第40話 思わぬ出番

 到着した時には、もう冬の日差しが傾いていた。

 王宮の王族にのみ用意されている一角。そこに用意された部屋で、王弟であるアルト・ロワイヤル=ギリアムは上等なソファにへたり込んでしまった。

 

 心身共にバテていた。湯浴みの用意ができたと宮廷メイドがやってきたが、動く気力が湧いてこない。


「しばし待て」

「かしこまりました」


 部屋の隅で「待ち」の姿勢に入ったのはメイドの嗜みである。今回は移動に次ぐ移動で、慣れ親しんだ自前のメイド達を連れていない。その分だけ、王宮メイド達が世話をしてくれる。向こうも緊張するだろうが、アルトとしても隔靴掻痒の感がある。


「ふぅ~ 先に紅茶を」

「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」


 いつものメイド達なら、アルトの様子を見て「湯浴みよりも先に菓子と茶を」と考えるはずなのだ。


 普段なら、そんな小さなことにイラだつほど横暴でもないが、生憎と疲れ切っていた。元々、旅に慣れているわけでも無い身体だ。それなのに、兄が倒れたという急使によって王都に呼び出された。それはまだ良い。


 倒れた兄に会わせて貰えないまま、叛逆だの、討伐だのと大騒ぎになったため、慌てて逃げ出すことになった。王族としての数少ない公務であるデビュタントへの立ち会いも「病気のため」と早々に届けを出して、住み慣れた自領へと帰ろうとしたのだ。しかし、あと3日で自領に到着というところで、王都からの急使が追いついてきた。


 御三家と「ゴールズ首領のショウ」なる者からの使者であった。


 ゴールズなる者は知らぬが、御三家が連名で呼びだしてきた以上、王弟と言えども断るわけにはいかない。


 目の前の「我が家」を尻目に、泣く泣く王都へと戻ることになったのだ。


 お陰で、なんだかんだで一ヶ月以上も「旅」をしてしまった。途中で「出迎え」の軍勢がやってきたときにはヒヤッとしたが、それが近衛騎士団であり、本当に護衛として派遣されたのだと分かってひと安心。


 しかし、王都に着いた途端、自分を護衛してきたはずの部隊長が見えなくなり、別の者が指揮を執ることになった。そのあたりにキナ臭さを感じるが、実権を持たない王弟の身ではどうにもできなかった。


 どうにかこうにか王宮に入って、こうしてへたり込んでいるのが今である。


 身体もクタクタなら、先の見えない状態での呼び出しに心もボロボロである。最悪の場合は殺される可能性までありそうだ。


 執事長を同行させてこなかったのがつくづく悔やまれる。それもこれも、王都から逃げる時に「先行させて領地での出迎えを調整させよう」などと思いついてしまった自分がいけないのだが。


 王都に急いで戻ってきた今回は、身の回りを世話するのは護衛騎士達が「兼職」でやってくれる程度だから、本当に最小限で辛かったのだ。


 王宮メイド達は美形揃いではあるが、あまりに疲れて「ツマミ食い」をする気にすらなれなかった。


『もう、今日は寝ちゃおうかなぁ。このまま昼まで惰眠をむさぼって、それから風呂でいっか~』


 どこぞの遠足帰りの中学生男子のようなことを考えているが、兄が即位した時に独身だったため「どうせ生涯独身さ」という気楽さがあるせいだ。


 身の回りの世話をする女性には事欠かないので、結婚に対する憧れも生まれなかった。むしろ、ふらふらしていても気を遣う相手がいない分だけ楽だった。相手をしてくれる女達の身分は低いがそれなりの美貌の娘だ。それをいくらでも見繕ってくれるのだ。妻として迎えるような高位貴族の「令嬢」とのエッチにも興味はあったが、逆を言えば、その程度のモノだ。

が即位した時点で独身の兄弟は生涯独身が義務づけられる。側妾は可能だが、子どもは作らないことが条件である)


 一つ、大あくびをした時にノックの音。


「よかろう」


 鷹揚に許可すると入って来たのは内宮官である。王家による「ウチ」の人間ではなく、サスティナブル王国に雇われた公式の「官」であるが、職務は執事に似たものとなっている。どっちみち実権のない王弟にとっては、ウチでも官でも関係ない。


「失礼いたします。シュメルガー家のノーブル様が、内密でのご面会をお求めですが、いかがいたしましょうか」

「なに? 引退したはずでは無かったのか?」


 王都を脱出したときは、確か大逆罪への連座で死刑の沙汰がくだり、逃亡したと聞いた。その後王都にまたしてもゴチャゴチャが起こり、こっちに戻ってくる間に「御三家の疑いは晴れた」とは聞いた。しかし、仮にも大逆の疑いを掛けられた家の隠居が、堂々と王弟である自分に会いに来るのはおかしいと感じたのだ。


 それとも、よほど劇的な何かがあったというのだろうか?


「現在は、宰相様のご静養に伴い、ご老公がかの家の全権代理を務めていらっしゃいます」

「ほお。老骨に鞭打ったのか。しかし、せっかくだが今日は断れ」


 クタクタだし、先触れすら無かったのだ。断っても問題ないはずだ。


「はっ。かしこまりま「アルト殿下、老骨が働いておりますのに、それは寂しゅうございますぞ」……あ、その」


 小心者の内宮官は、自分の後ろから入ってきた王国前宰相への対応に狼狽える。


「ノーブル殿。なかなかに、素早いご活躍でいらっしゃいますな。まだまだ、お若い。いっそはいかがかな?」


 皮肉の一つも言いたくなる。押しの強い、この老人にかかると、何事であれ手玉に取られるのが目に見えているのだ。しょせん「王弟」という立場には権威はあれども権力は無いのを自覚していた。


 国外向けの行事で、国王の名代でも請け負えば別だが、王国内の公式行事の席順は宰相どころか平の大臣よりも後ろに並ぶのが王弟の立場なのである。


 小さくため息をついたアルトは「前宰相殿に茶を」と命じて、目の前の椅子を勧めた。立ち上がって出迎えるほどの礼を取らなかったのは、さすがに、強引な面会に腹が立っていたからである。


「ここで長々とご挨拶を申し上げて、お疲れの殿下のお時間をいただくのは心苦しく思います。用件に入らせていただくことをお許し願いたい」

「ほう? それは構わぬ。だが、宰相は療養中であったな。そなたが全権代理を務めたと聞いたぞ。そのような重要人物が、なぜまた王都入り早々のアル ※などに?」

「先に驚いていただきましょう」

「何をかね?」

「今回、殿下をお呼びした三家の総意とゴールズのショウ閣下との合意ができました」

「そう、その、ゴールズのショウ閣下とは何者なんだね? 確か王国名誉勲章を受けた少年がショウという名だと思ったが、その人物と何か関係があるのかね?」

「まさしく、その人物ですよ。とりあえず、三公爵家が認めているショウ閣下の業績は後で説明させていただきますが、現在のサスティナブル王国において王が即位するにあたって、その同意が必要な人物であると言うことだけは、お忘れになりませぬよう」

「ん? 何やら妙な言い回しだな。まるで、その者が王を決定するかのように聞こえるぞ?」

「先日、国会でそのように決定いたしました。全ての公爵家、侯爵家以上が認めた新しきやり方です。国会と申すは、その代表が話し合う場だと思ってください」

「ふむ? 今ひとつ分からぬが」

「ともかく、現在のサスティナブル王国に置いて、最重要な人物であることをご記憶にお留めください」

「あい、わかった。して、その先は?」

「くれぐれも即位には、その同意が必要であることをお忘れになりませぬよう」

「なんだ、その妙な言い回しは」

「アルト殿下に、王太子へとなっていただきたいと考えております」

「なんと! 私が兄の後を継ぐというのか!」

「殿下。そこは短縮なさりませぬよう。お願いします」

「たんしゅく?」

「王太子になることと、国王に即位することは、まったく違うことだということでございます」

「わかっている。王太子にならねば国王になれぬからな」


 アルトは俄然、自分の人生に光明が差したのを感じたのだ。王弟として退屈な人生を送るはずが、至高の冠を載せるのだ!


 そこから、老公は細々とした話をクドクドとしていたが、もう、何も頭に入ってこなかった。


 だから、老公の話が一段落したとき、アルトはすかさず言ったのだ。

 

「となると、王妃が必要であるな。国王たるモノ、独身では体裁が悪い」

「あの、先ほども申したとおり、アルト殿下は王太子であって「よいよい」」


 相手の話を手で制すると「そういえば、ガーネット家には、二十歳くらいの娘がいたはずだ。行き遅れではあるが、家格的には釣り合うであろう。早速、そっちの話も進めておくのだ」


 何か言いたげな老公を前に、ウキウキと立ち上がると「王太子の件、あいわかった。承諾したと国会とやらに伝えよ。委細は明日でよいな?」と笑顔だ。


 ノーブルは内心『あ~ これは人選を間違えたか』と思ったが、既に遅かった。


『なぁに。やり方はいろいろある、ちょっと遠回りになるだけだ』


 そう思い直しながら立ち上がった。


 ともかく王太子受諾の言質は取ったのだ。今日のところはこれで良いだろう。


「それでは、本日はこれでご無礼を」

「うん、うん。良いぞ、良いぞ。あ、前宰相」

「はい。何か?」

「思いだしたぞ。ガーネット家の娘の名前、確かミネルバビスチェだったな。ゲールの婚約話もあったくらいだ。王妃教育はされているはずだ。明日にでも話を進めておくのだぞ」

「はぁ。それにつきましては、ガーネット家のことですので、今、私からはお答えできかねます」


 いささかウンザリしながら、頭を下げる老公だ。


「うーん。ノーブルよ。そちも思わぬところで出番が回ってきたように、私も思わぬところで出番が回ってきたのだ。同じ境遇だ。よろしく頼むぞ!」


 上機嫌で肩を叩いてくるアルトに恭しく頭を下げながら、内面を一切外に出さないのはさすが前宰相であった。


 その日、王宮の某通路にあった花瓶が壁に投げつけられて破壊されるという事件があったと、内宮官が付ける「王宮管理日誌」に記されることになったのである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

あらら……  

 ミネルバちゃんが既に「ショウ君の先約済み」であることは、まだガーネット家しか知りませんが、シュメルガー家としてメリッサに伝えた「ショウ君の妻候補」の一人であることはノーブルも知っています。

 アルトさん、もうちょっと世捨てキャラだったはずなのですが、たまにいますよね、何かで役が与えられると、周りが「いや、そこまでヤレって誰も思ってないから」と頑張っちゃう人。

※ アルト:サスティナブル王国法により、兄弟の誰かが即位すると、他の者は自動的に「アルト ビリー チャーリー デイブ エドワード フォルテ」 という形でABC順の定まった名前に変更されます。アルトとは「王の次の兄弟」という意味があります。含意として「役に立たない者、予備」のような意味があります。

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