第9話 作戦会議と聖剣
「じゃ、早速始めるか」
光二は再びシェルターを開閉するハンドルに手をかけた。
「よくわかんないっすけど、防衛大臣とか、アメリカ軍とかに連絡しなくていいんっすか?」
「相談とか交渉している間に国民が全滅しそうだからパス」
光二は壁に備え付けられた通話機――ホットラインを一瞥して呟く。
一応、各大臣への直通回線が繋がっているはずなのだが、一向に鳴る気配はない。
通信網が破壊されたのか、大臣も死んだか逃げたか混乱してるか、もしくはその全てか。
どのみち、今の防衛大臣の枠は、当選回数の多いポスト待ち議員の消化で使われている。つまり、全く頼りにはならない。
というか、光二の内閣のメンバーは大体がそんな感じだ。
こっちから電話をかけて出てもめんどくさいので敢えてスルーする。
「失礼ですが、僕たちは総理の実力を知りません。このまま未知の宇宙人との戦闘に臨んで大丈夫ですか?」
「当然の疑問だな。まあ、核シェルターを壊せない程度の攻撃力なら、俺の防御魔法で何とかなる――レレクレレクガブ」
光二はそう言い切り、屋敷全体を覆う程度のシールド魔法を発動しながら、シェルターを出る。
宇宙人が光二より強い可能性は、理屈としてはある。
でも、探査魔法に引っかかるエネルギーに鑑みても周辺にいるエイリアンの強さは、せいぜい異世界における中の上くらいの強さのモンスターと同等だ。
だから大丈夫。
まあ、この程度なら、魔法を使うまでもなく、気配で分かる。
分からないと異世界では生きていけなかった。
「大将! ご無事で!」
シェルターから出た俺に、三島が敬礼する。
その後ろには他の護衛たちが整列していた。
無事な者もいるが、大半が何かしらの傷を負っている。
幾人かは深い傷を負い、腕や足を失った者もいるようだ。
本郷が光二のいる場所を知らせたのか。
「そっちは?」
「二名ほど死にました、重傷四名。ビビッてる奴らもいますが、まあ、半分くらいは使い物になるでしょう」
「上々だな」
光二は感心して頷いた。
いくら訓練を受けた自衛官とはいえ、こんな状況で平静を保っていられる方がおかしい。
むしろ、冷静な光二たちの方が異常である自覚はあった。
日頃から重用している三島たちはいい意味で鈍感なので感覚が麻痺しがちだが、普通ならパニックになって逃げだして当たり前だ。
実のところ、光二は自分の身は自分で守れるので護衛は必要ないのだが、一応は真面目に部下を選抜しておいてよかった。
「――ところで、大将、そちらの美人さんはどなたで?」
「コージの妻だ。よろしく頼む」
ルインが光二から半歩下がった位置で、優雅に一礼する。
「ちなみに、総理は異世界の勇者だったらしいっすよ」
「妻!? 異世界!? んで、勇者? エイリアンとは別件でってことですかい。はあ、今日はもう何が起きてもたまげないと思ってたんだがな――ってこと、このドームが型のバリアも大将が?」
三島が目を見開いて天を仰ぐ。
透明のバリアに空を飛ぶ巨大トンボが産み落とした卵がぶつかって、汚い花火を咲かせている。
それは地球の兵器でいう所のクラスター爆弾に似ていた。
「まあな。ちなみにこんなこともできる――ポポイルメルクル」
光二は隊員たちにまとめてヒールをかける。
急に失った手足が生えてきた隊員が、蛇を見た猫のようにビクっとした。
「おー! ベホマ〇ン《回復魔法》もできるんっすか! ザオ〇ク《死者蘇生》はできるんっすか!?」
園田が興奮して身を乗り出してきた。
「死体が腐る前ならいけるけど、魔力消費が桁違いに大きいから今は連発できない」
「前々から大将には何かあると思ってはいやしたがこれほどとは――なんて無駄話をしている場合でもねえか。ご命令を」
三島が仕切りなおすように気を付けの姿勢をする。
「とりあえず、ついてこられる者はついて来い。自分が足を引っ張ると思うなら、そこの核シェルターに隠れておけ」
光二は静かに告げる。
皆がその言葉に発奮し、自衛官としての意地を見せる――こともなく、半分くらいの自衛官が核シェルターにお行儀よく列を組んで入っていく。我先にと殺到しないくらいには秩序だっていることを誉めるべきだろうか。
無理をしないで、できることだけやるのがうちの護衛たちのいいところだ。
「まず何から手をつけますか?」
「そりゃ、敵の情報の入手と分析だな」
相手が人間だとうと魔物だろうとエイリアンだろうと、戦争でやることは変わらない。
光二はチートな勇者であるが、さすがに無策で突っ込むほどの考えなしではなかった。
「分析っすか。人間だったら、まず航空優勢とって爆撃してからの地上軍で制圧がセオリーっすよね。んで、現状、もう航空優勢はとられちゃって、今は爆撃され中って感じじゃないすか?」
園田は一秒ごとに瓦礫の山に変わっていく住宅街を見渡して言う。
「エイリアンの戦略は不明ですが、ともかく、虫型ということは共通しているようですね。現状、対話は不能です。そして、断言はできないですが、高熱エネルギー反応のある所を優先して標的にする傾向にあるようです。具体的には電力施設やごみ処理場とかですね。もちろん、それらの施設がない場合、恒温動物の人間も当然に目標になります」
本郷は地面に胡坐を掻き、太ももに載せたノートPCを叩く。
この短時間でよくこれだけの情報を集めたものだ。
「確か、地球は電気エネルギーを中心とした産業基盤で成り立っている文明だったな。ということは、社会インフラと人間だけを的確に破壊する兵器か」
ルインは不快感に顔を歪めている――ように見える。でも、光二の知っている彼女ならば、内心では洗脳魔法か従属魔法でエイリアンを飼い慣らせないか考えているはずだ。
「ああ。さっさとぶっ殺さないとヤバいな。このままだと移民する前に日本がなくなる。でも、魔力に限りがある以上、大規模魔法は一発勝負だから、闇雲にぶっ放す訳にもいかないんだよな。まずは敵に何が効くのか試す必要がある。サンプルを入手して試すか」
「ソシャゲで言うところの有利属性を探すニュアンスでしょうか」
「端的に言うとそうだな――じゃ、捕ってくる」
「捕ってくるって、お、おおおおおお飛んだああああああ!」
光二は聖剣を抜刀。
そのまま跳躍し、飛翔する。
バラまかれる爆弾を回避しながら、巨大トンボの首を一閃する。
平衡を失ったトンボが墜落していく。
光二はその胴体を掴み、地面へと投げ落とした。
左手を挙げて合図をすると、ルインが魔法の網で残骸をキャッチする。
(やっぱり、ムーラムの手応えが悪いなあ)
切れ味はいいが、これだと普通の名刀レベルだ。
これでは聖剣とは言えない。
「お前、もうちょっとやる気出せよ。そりゃ、俺もあっちではちょっと魔物以外もぶっ殺したけどさあ。結果的に世界は平和になっただろ?」
光二がなだめるように言うと、聖剣が黒さを増す。すねてる。
聖剣というのは、人間至上主義者によって造られた彼らにとっての『聖』を体現する武器である。
つまりは、対立する魔物と亜人にとっては敵であった。
異世界において、この聖剣は光二に魔物と亜人を殲滅し、人間だけの世界を作ることを望んでいたようだ。
でも、光二はその意図通りにはならなかった。
「……お前にいいことを教えてやろう。この世界ってな、人間が八十億人もいるんだぞ。俺があっちにいた頃には、人間はせいぜい十億人いるかいないかだっただろ?」
聖剣の柄が僅かに微振動する。
まるで光二に『本当?』と問いかけるように。
「なあ、考えてみろよ。これはチャンスだぞ。この世界の人間は、俺の向こうでの所業は知らない。つまり、これからいくらでも伝説を打ち立て放題だ」
そう言って光二が剣の腹を撫でると、どす黒いオーラを放っていた刀身が無色透明に変化する。
あと一押しだな。
「しかも、なんとこの世界にはお前意外に宝具は存在しないんだぞ! それに、園田や本郷が持っていた道具を見たか? この世界にはありのままの映像を送り届ける道具をみんなが持っている。だから、ここでのお前の活躍は、脚色された吟遊詩人の歌なんかではなく、ダイレクトに映像として全世界に配信されるんだ! だから、さあ、俺と一緒に救世主になろう!」
聖剣が再びピカピカと白い輝きを取り戻す。
(チョロいね)
この聖剣はその名に反して、神聖とは程遠い幼稚な英雄願望を抱えたダダっ子であった。
でも、光二はその欠陥を含めて、この剣を気に入っていた。
差別主義者に作られた聖剣だから、ベースが差別主義者なのはしょうがない。でも、度重なる調教の結果、朝アニメの光堕ちした敵幹部程度には、柔軟になってきている。
「よし、それじゃあ、とりあえず、なんでもいいから生体サンプルを取ってきてくれ」
光二は聖剣をブーメランのごとく投擲した。
弧を描いて地上付近を大きく一周する聖剣。
光二の手に戻ってくる時には、剣先に巨大なタガメとカナブンとゴキブリを三段刺しにしていた。
貫かれたゴキブリの腹から幼虫が覗いている。
とりあえずサンプルはこれくらいで十分か。
ちょっと変な体液が滴って気持ち悪い感じになってる聖剣に触らずに済むように、風魔法で遠隔操作しながら地上に舞い戻る。
(まあ、アンデッド軍団をやった時よりは汚くないかなあ)
『腐汁とエイリアンの体液、どっちに触りたくないか』って究極の質問にならないかなあ、と益体もないことを考えつつ。
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