第15話 アスパルの会戦・終盤

 サスティナブル帝国の本陣前で「何」が起きたのかをガバイヤ側の兵士が誰一人として気付けなかったせいだろうか?


 それとも、鮮やかに空気を変えた敵司令官を誉め称えるべきだろうか?


 ともかく、戦場の「色」が変わったことに気付くのが遅れた。しかし戦っている本人の手応えが、違ってしまったのだ。


「な、何だ、コイツら、急に強く、うわっ」

「来るな、こっち、来るなぁ、ぎゃあ」

「やめぇ、ひぃいいいい」

「やってらんない、こんなの」


 ついさっきまでは互角だったはず。それなのに、急に相手が違う敵になってしまった。


 さっきまでは、あらかじめ聞かされていた通りに、敵との乱戦をくぐり抜けて本陣に向かっていくことも容易だった。


 ところが、急に敵の目の色が変わってしまったのだ。


 さっきまで受け止められた一撃が槍を弾き、甲冑の上からでも大ダメージの一撃となってしまう。


 名のある武将であれば一度や二度は経験するが、決死の戦場で突然「覚醒」することがある。まるでゲームのキャラがレベルアップしたかのように、武力がアップしてしまう現象だ。


 今のサスティナブル側の兵達は、まるで全員が覚醒したかのようだ。


 ついさっきまで計画通りの混戦であった場所が、あっと言う間にダークグレーの戦場へと変わってしまった。



・・・・・・・・・・・


 中央で固まりになってしまっていた戦場はもっと悲惨だ。


 ついさっき、鮮やかに通り抜けていった敵騎馬隊を追うどころではない。サスティナブル帝国の奇妙なカタチの槍が猛威を振るって、3合と渡り合える兵は皆無になった。


 終いには背中を向けて逃げようとするところを、後ろから「兜割り」される兵が続出している。


 ベテラン兵は互いに背中をカバーし合ってジリジリと下がるに留めているが、逆を言えば「背中をカバーする必要がある」ほどに、相手の戦場となってしまったのだ。


 右翼に向かった予備隊の一部は、現場指揮官の判断で戻ってきてくれた。しかし、ここでも覚醒した敵兵に300人ほどの加勢では、焼け石に水でしかない。

 

 味方が圧倒的な多数で参加しているはずの戦場なのに、見回すと敵しか見えない戦場になっていた。


 見えている敵は全てが前のめり、イケイケと槍を振るってくる。

 

 対して、垣間見える味方の全てが浮き足だっている。戦うよりも逃げるタイミングばかりを気にしているのが丸わかり。これでは戦になるわけがない。


『これは、ヤバそうだぞ? 右翼は敵陣に向かったはずだよな? 持ちこたえられるのはあとわずかだ、早く決めてくれ!』


 さすがに国軍の中隊長レベルには「混戦の間に回り込んだ部隊が敵司令官を叩けば我らの勝ち」が伝えられている。それを頭に入れて戦っているのだが、いっこうに「敵司令官を討ち取った」の声が聞こえてこない。


『いくら貴族連中が勝手なことをヤルにしても、味方は敵の十倍なんだぞ。敵の本陣を叩くくらいは、できて当然だろうが!』


 そのために、中央の兵を踏ん張らせていろというのが上からの指令だ。


 懸命に槍を振るいながら味方を助け、声をかけてバラけた味方をまとめにかかる。自分の周りだけを見れば典型的な敗北シーンそのものだ。


「早く、早く、決めろ! え? なぜ、後ろで?」


 通り抜けていった騎馬隊はごく少数のはずだった。本陣の防衛隊がいれば全く問題ないと思っていた。


 しかし、耳に届いているのははるか後方にいる味方が上げる悲鳴であり、断末魔の雄叫び。


 そして目の前の敵が振るう槍は、さらに威力を増してくる。


『ぐっ、こいつら、また、強くなりやがった』


 さらに敵が強くなった気がした。


『疲れ切っているはずなのに、なんだ、この異様な目の光は? 帝国は魔法の薬でも使っているのか?』


 交代もせずに戦い続けている中央の歩兵は敵味方ともに疲れ切り、動きが鈍くなっていた。ついさっきまでは。


『なんで、こいつらは元気になるんだ! あ、だめだ、すまん、ミモザ、父さんは、帰れないかもしれん』


 最期に娘の顔が浮かんだのはせめてものことか。


 次の瞬間、名もなきガバイヤのベテラン下士官は兜を叩き割られて地に伏したのである。その兜を真っ二つにしたのが敵の大隊長である「鉢割ジョイナス」であったことは、誰も語り継ぐ余裕などなかったのであろう。



・・・・・・・・・・・ 

 


 ある意味で、左翼が一番、変化のない戦場であったかも知れない。


 とは言え、それは「楽な戦場であること」を意味しない。むしろ最悪の地獄が続いてるということにすぎない。


 戦後の調査によって明らかになったことだが、たった一人の武将によって300人近くが命を落とし、100人以上が重傷となったのである。


 「軽傷」ですんだ兵士が事実上皆無であったことが「国槍・カイ」の伝説を神秘的なものとしたわけだが、それほどにカイの槍はすごかったのだ。


 なによりも、その動きのムダの無さ、正確性が人間離れをしていた。そして馬と一体となった神速の連続攻撃は兵士に逃げることすら忘れさせたという事実が残ったのである。


 結果的に、カイの槍は凄まじく暴れたと言うよりも「死に神の」が通り抜けたと言うのに近い。


 実際、現場を見ていたガバイヤの貴族達が国元に帰ってから一様にそう呼んだのだと、後世の歴史家達が調べている。


 だからこそ勝者であるサスティナブル帝国は「カイの黒槍」を喧伝する必要があったのだ。何しろ、皇帝を崇拝し、信頼された筆頭家臣である男が「死に神」呼ばわりされるのはさすがに外聞が悪すぎである。


 もっとも「死に神のミシン」でも「黒槍」でもカイ本人はさして気にしなかったに違いない。彼にとっての最大の関心は「命じられたことが果たせるか否か」であるのだから。


 右翼の敵を殲滅せよ


 そう命じてもらえた以上、砕けぬ槍は「最大限に効率よく働くべき」だということしか頭にない。ただひたすらに最大効率で敵兵を殺し、最速で命令を果たそうとしただけなのである。


 だから戦場で大歓声が上がろうとも関心は持たなかった。己のやるべきことをやるだけ。


 いや、もしも仮にそれが味方の悲鳴であったしても関心は持たなかっただろう。それは皇帝への無関心ではなく、絶対的な信頼のなせるワザなのである。


 もちろん、その一部に「おそばにはアテナがいる」ということもあるにはあったのだろうが。


 ともかく彼は他の戦場のことはさておき、命じられた「殲滅」に専念した。


 だからこそアスパルの会戦における最大の死亡者が生まれてしまったのだった。



・・・・・・・・・・・



 右翼、正面、左翼の敗色を見る余裕は、既になかった。


 逃げるに逃げられぬ本陣と、敗走してきた本陣に巻き込まれる貴族軍。そして攻勢を譲り合う戦場。


 そこに殺到してきたのは必殺のピーコックの小隊である。


 辛うじて立ち向かう勇気を持った若手も、家族を頭に思いながら槍を手にした中堅も、誰一人として「敵」とはなれなかった。

 

 まさに鎧袖一触とはこのこと。


 あっと言う間に本陣の要員は馬上から槍につき伏せられ、蹂躙されたのである。


 軍務大臣でもあるリマオの逃げ足は速い。キャラカも全てに見切りを付けて続いた。


 馬すら諦めて自分の足で逃げる。ここで馬など探せば、その瞬間に切り捨てられていたはずだ。「馬で逃げる将官」こそ、最大の目標になるのだから。


 もちろん、二人とも逃げる時に指揮杖等は、いち早く投げ捨てている。持っていれば、優先的に狙われるのが分かっているのだから。


 混乱に紛れて貴族軍に割って入った二人。


 悪運と言うべきか。


 ここで、本陣が逃げる邪魔となった味方の「壁」が二人を覆い隠す役に立ってくれた。

 

 貴族軍としては、二人を逃がす意図を持っていたわけではない。


 ただ「自分達の持ち場を味方が通り抜け、それを追いかけて敵軍がやってきた」というだけのこと。


 普通なら、ここから激戦になろうかと言うところ。


 しかし、実際にピーコック隊が突入したときには、既に「決まって」いたのである。


 敵本陣壊滅。


 あまりにも重い事態だ。


 むしろ、本陣が瓦解した場に居合わせた分だけ、彼らは事態を把握できなかったと言っていい。


 気付けば本陣横に立っていたガバイヤ王国旗は引きずり下ろされて、スルスルと登るのはゴールズの旗であった。


 アスパル平原において、一斉に歓声が上がったのであった。


 その日、ガバイヤ王国側の捕虜は一万を越えていたと記されていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

意外とあっさりと終わったように見えますが、全然終わってません。

なにしろ、アスパル平原はガバイヤ王国の王都のすぐそば。

ショウ君の前世で言えば、相模湖あたりで決戦をして、都庁に逃げ帰ってきたようなもの。

さて、国王はどうしますかね?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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