第十二話:デート

デート当日。俺はやけにソワソワしながら霜月を待っていた。彼女いない歴=年齢の俺にとって、今までデートなど一度たりともしたことがないのだ。つまり、今日が人生初のデートなのである。それは緊張するというものだろう。まさか、その相手が長月でないとは思いもよらなかったが、この際贅沢は言っていられない。なんせ、相手はあの霜月なのだ。もしも、これを学園の男子共に知られてしまえば、たちまち嫉妬と怨嗟の炎に俺は焼かれてしまうだろう……………なんか緊張で厨二病も出てしまっているが落ち着け、俺。


「まだ時間には余裕があるな」


俺は待ち合わせ場所である駅前近くの広場にある大きな時計を見ながら、軽く水を飲んだ。こんな調子では霜月に馬鹿にされてしまう。きっと開口一番、こう言われるだろう。"たかがお試しデートで緊張しすぎよ"と。


「お試しデートか……………」


そう。デートに誘われたあの日。家に帰ってからスマホにメッセージが届いていたことに気が付いた俺がそれを開くと相手は連絡先を交換したばかりの霜月からだった。ちなみにそこに書かれていた内容はこうだった。


"一応言っておくけど、今回のデートはお試しだから。あなたはもっと自分に自信を持つ必要があるわ。デートはその足掛かりにでもなればと思ってる。とにもかくにも長月さんの前で堂々としていられるようになるのがあなたの最終目標よ"


それを読んだ俺はちゃんと霜月の期待通りの男になるよう心に誓い、何よりも長月にふさわしい男になる為にはまず彼女の前で緊張しないようにするのが最優先事項だと再認識した。そして、それを手伝ってくれるというのだから、真剣にやらなくては。にしても、こんな機会を作ってくれて本当にありがたい。霜月には足を向けて眠れんぞ。


「それにしても待ってる間、凄くソワソワするな。世のカップル達はみんなこんな気持ちを味わっているっていうのか?」


待ってる間、自然と独り言が増えた俺は近くにいた人から怪訝な顔で見られだが、そんなのはもはやどうでもよかった。この後に待っていることに比べれば、有象無象の言動など取るに足らないものだからだ。


「だ〜れだ」


「うわっ!?」


その時だった。いきなり視界が真っ暗になったかと思えば、直後、両目に冷たい感触がやってきたのは。


「だ〜れだ」


「へっ!?な、なんだこれは!?」


「だ〜れだ」


「いや、だから、これは何……………」


「だ〜れだ」


「ずっと同じことを繰り返し言うなよ!!怖ぇよ!!」


俺はとうとう自分の目に当てられた手を払い除けて、後ろを振り返った。すると、そこにいたのは学園ではまずお目にかかることのできない私服姿の霜月だった。


「あなた、本当に駄目ね。こんなことにも対応できないようじゃ、本番が思いやられるわ」


思わずため息を吐く霜月は薄い水色のワンピースになんか高級そうな真っ白なヒールを履き、ピンクの小さな肩掛け鞄を持っていた。それはまるで深窓の令嬢といった出立ちであり、そこだけが別世界のような気さえしてくる程だった。


「い、いや、長月はそんなことしねぇし!」


「そんなの分からないじゃない。あなたの知ってる長月さんが全てだと思わないで」


俺は霜月の新鮮な私服姿にドギマギしつつ、なんとか受け答えをした。すると、そんな俺の様子を訝しみながら見ていた霜月は視線を鋭くするとこう言った。


「だいたいデートの相手が現れてるのに女の子の服装について何の感想も言わないってどういうこと?」


「へ?」


「はぁ。やっぱり気付いてなかったのね。いい?女の子はデートの為に早起き…………する子もいれば、しない子もいるけど、とにかく時間をかけておめかししてくるの。それは服装や化粧、普段はつけない香水をつけみたりと色々よ。わざわざシャワーまで浴びる子もいるくらいだし」


「えっ!?そ、そうなのか!?」


「そうよ。で、そんな頑張って着飾ったとして、もしあなたがその女の子の立場ならどうして欲しい?」


「ん〜……………褒めて欲しいかな。まぁ、褒めてくれなくても最低限、何かしらの言葉は欲しいな」


「でしょ?それなのにあなたときたら、私が現れても落ち着かない様子でソワソワするばかり。そんなことで本番は大丈夫なの?」


「そ、それは……………ってか、本番とか気が早ぇよ。そもそも長月がデートしてくれるとは限らないんだし」


「全く…………相変わらずの弱気ね。いい?"してくれる"じゃなくて、こっちが"してやる"ぐらいの気持ちで臨まないと駄目なのよ」


「そんなの偉そうすぎるだろ!!」


「人の話を聞きなさい。そのぐらいの気持ちでってことよ。あなたなんて、それでようやくトントンなんだから」


「そ、そうか…………」


「はい。じゃあ、いつまでもこんなところでモタモタしてないでさっさと行くわよ」


「あっ、霜月ちょっと待ってくれ!!」


「ん?」


「その…………私服姿、めっちゃ似合ってる。なんか霜月のイメージにピッタリで……………とても綺麗だ」


「っ!?ま、全く今更すぎるわよ!でも……………それでいいのよ」


その後何故だか、顔を赤くした霜月はさっさと歩き出してしまった。






            ★






「ま、まさか、こんなところを異性と歩くなんて…………それも学園でも一、二を争う美人と」


俺達が訪れた場所は駅から程近い大型ショッピングモールだった。流石に初めてのデートでどこを訪れるか考えながら色々と回るのは俺にとって難易度が高いだろうと様々な施設が揃っている場所を霜月が選択してくれていたのだ。本当にできた子ですね、この子は。


「何をブツブツ言ってるの?それで?まずはどこを回るの?」


「あ、悪い。ん〜そうだな。とりあえず、ウィンドウショッピングみたいな感じで色々と見て回ろうぜ」


「分かったわ」


このショッピングモールでは主に一階がファッション・雑貨・食品売り場、二階がゲームセンター・スポーツ用品・海外からの輸入品、三階が映画館・電気屋・フードコートといった施設が揃っている。そんな中、俺達は順番に一階から軽く見て回ることにした。


「♪」


歩き始めて少しして、俺がチラリと横を見ると何やら霜月が鼻歌を歌いながら楽しそうにしていることが分かった。実は霜月にはとある噂があったのだ。それはどこぞの金持ちのご令嬢ではないかという。だから、先日の商店街では色々な表情をしていたのではないか。俺はそう考えている。だって、本当に金持ちだったとしたら庶民的な店には行けないから。だから、こんなところにもなかなか来れず、今はこうして楽しんでいるのではないか……………ん?そう考えると俺の為というより、むしろ自分の為なのか?………………いや、よそう。そもそも霜月がお嬢様だなんて、そんなことある訳ないじゃないか。これは現実。フィクションの類ではないのだ。


「ここ、寄っていきましょ」


と、俺がそんな妄想に耽っていると霜月が急に立ち止まり、とある店を指差した。そこは様々なファッションを取り扱う店だった。


「ん?急にどうしたんだ?」


しかもそこは女性ものではなく、男性のものを扱う店だったのだ。


「デート本番用の服を私が見立ててあげるわ」


「えっ!?いや、これは?」


「えっ…………本気でそれを着ていく気なの?」


霜月は心底驚いたような顔をして、俺の服を凝視した。


「わ、悪いかよ!!これ、気に入ってんだぞ!!」


そう。俺が着ているのはボクシンググローブをつけ、目をチカチカとさせた変な猫が描かれた赤色のTシャツに色んな色の絵の具をぶちまけたような模様のズボンだった。これらはつい先日、隣駅の古着屋で見つけた俺の中での掘り出し物だったのだ。だから、それを悪く言われるのは心外だった。


「あっ、そう………………まぁ、あなたがそれでいいのなら、いいけど」


霜月は驚きを通り越して、若干引いていた。


「な、何だよ!そんな顔で言われたら、気になるじゃんか!!」


「いえ、いいのよ。本人が気に入っているのなら、私から言うことは何もないわ……………でも、ねぇ」


「っ!?分かった!分かったよ!!お願いします霜月さん!!俺に似合う服を見繕って下さい!!」


「物凄い葛藤ね」


「これも全て長月とのデートを成功させる為だからな!」


「いいわね。その意気よ。じゃあ、私もあなたの覚悟に見合うだけの働きをしなくちゃね」


それからたっぷり二十分くらいかけて、霜月はデート服を選んでくれた。ちなみに上下一着ずつではなく、予備としてあと二着分も見繕ってくれた。現在、そのうちの一着を着ている状態だ。


「うん。だいぶ見違えたわね」


薄いグレーのオックスフォードシャツ(少し厚手のワイシャツのようなもの)をボタンを全て開けた状態で羽織り、中に黒のシンプルな無地のTシャツ、ズボンは黒のスキニーパンツを履いていた。ぱっと見、シンプルそのものだが実にスッキリとしている。うん、いいなこれ。


「あなた、どの口がシンプルだなんだと言ってるのよ」


「あれ?聞こえてた?」


「思いっきり口に出してたじゃない」


「ありゃ…………まぁ、そんだけ感動したってことだ。ありがとな、霜月」


「いいわよ、別に。さっきのあれじゃ隣を歩く私が恥ずかしいもの」


「おい!!」


「デートってね、お互いに恥をかかせないことが最低条件なのよ?女の子は特にその辺、気を遣うんだから」


「す、凄いな霜月…………もしかして、経験豊富なのか?」


「いえ?私も今日が初めてのデートよ」


「初めてかよ!!説得力!!」


「如月、喚くのはいいから早く行くわよ。一人で騒がれちゃ、それこそ恥ずかしいわ」


「いや、お前が原因だろ!!……………って、おい!!ちょっと待ってくれよ!!」


その後も霜月が主導権を握ったままのデートは続いた。途中から、あれ?ちゃんと練習できているのか?と疑問を感じてたはいたが、そんなのは霜月の顔を見た途端、どうでも良くなった。何故なら、彼女はデートの最中、常に楽しそうだったからだ。


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