第12話 黒槍のカイ
ショウ視点
「例の薄汚れた連中、ここを狙っているのか」
ミュートも、オレと同じに見たらしい。素早く下に撤収の合図をする。最低限の機密書類に火を付けて逃げる準備をしろという命令だ。
すぐさま「待って」と命令を差し止め。
ここで指揮所から逃げ出しちゃったら、戦場にいる全員が不安になっちゃうからね。
「しかし2人は戻せませんよ、親分」
オレが考えているだろうと思って、先手を打って牽制してきたのだろう
撤退できない場合についてミュートが提示したオプションは「最善で唯一の選択肢」だ。この場合、考えられるのは無理を承知でムスフスとウンチョーを呼び戻すこと。
中隊規模でどこかを呼び戻そうとしても、敵の雰囲気からすると間に合わない。下手をすると飲み込まれて終わりだ。
最初は300だったはずが、次々と参加してくる敵兵で戦場が膨れ上がっていく。こうなると、傑物2人で左翼の混戦を食い止めるしかない。おそらく、それ以外は間に合わないのだから。
けれども、おそらく敵はこの状況を狙って作り出している。乱戦となっている左翼からの「脱出」は相当に難しい上に、左翼に次々と参加してくる後続が生み出す圧倒的な数の暴力に耐えるためには、2人が全力を挙げて戦線を維持する必要があるんだ。
万一、ここで2人のどちらかが欠ければ、それは、瞬時の全面敗北という意味しかなくなるだろう。
チラッと見ると、既にカイが降り口の所でスタンバってた。
「頼める?」
「お任せを」
わずかに笑顔を浮かべてる。
ミュートが「まさか? ちょ、ちょっと待ってください、率いる部隊なんてないですよ」とマジで焦っている。
しかし、それを無視することこそがカイの期待に叶うというもの。
「本部に向かってくる右翼の敵歩兵を殲滅せよ」
「はい。承ってございます」
ハシゴを滑るっていうか、飛び降りんばかりの速さで降りたカイは、着地と同時に当番兵から愛用の黒槍を受け取ると、まるで「分かってます」と言わんばかりに愛馬・イノが走り寄ってきた。
「ショウ様よりのご下命により、カイ、まかり通ってござる!」
飛び乗って、そのまま突撃していく。
「カイさんが、出ます。右翼を回り込んできた敵の迎撃コース! 無理だ!」
悲鳴のような声で、観測しているオイジュ君。基本的に、君は優しいんだよね。だからこそ、ここでチャンスをあげているんだけど。
『でも、カイが悲壮な顔をしていたかどうかくらいは見ておくべきだと思うよ』
明らかに、晴れ晴れとした出陣の姿だった。
送り出したアテナも笑顔だったわけで…… ん? 何か言いたそう。
「ここなら、すぐに登れるワケじゃないので」
どうやらカイを心配してのことではなく、反対側を見ていたらしい。
アテナの視線の先を見て、言いたいことが分かった。左翼の側からチョロチョロとこぼれ出てくる連中がいるんだ。そいつらは明らかに本部を狙ってる。
「左翼、一部抜けてきます。数30、いや50」
オイジュ君、あれ70はいるし、多分、すぐに倍くらいになるよ?
まだまだだね、って話をする前に「アテナ、下の本部の警護をしてくれ」と頼んでいた。
「私が降りた後、ハシゴを切り落としてください。万が一がないように」
アテナにとっての譲れない部分だろう。
「わかった。君が降りたら、あのハシゴはここから切り落とすから」
「ありがとうございます!」
ふわっと飛び降りた? え? マジ?
違う。ハシゴの所々で足を踏み込んで減速しながら「落ちる」という超器用な降り方だよ。
そのまま本部の周りに立てた鉄条網の前に走っていって待ち構えるのと、ベイクが、すぐさま手斧を使ってハシゴを切り落としたのは同時だった。
これで、撃ち漏らしがあっても、ここに登ってくるのは難しい。地面を掘り返してここを倒すには、相当に時間が掛かるはずだからね。
H形鋼の柱を彼らがへし折るなんて不可能だし。
一方で、足場のパイプを柵にした鉄条網で囲ってあるとは言え、こと、ここに至っては本部要員も自分で槍を持つのは仕方ない。鉄条網越しに長槍を使って迎撃態勢だ。
伝令要員で残されたピーコックの30人も、本部の脇で向かってくる敵へ突撃の構えを見せている。しかし、打撃力に優れる彼らの使いどころは、ここではない。
「ミュート、彼らの使いどころ、分かるね?」
「はっ! 右翼で『花道』を突き抜けさせます」
「OK、タイミングは任せた」
「了解!」
そのやりとりに被さるように「カイさん、接敵!」と叫んだオイジュ君。
しかし、その報告の声が終わる前に「わわわわ」と狼狽えまくる。
凄まじかった。
『カイの本当の戦い方って、こうだったのかよ』
ベイクじゃないけど、正直、撃ち漏らしがわずかに出ると思ってた。あるいは、敵が身をかわして抜けてくるケースもあるのかとも、チラリと思ったオレがバカだった。
「エルメス様並みって、これかぁ」
それは、もはや人が戦う姿ではなかった。草原を突き進む「草刈り機」の姿そのもの。
それも、柄の先に回転した刃を付けてるタイプじゃなくて、トラクターみたいになっていて通り抜けたら全部刈り取られてるってやつ。
カイの愛馬・イノは敵に対して常に横に動くんだ。右へ、左へって。手綱なんて必要ない。2人は技術の問題ではなくて、心と身体が一体の動きだった。
そして敵に槍が向かった側は、常に凄まじい血吹雪が吹き荒れるんだよ。
人も飛ばない、人の一部も飛ばない。槍と槍がぶつかり合うこともない。
正確に鎧のすき間から敵の首を黒槍で一撃。
突いては次、突いては次、次、次、次、次。
派手さはないけど、マシーンのように同じ動作を繰り返していくと、人だけがバタ、バタ、バタッと倒れていくんだ。当然、前列が倒れると、それを踏み越えることにためらいが生じるからだろう。後続は、ほんのわずかな躊躇をしてしまう。
で、そこをガーッと横から駆け抜けていく、人馬一体となったカイとイノのコンビが漆黒の槍で敵を蹴散らし続けていた。
「凄まじいって言葉で良いのかな、これって」
オイジュ君もベイクもミュートも、しばし唖然となるしかなかった。
打ち合うどころか、敵はカイの槍を見ることすらできてない感じなんだ。
「すごい。カイが5人いたら10個大隊くらい消えてしまいそうだ」
ミュートからしたら、その賛嘆の声の半分は悲鳴だ。作戦家がさんざん苦労して知恵を絞り、度胸を決めて作戦を実行する。用兵家というのはそんな存在だ。
苦労に苦労を重ねて優位を作り出しても、たったひとりで覆してしまう圧倒的な力があるなんてって感じなんだろう。
いわば用兵側としての無力感に近いものだ。味方であるから、まだしもではあるのだけどね。けれども「作戦」という存在を吹き飛ばす存在を目の前にしてしまうと、驚嘆の前に仰天が先に立つのもやむを得ない。
開いた口がふさがらないとはこのことだろう。
もはや殺戮なんて生やさしい言葉では説明できない現象と言って良い。
人を理不尽なまでの勢いで消していくパワーは、一昔前に問題発言になっちゃった「暴力装置」と言う言葉がピタリときそう。
戦術家の知謀を、あっさりとひっくり返す圧倒的な力は「武将の力」そのものだった。
そして、作戦家の苦労や凄みを実感して無い分だけオイジュ君の感想は「すごい」で終わる。だからこそ他の局面にもいち早く目を動かすことができたのだろう。
「左、ちょっと苦戦です」
オイジュ君の声でハッとして、一斉に左翼の戦いに目を向けた。
敵は次々と新手を送り出してきていた。
戦力の逐次投入は禁忌だけど、混戦状態になった局面だけは、後から投入される戦力は厄介極まりないんだ。
結果として、個別の兵が漏れでてくると言うよりも、小隊、あるいは中隊規模のまとまった戦力が抜け出し始めたんだ。
「大将?」
ミュートがためらった。つまり、攻撃に向けるピーコックさん達を、あそこに当てるべきかと迷ったのだろう。
「迷うな! 大丈夫だ。それよりタイミングは?」
「はっ! 出動!」
直ちに下の部隊に突撃命令が下った。狙うは敵本軍だ。いや、敵本軍を狙うルートそのものだというのは、分かってくれたらしい。
出撃した最後の騎馬隊を送り出すと、抜け出てきた敵兵のウチ、本部前にたどり着きそうな敵兵の姿が見え始めたんだ。
『アテナもすごいけど、さすがに全部刈り取るのは無理だよね』
本来は、数人の刺客を絶対的な剣技で倒すのがお仕事だもん。カイのように戦場ごと消滅させちゃう人ではないんだよ。
「えっと、オイジュ、オレが降りた後、ロープを切っておけよ」
「え? まさか?」
「ミュート、任せたぞ!」
ここからの指揮は、場面に合わせて行くしかないし、こちらからアクティブに行く選択肢は事実上なくなったわけだ。任せてしまおう。
オレが使ったのは、朝のうちに出して固定しておいた緊急避難用ハシゴだ。どーでもいーけど、こういうのの商品名って「まんま」のヤツが多いよね。「オリヨー」とか「脱出君」とか「ニゲーロ」だとかね。
こいつはグリップをつかんで、飛び降りれば3階までの高さなら安全に降りられるって書いてある。
立てかけてある槍を持って、オレは垂直降下していったんだ。
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作者より
実は、ショウ君自身も戦えます。このところ、アテナの神業がすごすぎて出番がありありませんでしたが、アマンダ王国の時は、しっかりと主戦力でしたからね。
本文中に避難器具に言及しておりますが、商標検索までしておりません。また特定の商品を模倣したつもりはございません。万が一、偶然の一致などで支障がある場合はご連絡ください。
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