第4話 やらない善より

 土と雨と瓦礫が混じり合ったほこりっぽい臭いがする。


 山にほど近い過疎集落の二、三軒が、土砂で押し潰されていた。


「ここから二メートルくらい掘ってくれ」


 作業服姿の光二は、瓦礫の山に足をかけ、下を指さす。


「えっ、大丈夫っすか?」


 小型ショベルのジョイスティックレバーを握りしめ、園田が硬直する。


 園田が何を懸念しているかはわかる。


 普通は重機に人間を巻き込んで殺したら元も子もないので、もっと慎重に捜索するのが当然だ。


 それでも、光二は大胆に指示をする。


「やってくれ」


「う、うっす」


 園田がショベルで瓦礫をどかす。


 雨音に混じって、「う、うう……」と電池の切れかけた犬のおもちゃみたいな声がした。


「発見しました! 手伝ってください!」


「母ちゃん!」


「危ないので下がっていてください!」


 捜索に参加していた自衛官が駆け寄ろうとする親族を制し、加勢に加わる。


 引っ張り出した白髪の老人を、医療班が専用のバンに運んでいく。


「確認のためにお尋ねします。これでご家族は全員ですか」


 光二は口元の笑みだけは消して、穏やかな調子で尋ねた。


「はい、はい! 間違いないです」


 老人の娘とおぼしき女性が何度も頷く。


「他の方も、いかがですか? ――よろしいですか。では、速やかに避難しましょう」


 光二たちは、計九人を救出した。


 老人二人は体力的に助からないかもしれないが、残りは大丈夫だろう。


「病院に付き添われる方はこちらへ!」


 本郷が人員輸送車の内の一台に、負傷者の親族を誘導する。


 彼は一見陰キャだが、カラオケが異常に上手く、声はよく通るタイプだった。


「では、残りの方は小官が避難所までお連れしますんで、まあ、茶でも飲んでゆっくりしてください。皆様が日頃飲んでるやつよりは不味いでしょうが我慢してくださいね」


 三島が人好きのする笑みを浮かべて冗談を言う。


 プライベートでは普通のおっさんだが、仕事中はベテランの老兵感があり、頼もしい雰囲気だ。


 住民の収容を終え、光二はまたいつもの装甲車に乗り込み、先導する。


「いつも思うんっすけど、総理ってなんかヤバくないっすか?」


 十分ほど経った頃、運転席の園田が、沈黙に耐えかねたように呟いた。


 園田の顔は雨に打たれて化粧が落ち、パンダっぽい顔になっている。


 今の光二の左右にも護衛がついているが、彼らは本郷とは違いガチ陰キャなので、まともなコミュニケーションは期待できない。


「なんだよいきなり」


「いや、なんか神がかってるっていうか。今日も国道が塞がってんのに、変な農道に突っ込めって指示して、余裕で目的地に辿りつくし、婆さんの顔削るギリギリで寸止めするし、ほぼほぼ魔法使いじゃないっすか」


 光二はちょっとドキっとした。


 大体合ってる。


「まあ、俺は勘がいい方だからな」


「それだけで済ませるのは無理くないっすか?」


「おう。運もあるぞ。なんせ俺は運だけで総理まで上り詰めたと言われてる男だぞ?」


「ぶー。総理って、ざっくばらんに見せかけて、全然本音を見せてくれないっすよね」


「何言ってんだお前、政治家ならそれが普通だろ」


「そうっすよね。でも、ちょっと寂しいっす」


 園田は唇を尖らせて、それから無言になった。


 疲れていたのか、それとも、俺の左右の護衛から『勤務中に護衛対象に馴れ馴れしくするなよ』的な威圧の視線を投げかけられたせいか。


 エンジン音だけが響く中、また目を閉じて仮眠をとる。


 護衛たちは途中何回か運転を交代しながら、光二を次の目的に導いた。


「内閣総理大臣の大山光二です。皆様、断水でお困りではないでしょうか。給水車を用意致しました。ささやかですが、お食事も用意しました。もしご都合がよろしければ、南田公民館前にお越しください」


 田舎の――特に農業地域の朝は早い。


 ようやく雨が止み、空が明け白む頃、町内放送で公民館前に呼び出しをかけると、結構な人数が集まった。


「テレビでは見とったけど、ほんとに来るっけね」


 方言強めの老人が、感心したように言う。


「はい。皆様の光二は光の速さで駆け付けます」


 それが光二の選挙ポスターのキャッチコピーだった。


「あの、私は革新倶楽部の支持者なのですが」


「党は関係ございません。全ての国民には投票の自由があります。それに、皆様の税金で運営させて頂いているものですから」


 光二は笑顔と美辞と握手を振りまきながら、配給をする。


 意外なことに、光二は国民から人気がある。


 アホだとバレてからもそれは変わらなかった。


 安っぽいアピールでも、やらない善より、やる偽善ということなのだろうか?


 哀れな派閥政治のピエロだと国民の大半にバレているからこそ、余計に光二という個人の人格の善性が強調されているのかもしれない。


(まあ、俺はそんな『バカだけどいい奴』ですらないんだけどな)


 光二は国民を愛してはいない。


 そして、日本への愛国心も持ち合わせない。


 今の救援活動は、電車で老人に席を譲るような、落とし物を拾って届けるような、一般人が持つ普通の善意の延長でしかない。


 もしくは、『約束の日』までの暇つぶしとも言う。


「あ! いたいた! カメラ回せ!」


 そうこうしているうちに、白い軽バンが公民館前に乗り付けてきた。


 車に貼られたステッカーを見るに、地方のテレビ局だ。


 後を追うように、別の会社の中継車もやってきた。こっちは全国ネットか。


 護衛の自衛隊が若干ピリついて、警戒のフォーメーションを取る。


 光二はそれを軽く手で制した。


 動線が塞がれて、他の住民の車が出にくくなるからウザいとは思うが、彼らも仕事である。


 とりあえず、朝のニュースで流せるコメントが取れればどうでもいいのだから、さっさと応じてお引き取り願おう。


 カメラが欲しそうな絵面をいくつか演じて撮らせてやって、撤収準備の間にインタビューにも答えてやる。


「総理、お疲れ様です。今回は断水地域への救援に来られたのですか?」


 地方テレビの、イケメンではないが柔和な顔つきの男性アナウンサーがマイクを向けてくる。


「はい。断水している可能性があるということは、水が使えないかもしれないということですから」


「また独断専行ですか? 党本部や県知事との連携体制の構築はちゃんとできているのでしょうか」


 全国ネットの方のテレビ局の女性アナウンサー――某有名芸能人の二世でコネ入社らしい――が挑発的な口調で尋ねてきた。


 そのテレビ局が反与党系なのは彼の責任ではないし、怒らせてコメントを取ろうとする意図は分かるから、別に腹は立たない。でも、光二は四年も総理をやっているのだからいい加減そのテンプレは無駄だとわかって欲しい。


 光二は総理という職業にプライドも愛着もないのだ。


「はい。連携するというのは、連絡をするということです」


 そう答えると、アナウンサーが憐れむような視線を向けてきた。


 同じ二世タレントへのシンパシーを感じる。


 『無能なのに担ぎあげられちゃって大変ね』といったところか。


 彼女も局の方針で厳しめに当たっているだけで、根っから光二が嫌いという訳でもないのだろう。


「先ほどまで、途中の県道は倒木によって通行不能になっていました。私たちもようやく今現地入りできたのですが、総理はどのようにここまで?」


「道が一本ではないということは、車が入れるということです」


(あっ、やべ、意味がある言葉を吐いちゃった)


 答えてからちょっと後悔した。


 まあいいか。


 確かこの地方局は与党に対して好意的な局の系列だし、リップサービスだ。


「総理! 今回の救援活動は衆議院総選挙を目前とした、与党の地盤が弱い県へのアピールなのではありませんか!?」


「ちょっとあんた、助けに来てくれた人に失礼じゃないかね。あんた無茶苦茶言うとるぞ。天気を総理が操ったとでも言うがね」


 先ほど握手をした地元の老人が、アナウンサーに苦言を呈した。


 おじいちゃん、庇ってくれる気持ちは嬉しいけど、そこでカットインしたら映像が使いづらくなっちゃうよ。


「天気も選挙の行方も神のみぞ知ります」


(でも、おもしろいからおじいちゃんの言葉に被せて答えちゃお)


 さあ、編集くんの腕の見せ所だぞ。


「先ほど、局の投稿コーナーに、総理に命を救われたというご家族からの感謝のメッセージが届きました。こちらは事実ですか?」


 地方局のアナウンサーがタブレットを見せてくる。


(おっ、最後に瓦礫から引っ張り出したババアじゃん。助かったのか。しぶといな)


「はい。私たちは日頃からレスキューの精神を大切にしているので助けることができる人は助けられたと思います」


 一般人のようなほっとした笑顔を作って言う。


 それからも光二は、いつも通りのアホ回答を連発し、暖簾に腕押し感覚で受け流し続ける。


 そして、やがてマスコミたちが諦め半分で撤退すると、再び防弾車に乗り込んだ。


===============あとがき==================

 皆様、拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 一見、バカ息子総理に見えて、光二くんも意外と頑張っているようです。

 まだまだどんな作品か伝わりにくい段階かもしれませんが、「先が気になる」、「楽しそう」などなど、もし拙作に興味を持って頂けましたら、★やお気に入り登録などの形で応援して頂けますと、作者と致しましては大変ありがたいです。


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