第46話 油の行方
「お~っと、ゆっくりと喋ってる場合じゃないな。じゃあ、コイツを頼めるんだな?」
ポンスがニタリと笑って青地の油差しを押しつけてきた。
う~ん、一見すると普通の油と変わらないけど、何かが混ざっているってところだろうな。
「えっとぉ、この油って、普通の油なのか?」
「それは特別製だ。儀式用のセイユってわかるか?」
「せいゆ?」
精油か、それとも聖油ってあたりか? だけど、教会絡みじゃ無さそうだから精油だろう。
「あぁ、その油が燃えると花の香りがうす~く出るようになってるんだ。その匂いで隠し扉が開くシカケだ」
真面目な顔をして説明してくるから、危うく噴き出すところだった。なに、その魔法の仕掛け。匂いセンサー付きの自動扉? オーバーテクノロジー過ぎるじゃん。
ということを考えても、顔には出さない。田舎の純朴な少年だからね。
代わりに「ニオイを嗅いでも大丈夫なの?」と、首をコテンと捻りながら聞いてるオレは、十分に疑い深い少年かもな。
あぁ、ちょっと、不審がっているか。でも、仕方ない。燃やして有毒ガスが出る添加物なんていくらでもありうる。おまけに「サスティナブル王城」でファントムはアテナを無力化したのも、恐らくその手の手口だと睨んでいるよ。
コイツらの正体は、どこかの暗部だ。同じ手口を使えても少しもおかしくないからね。
よし、体感で20分。そろそろかな。
クンっ。
うん。じゃ、声を大きくしてみようか。
「オッチャン、ホントか? なんか、騙してない?」
「あぁ~ まあ、疑うも仕方ないな。じゃあ、一応、オレが触ってみせるからよ。それでカンベンしてくれや」
ポンスは、中指をチャポンと突っ込んで見せて、チャプッと人差し指を口に入れて見せた。
何、そのジョーク。
はい、確定と。
もう、そろそろ出しておくかな?
さりげなく、シャオを背中にする位置にズレた瞬間、後ろの男が振り向いた。
フォン
悲鳴すら上がらない。シャワーのような水音がさーっとしたけど、暗いから色までは分からない。ただ、一瞬遅れて、血なまぐささと、ゴトリと重いものが落ちた音。
首だ。
同時にオレの右手には、ご存知、金属バットがある。
場合によっては油壺を投げつけようかと思ったけど、後処理の面倒くささと、火災の危険性を考えて「確保」することにした。
二人が来た以上、金属バットは保険みたいなもの。手元の武器で安心を感じつつ、指示を出す。
「オレの前のヤツと、その端にいるヤツは殺すな。後は、お任せで」
「はっ!」
「はい」
同時に二人のお返事。うん、せわしないお仕事中も、ちゃんとお返事をしてくれる律儀な二人だ。
何だかんだで、狭い室内に12人。
生け捕りは指示通りに2人、あとは、まあ「生かされてる」レベルが9人だけ。
その気になれば全員生け捕りもできたのかもだけど、アテナの怒りと、指示されるまでは「皆殺し」で突入してきたから、こんなものだ。
いや、微かに、空気にアテナのニオイが入ったから、後は注意をどうそらせるかだけの問題だったんだけどね。
そして、引きずり出してみたら、やっぱりだった。
ポンスは「表の代表」で、端にいて気配を殺していたヤツが、マジボスだった。まあ、こういう時に端にいるヤツが実はボスだっていのは、ありがちだもんね。
「な、なぜ、見破った!」
気配を殺していた男、あ~ もう、面倒くさいから「ボス君」でいいや。
ボス君が何かをわめているけど、後はお任せだよ。おそらく、彼の方から何かを聞けるだろう。引きずっていった兵士の一人が、密かなハンドサインを送ってきたから、どうやらファントムの方も、これに絡んでくれるつもりだな。
一段落して、ベイクに言った。
「ところで、この先に秘密のハシゴがあるみたいだけど?」
さすがにオレが行こうとしたら止められた。ま、そうだよね。そっちの調査は後で報告を受けるとしよう。
ともかく「外」は大変だったらしい。
階段を上がっていった「シャルとウイル」が消えてから正味で15分ほど。
最初はマジでアテナが切れて、ヤバいことになったらしいけど、カイが止めてくれたらしい。
「奥様のお身体に手を触れてしまいました。お許しを」
どうやら、羽交い締めにしたらしい。さすが。よくぞアテナを羽交い締めにできたよね。恐らく、君しかできなかったから。
周りが青い顔をしているくらいだ。アテナがマジギレした姿は相当に怖かったのだろう。
後で見たら、廊下に置いてあるあれこれの「もの」が切れてるのをみると、あ~ これがホントのマジギレかよ、みたいに笑うしかない感じだ。
ともかく、わんわん泣くアテナと、「ご無事で」と言ったきり、感極まって言葉が出なくなるカイ。まあ、護衛としてはそうなるよなぁ。
えっと、あのぉ、これは、まあ事故みたいなものだからね?
とりあえず、箱盆のクッキーはメイドさん達に配ってもらうことにして、オレは執務室の方に足を運んだ。もちろん、シャオも一緒だ。
そこで一段落している間に、ボス君達の尋問と、検証作業が始まった。
結論から言えば、ヤツらの狙いは、この執務室のフロアだった。油差しに入っている油を燃やすと、眠りに誘うガスが出るらしい。前世の化学兵器ってコトじゃないんだけど、薬品慣れしてない人にとっては、スヤスヤと眠ってしまうレベルだ。
そこを襲おうとしていたのではないか、というのがベイクの報告だ。
「それと、彼らがガバイヤ王国の者ではないことは確かです。もちろん、暗部の人間であれば確かめる方法はないのですが。ガバイヤ王国の暗部が、意趣返し的に狙うのだとしたら、執務室フロアだけを狙うのは理に合いません。むしろ、全面的に放火してしまう方が楽だし、確実だし、被害の大きさも、そして」
目にニブイ光が入るベイクだ。
「この場合、皇帝暗殺を成し遂げなければ、混乱が大きくなるばかりで、連中にとっては意味がありません。逆を申し上げると、皇帝のみを亡き者にすることを狙うとしたら、今回のやり方が望ましいはず」
「その心は?」
「おそらく、彼らはガバイヤ王国の暗部と手を結ぶか、はたまた暗部に潜入した……」
「シーランダーか」
「御意」
どうやら、あちらさんとしては、ゆっくり待つ気はないみたいだね。
しかし、どっちみち今すぐには動けないのが難点だ。
ともかく、カイに頼んでシャオを安全な部屋へ連れて行った。
考えてみれば、ファントム達の「安全チェック」は、オレ達が使う部屋を優先していた。
「ちょっと油断しすぎだったな」
「我々も反省しております。もう一度、城内の安全確認を急がせます」
オレを含めて、みんなで大きく反省をしながら打ち合わせに入ったんだ。
ただ、後日、このフロアの廊下を詳しく調べてみたら、実におもしろいことが分かったんだ。
「壁紙の裏側に窪みが掘られている?」
「はい。小指の太さにもならないほどの、小さな溝です。それも、各ランプの油を入れすぎると裏側に流れていくような仕掛けになっておりまして」
「どこに流れていくの?」
「それが、全て、一方向を指しておりました」
どうやら、暗部の「ランプに油を入れる」という発想は、城に残された伝説から思いついた作戦だったのだろうと思いきや、なんと、隠されたシカケがあったんだ。
ベイクがファントムの力を借りて調べたところによると、油は多くても少なくてもダメ。適切な量を適切なペースで流し込まないと、最後まで届かない絶妙な細さの溝を掘ってあるらしい。この溝が、壁紙によって、恐らく数十年、あるいはそれ以上の時間、隠されていたわけだ。
精密に掘られた溝が巧みな軌道を描いて掘られ、そこを通った油が流れ着くのは、とある壁際だった。そこから「壁の裏側」へと流れていく仕掛けだ。
ファントムでも、そこから先は分からないらしい。ただ「壁」の向こう側には、部屋と言うには狭すぎるけど、何かがあることは確からしい。
オレを城から避難させた上で実行したけど、油を流しただけでは何も起きなかったそうだ。
「よし、火を付けてみよう」
「よろしいのでしょうか?」
この世界には火薬が存在しないからね。まあ、一応城の中から一時避難をさせて、火を付けてみるくらいは、やってみたいじゃん。
結果を見極めたベイクが、口から泡を吹いて……文字通り、マジで泡を吹いてた……走ってきたんだ。
「陛下!」
「どうしたの?」
「どうやら、油による熱で石組みがほぐれる仕掛けであったようです。壁が崩れました!」
「で?」
「中から、これが!」
手に持っているのは、ふるーい革袋だ。今にも破れそうで、ベイクが手を下に入れて持っているってことは相当に重いんだろう。って言うか、やっと持ってる感じだね。
「これは?」
「ガバイヤ王国の白金貨、おそらく二千枚はあるかと……」
「わぁあああ。財宝かよ!」
あるところにはあるんだねぇっていうか、これ、ガバイヤ王国の方でも知らなかったんだよね、きっと。
もちろん、相続税も、所得税も「皇帝」だからかからない。
さて、コイツを元手に何をしようかなぁっと。
あ、とりあえず「シャルちゃん」に銀貨千枚プレゼントだね!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
実は、江戸城内にも、とある財宝があります。財宝っていうか「宝物」ですね。
はい、ご存知の方はいらっしゃいますよね。「三種の神器」です。 三種のうちで、刀は一番、よく持ち出され、勾玉は宝物扱い、カガミはご神体なので皇居からは出てきません。 ちなみに、三種の神器の「刀」は、明治以来、何人かが見た記録を残しています。昭和天皇が行幸される際、以前は、ちょくちょく持ち出していたそうですね。
その度に、お付きの者達が寝られなくなるので、陛下のご意見で持ち出さなくなったとか。
で、カガミなんですけど、天皇の代替わりの儀式の時に箱に入れた状態で儀式の間に運ばれたはずですが、あのナカを見たいですね。ひょっとして、裏側を見たら「メイドインchina」って書いてあるじゃないかぁっと、想像してしまうわけです。
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