第2話ぬらりひょんは嫁になる

 ズルズルと麺をすすり、ごくりごくりとスープを飲み干すとおかっぱ頭の女性は視線をドアに向ける。

 当然ながら僕と目が合う。

 空になったカップラーメンの容器をこたつの机にトンと置くと彼女はにこりと微笑んだ。


「お帰りなさい、旦那様」

 おかっぱ頭の女性はそう言った。その声はあの弁当屋の店員と同じものだった。

 旦那様という単語に僕は思わずときめいてしまった。


「お、おまえは……」

 僕は絞り出すように言う。


「わらわはぬらりひょんじゃ。旦那様が現世に呼び出したんじゃよ」

 ぬらりひょんと名乗った女性は立ち上がり、ドアに近寄る。

 あろうことか僕に抱きついた。


 ぬらりひょんと名乗る女性はあったかく、それに柔らかくて気持ちいい。

 僕は全身に血が駆け巡るのを体感した。


「旦那様はあったかいのう」

 そう言い、ぬらりひょんは僕の胸に顔をおしつける。彼女は僕が設定した通り、小柄だ。身長は百四十センチメートルと少しぐらいだ。目下に頭頂部が見える。


「旦那様、妖怪はの人間に認知されることで存在できるのじゃ。多くの人間に認知されたわらわはこうして現世に顕現することができたのじゃよ」

 頬を僕の胸にすりつけながら、ぬらりひょんは言う。

 前に何かの本で読んだことがある。

 妖怪の発生条件は二人以上の人間に存在を認識されることだと。

 僕は試しにスマホのXのアプリを開いてみた。なんと僕のイラストに一万以上のいいねがついていた。

 ということはそれだけの人間に存在を認識されたことにより、彼女は現世にあらわれることができたというのか。


「そうじゃ、そういうことじゃ」

 ぬらりひょんは僕に顔をおしつけながら言う。顔をおしつけているので、声がくぐもっている。

 ぬらりひょんの返答はまるで心を読んでいるようだった。


「当たり前じゃ。わらわは旦那様によって産み出されたのじゃ。以心伝心なのじゃよ」

 うふふっと笑いながらぬらりひょんはそう言った。

 その笑顔を見て、自作のキャラクターなのに思わずかわいいと思ってしまった。自分の理想を詰めこんだから、かわいいのは当たり前か。自作キャラクターが実体化するなんて、ある種のオタクの夢がかなったな。


「とりあえず、座ろうか?」

 僕はぬらりひょんに言う。このまま抱きついていてもらいたいが、これでは話辛い。


「それもそうじゃな」

 ぬらりひょんはもとの場所にもどり、こたつに足をいれる。


 僕は彼女の向かいに座る。


「これからよろしくな、旦那様」

 じっと僕の目を見て、ぬらりひょんは言う。ぬらりひょんは足をのばし、僕の足に絡めてくる。この妖怪、やたらスキンシップしたがるな。妖怪とはいえ、こんな可愛らしい女性に体をすりよせられ、悪い気はしないな。むしろ、気持ちいいぐらいだ。


「僕のことを旦那様って呼んでるけどそれはどういう意味なの?」

 気になったので、訊いてみた。


「わらわは旦那様の嫁になるために現世に顕現したのじゃ」

 宣言するようにぬらりひょんは言った。

 そう大きくはない胸の前で腕を組んでいる。えへんえへんと鼻息も荒い。


 僕は二十八歳になる今まで彼女なんていた試しはない。彼女いない歴と年齢がおなじだ。そしてニートの今、彼女なんてできる希望はない。

 こんなに可愛いのなら、妖怪でもいいかなと僕は思った。


「じゃあ、よろしくお願いします」

 僕はぬらりひょんのやや細い目を見て、そう言った。


「よろしくなのじゃ、旦那様!!」

 ぬらりひょんは大きな声で、そう言った。

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