸念だ」


「信じる信じないじゃなくて、他に選択肢がなければすがるんじゃないっすか。わらよりは総理の方が掴み甲斐があると思うっす」


「そうか? 俺なら『バカ息子総理が現実を受け入れられずに頭がおかしくなったのかな』と判断するが」


 パルソミアにおける勇者は、あの世界で一番の人気タレントでもあった。


 加えて異世界での光二は、様々な戦果を積み重ねており、実績に裏打ちされた実力も周知のことだったのだ。


 だが、日本での光二は違う。


 総理大臣大山光二は、あくまで派閥政治が担ぎ出したピエロである。


「自虐的っすね。ジブンらは総理のこと好きっすよ? そうじゃなきゃ、こんな気持ち悪い虫に立ち向かったりしないっすよ」


「いや、お前にとっての俺はまあ、身内というか上司みたいな感じだからそうなるだろうけどさ」


「客観的なデータとして、総理に対する国民の好感度は歴代の総理大臣と比較しても高いですよ。内閣支持率は落ちている時でも、総理の肯定的な評価は常に七割をキープしています。与党への不信と総理への好悪の判断は切り離されているとみていいと思います」


「大将、もっとご自分に自信を持ってくだせえよ。確かに国民は難しい政治問題には無関心ですし、アホばっかりかもしれませんが、人は見てますよ。『なんかこいつうさんくせえな』とか、『こいつはいい奴そうだな』っていうことくらいは、直感で分かります」


 三人が口々に光二をのせようとしてくる。


「危機的状況だからこそ、本能には抗えない。理屈ではなく直感で、自然と生き残れそうなやつについていく。事実、どんな逆境であっても、いつもコージの下には人が集まって来たではないか」


 とうとうルインまで同調し始めた。


「そういうもんかあ? うーん、でもまあ、徒競走で最下位の奴を応援するような感じならあり得るか」


 光二は皆のお世辞を素直に受け取れるほど真っすぐな性格ではなかった。


 異世界での活躍は勝手に押し付けられたチートのおかげだし、政治はほとんどルインに任せていたのだから、軍勢を揃えられたのは彼女の功績だと思う。


 だが、大衆からみて、光二が一切見栄を張らず、ピエロであることを隠していないことは逆に評価点なのかもしれないとは思う。『ダメな子が精一杯頑張ってるのを応援したくなる』心理とでもいうか。


「どうせダメ元なんでやりましょうよ! ――と言いたいところっすけど、やめとっくすね。これ以上は総理が決めることなんで」


「そうですね。僕たちはシビリアンコントロールの軍隊なので、文民の最高指揮官である総理大臣の命令しか聞けません」


「そういうことだな。さっ、大将、ズバっと決めてやってくだせえ」


(……)


 現状、光二には二つの選択肢が与えられている。


 一つ目は『効果はいまいち』な四属性魔法を全力でぶっ放すこと。


 こちらを選択してもある程度の成果は出せるだろうが、その場合、魔力不足で日本の半分を切り捨てることになるだろう。


 一方、『効果はばつぐん』な光魔法は、上手くいけば日本全体を救える。しかし、光二にの決断に大衆が賭けなかった場合、全滅もあり得る。


 迷ったのは数秒。


 割とすぐに結論が出た。

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