第36話 野外演習 7
野外演習場は、3騎士団300人と学園自身の警備と御三家それぞれの「影」が闇から取り巻いて、総数にすれば500人以上に守られている。
今現在の限定で言えば、この場所が王国で一番安全な場所だと言っても良いだろう。
よって、それぞれの騎士団長(エルメスのみ若手騎士2名)を連れただけで馬を走らせられる。
本部山に登る道はきちんと整備されているし、それぞれの技量なら愛馬で山頂に立つのは難しいことではない。
7人が山頂に到着すると、控えていたガーネット家騎士団の若手が馬を引き取りに現れた。
「頼む」
愛馬の首を軽く叩いて感謝と愛情を伝えてから、ムスフスが尋ねた。
「どうかなさいましたか?」
南軍の本陣を出てからエルメスが黙り込んでしまっているのをノーマンも、リンデロンも気付いていた。
だから、これはむしろリンデロンの目顔に命じられての問いだ。
「さっき、南軍の本部テントに入って、気付いたか?」
それはノーマンとリンデロンに向けられたセリフだった。
「いや。婿殿はずいぶんと簡素な本部を作ったな、くらいだな」
「計略をじっくり考えるにはいいが、布で覆うのは良し悪しだと思う」
エルメスは、暗い顔をして「気付いたか?」と二人のダチに尋ねた。
「何かありましたか?」
逆に聞き返すトヴェルク。
「申し訳ありません。わかりませんでした」
ムスフスは素直に頭を下げた。
「果たして答え合わせが必要な局面になるかどうか、まだわからんが」
そこまで言ってから「あっ」と小さく声を出したのは、そこで何かに気付いたからだろう。
「いや、小僧のことだ。きっと、父上に見せるために、使う局面を作り出すんだろうな」
何かをあきらめたような顔で、ドスンとイスに座ったエルメスは、後ろに控える若手に「ワインを持って来い」と命じた。
ここでワインかよと、ツッコめる雰囲気は全くない。
そこでまた、人の悪い笑みを浮かべると二人の公爵を笑顔で招く。
「我らが英雄は、最後を喜劇で仕上げるつもりらしいぞ。最後までじっくり見てやろうではないか」
・・・・・・・・・・・
ブリッジブルーを渡り、避難所を過ぎたあたりで、ドーンは命じた。
「なみあーし」
トロットから一気に速度を落とす。
「ドーン様?」
オイジュが声を掛ける。
「これは奇襲ではなく強襲である」
相手は万全の体制で待ち構えているはずだ。騎上で最後の水を飲みながら、手真似で、体調を万全にと指示をする。
この後、最終突撃体勢を取る準備の時間だ。
「しかし、奴を狙うのであればチャーリーから行くべきだったのでは?」
ミガッテが疑問の声を上げた。このままだと本陣直撃コースとなる。
「ヤツは、必ず陣地にいる」
「情報では、南西にいるとありましたが」
ミガッテは、自分の手に入れた情報にこだわった。
「そなたの情報によって、この惨状がもたらされているのだぞ」
「……申し訳ありません」
「いや。良いんだ。それを責めるつもりはない。だが、手に入れた情報の一つが違うと言うことは、他も違うと思うべきだろうということだ」
実は、このセリフは、まさに正鵠を射ていたのだが、それを身をもって理解するのはもっと後のことだった。
ドーンは説明せざるを得ない。
「こっちが壊滅したと思っているのだろう。実際、それは否定できん。ヤツの計略はあまりにも精緻だし、効果的だった。しかも先生方の動きでこちらが全面的に引っかかったことだってわかったに違いない」
ミガッテは下を向いた。
「あきらめるな。ここにオレ達がいる」
ドーンは、あくまでも物語の主役が自分だと思っている。
「向こうの計略が当たったのだから、動ける人間がこれだけいるというのは計算外のはずだ」
それをオイジュが引き取った。
「なるほど。ドーン様の慧眼がなければ、全員が飲んでもおかしくない量がありました」
ふっと笑顔を漏らしたのは、限り無く自分の判断への自信だっただろう。
「この状況を理解している敵なら、こちらが打つ手は読んでいるはずだ。朝一番にフラフラの部隊が乾坤一擲を仕掛けてくるというのが、その正解だな」
「確かに。持久戦を戦うのは無理ですものね」
「だとしたら最後の戦いで相手を撃滅するのは将軍の仕事だと思うに決まっている。ヤツは絶対に本陣のテントで待ち構えているはずだ。惨敗するこちらを笑うためにな」
「なるほど。つまり敵陣に突撃すれば、自動的にヤツに会える、そういうわけですね」
「その通りだ。こちらは、それが付け目だ。将軍さえ倒せば、こちらの勝利なのだから、最後の一人になっても戦い抜くぞ」
「ハッ!」
そして、南軍の陣地が見えてきた。
夏の日差しが照りつけている中だ。しかも、途中で休憩を入れてはいても馬に飲ませてやる水がもうなかった。
「ありがとう」
「頑張ってくれたな」
馬を労い、感謝しつつも「これが最後だから」と誰もが愛馬に謝った。
高位貴族にとって、馬は勝利のための道具である。しかし、道具だから愛情をかけないということとは全く意味が違う。
目的のために乗り潰す勇気は必要だが、自分のために命がけで走ってくれる馬に心を痛めない人間などいないのだ。
また、そんな人間であれば馬もちゃんと見抜いてしまう。
だからこそ、愛情を目一杯傾けながらも、時には目的のために潰すことをためらわない。それができるのが貴族なのである。
本陣直下だ。
「よし、最後の最後は己の脚で駆け上がるしかないぞ」
「「「「「「「おお!」」」」」」」
正面突破。それしかなかった。ワナがあるのは承知の上。向こう側が見えている分だけ対処しやすいという判断だ。
駆け上がる。
途中で馬を使ったとは言え、強烈な日差しの中で坂道を全力疾走。
息が切れる。目眩がしそうだ。
「正面! 突破ぁああ!」
こういう場合、突っ込むのは「突撃隊」の役目だ。
ヤッバイと、モレソが先乗りとして柵に飛びつく。すかさず中から槍が突き出される。それを剣で切り払いながら、必死に扉を開ける。
バチン
割板の割れる音。ヤッバイがやられた。
その間にモレソが扉をこじ開ける。
「開いたぞ!」
その瞬間、正面から槍が振り下ろされて、モレソがやられた。
しかし、究極まで高まった士気により開いた扉から3人が飛び込む。
「走り過ぎるな。分断されるぞ」
言ってるそばから、最後の坂を駆け上っているドーン達に槍が突き出されて分断された。
ドーンの右にミガッテ、左にオイジュ。
「左右は任せた」
「「はい」」
幾重にも重なる槍を打ち払うが、槍と剣ではリーチが違う。敵に近づけない。しかしこれで、ドーンが通れるだろう。
「良くやった。二人とも」
献身の身働きを誉めながら駆け抜けると、先行する三人が本部テントを目指しているのが見えた。
しかし、ドーンの冷静な目は、その行き先に、円形のわずかな窪みを見つけたのだ。
『敵陣内にはワナが仕掛けられている』
そんな言葉を思い出すまでもない。見つけると同時に叫んだドーンは優秀だった。
「落とし穴だ! 避けろ!」
声を聞いた途端に反応したのは、さすがである。
目の前の窪みに気付いたのだろう。
「てぇえええい」
真ん中の者は正面を気合いと共に飛び越えた。
左右にいた二人はそれそれサイドステップで一歩外側に膨らんで、見事に窪みを回避…… したはずだった。
ズボッ
「うわぁああああ」
着地した場所、避けた先で鈍い音を立てながら地面が落ちたのである。
ワナ……
落とし穴に見せかけて凹んだ地面こそが囮だった。
そのわずかな窪地を取り囲むように、左右と後ろ側に穴が掘られていた。窪地を避けることを前提に掘られた落とし穴だ。
深さは腰まで。
だが、穴の半分まで仕込まれている「泥」にハマってしまえば、動けるわけがない。ドロから抜けない腕をなんとかしようとしているところを取り囲まれて、槍で突き放題だ。
ジ・エンド。
声が聞こえる。
「そんなわかりやすいワナに引っかかるなんて」
そんな声がハッキリと聞こえた。
嘲笑というよりも、込められているのは明らかに同情だったからこそ、ドーンはカーッとなった!
敵将に向かって「同情」とは何事だ。
しかも羽根飾りをつけている。
あの時に見たカーマイン子爵、本人である。
「この時を狙っていたぁあああ、しょうぶぅ!」
しかし、あろうことが、クルンと反転して、本部テントに逃げ込んでしまったのだ。
「まてぇえ! 勝負だ、勝負しろ!」
このタイミングでしか勝つ手段は残されてない。幸い、他の一年生はミガッテとオイジュの方にかかりっきりである。
「オレが決める。これで逆転だぁ!」
本部のテントを目前にした瞬間、テントの後ろから飾り羽根が逃げていくのがチラリと見えた。
「くそっ、また奇計を使うつもりか」
本部に逃げ込んだフリをしてウラから逃げる。まるでこそ泥の逃げ方だと瞬間バカにしつつ、ここは本部テントなのだと思い直した。
バッと、目の前の青い布を左手で払って中に入った。
「軍旗だ!」
瞬間、これを燃やせばと考えかけて、自分が火種を持っていないことに気付く。まさかの事態だけに、用意などしてなかった。
「コイツを持って帰れるわけが無いな」
いくらなんでも、そこまで甘くない。
軍旗を持って自陣へ帰れば勝利だが、やはり相手の将軍を倒すしかないのだ。
『しかし、このままにしておくのも惜しい』
正面に掛けてある軍旗を引きちぎるようにして奪うと、そのまま追いかけた。
「まてぇええ!」
剣を振りかざしながら叫ぶ。
最後の意地だ。
逃げ足が速い。
しかも相手は剣を持ってないではないか。
「逃げるだけかぁ! 勝負だ、勝負しろ!」
こちらの声など聞こえぬと、一目散に本陣の柵目掛けて走っていく赤い飾り羽根を、ドーンは、最後の気力を振りしぼって追いかけたのである。
・・・・・・・・・・・
少しだけ時を戻す。
ドーン達の姿が見える直前のこと。
「サム、ちょっと来てくれる?」
「う、うん。わかった」
ひょっとしたら、バレたのかもしれないと緊張が走る。
昨日、一羽だけ託されていた鳩に、前進基地の情報を書いたのは自分だ。
とびっきりの重要情報だったはずが、どうも、それがワナだったらしいというのは、昨日、ガーレフ先生達が急に訪問して来たところから噂になっていた。
『自分は間違った情報をわざと渡されたのかも』
心底ビビっている。
スパイを任された以上、それなりに勉強した。ロウヒー侯爵家の影の者から受けた教育には「二重スパイ」だとか「意図的情報リーク」ということだって入っていたのだ。
スパイは「わかったこと」と「教えられたこと」をきちんと分ける必要がある。思いだしてみれば、昨日の情報は明らかに「教えてくれたこと」だった。
自分の流した情報は、ワナへの誘導になってしまったのだと考えれば青くなるしかない。
『ボクがスパイだってモロバレしちゃってるんだよね?』
しかし、ショウの表情には一切の怒りも不信もない。むしろお詫びの表情だ。
「暑いね、後ろ側は開けておいても大丈夫かな」
サムの返事もきかず、青いツルツルした布を本部テントの後ろ側だけ外しながら「こっちを開放するだけでも、ずいぶんと涼しいねぇ~」と上機嫌。
審判役のカクナール先生は、テントの後ろからなぜか出ていって、大きく開いた空間から、こっちを見るだけだ。
「なんか、活躍できる場面をあげられなくてゴメンね」
「いや。自分なんて」
「実は大事なコトを頼みたいんだ」
「大事なコト?」
「うん。最後の最後に活躍してほしい。ここで本部要員になってほしいんだ」
「ボクが?」
「うん。ある程度は武芸の心得があって、なおかつ、ちょっと危険な役割を引き受けてくれる人が必要でさ」
ニッコリ。
あ、バレてるんだよね。そりゃ、そうだよなぁと思った瞬間、サムにはイエスの返事しか残されていなかった。
聞かされた仕事内容は、実に簡単なことだった。
「じゃ、よろしく」
本部にひとり残されたサムは、吊してある軍旗に近寄った。
「これ、今、燃やしちゃったらミガッテ様に褒められるかな?」
そんな考えが浮かんでいるが、もちろん、そんな度胸などない。
「あれ?」
サムは首を捻った。
もう一歩近づいた。
クンクン
「やっぱりだ」
クンクン すぅ~ ああぁ、良い匂い。
「この軍旗、メリディアーニ様の匂いがする!」
そう思った瞬間、テントの外で、最後の騒動が始まったのである。
・・・・・・・・・・・
「待てぇええ!」
古今東西、逃げている相手が「待て」と言われて止まった試しはない。
しかし、人間というのは、つい、願望を叫んでしまうものなのだ。
「勝負だ! 勝負しろぉ!」
ラストチャンス。
自分の体力も尽きかけている。だが、一撃、たった一度でいい。一太刀入れるだけの時間をくれ!
神へ祈りが届いたのだろうか。
赤いカブト飾りが、本陣広場の片隅で止まったところに追いついた。
「覚悟ぉ!」
この2日間の怨み、苦しみ、辛さを全て込めた。
そして喪った自信を取り戻すため、もはや割板などどうでも良い。
抜き放った剣で、後ろを向いたままの相手の頭めがけて打ち下ろした。
ガン!
確かに手応えあり。
その手応えがドーンの意識を取り戻させた。倒れ込んだ甲冑の背中にあった割板をたたき割る。
勝った!!!!!
「うぉおおおおお」
雄叫びを上げる。勝ったのだ。まさかの逆転勝ちだ。
オレは、やはりヒーローなのだ!
「どうだ、オレがドーンだぁああああ!」
もはや力が尽きかけているが、ここで「キメ」ずに、なんとする。
キメ顔だけを意識しながら、剣を高く掲げて振り向いた。
「え?」
遠巻きに取り囲む南軍の1年生。
そのカブトに全員が赤い羽根飾りをつけていた。あろうことか手を振っているヤツまでいる。
「な、なに、そ、それ」
その後ろ側には、審判役のカクナール先生が、実に気の毒そうな表情で見つめていた。
恐る恐る、振り返れば「いたたた」と身体を起こしたのは、見たこともない顔だ。
「そ、そんな」
しかし、侯爵家の跡取り息子として、最後の最後まで矜持を保とうとした。
「そ、それがどうした! 見ろ、オレは軍旗を奪った! これを、これを燃やしさえすれば…… え?」
一番右側の生徒がスルスルと掲げた旗。
軍旗っぽい何かとしか言えない、明らかに偽物とわかる不出来な何か。
旗の下にはご丁寧に「こっちが本当です」とインチキくさい文字の書いた布が着いていた。
「え? ぐ、ん、き? ほんもの? あれはニセモノで…… こ、これは? ほ、ん、も、のだよ……」
取り巻く生徒達は、ドーンが持つ軍旗を頻りに指さしてる。
もはや放心状態に近いドーンは、指さされるまま、手の中に掴んだ軍旗の真ん中を見つめた。
あってはらならない文字が刺繍されていた。
「メリディアーニより、ショウ様へ愛を込めて」
ヘナヘナと崩れ落ちるドーンの目の前で、またしても何かが掲げられている。
今度こそ軍旗そのもの。
文字の書いた布が付いている。
「真心を込めた軍旗です」
え? え? え?
またしても掲げられた。
「歴史的にはホンモノかも」
そんな……
「軍旗、始めました」
意味わかんない。
「シン・軍旗」
次々と「軍旗」が掲げられていった。
「あ、え…… #$%”%&W”$’」
もはや耐えられる限度を超えていた。
仰向けに倒れ込んだドーンは「うわぁあああん」と泣きだして、ただ手脚をドタバタとするしかなかったのだ。
そこに、タイミング良く駆け込んできた一団がある。
ノーヘル副官達は、颯爽と一直線でやってきてカクナール先生へ。
渡されたものを確かめると、カクナール先生は右手を真っ直ぐに挙げた。
「北軍の軍旗と確認した。これにて南軍の勝利とする!」
わぁああああ!
ドーンの泣き声は、1年生達の大歓声によってかき消されたのであった。
・・・・・・・・・・・
本部山の上まで南軍の大歓声が聞こえていた。
エルメスの予言したとおりの喜劇というか、ここから見ても「コントのような」としか見えないエンディングだった。
どうやら、エルメスは、南軍の本陣に掛けられていた軍旗が、よくできたイミテーションであることに気付いていたのだろうと、ようやく他の者が気付いた。
軍旗を複数用意する、などという作戦は、誰も思いつかない。だが「軍旗を焼かれれば負け」であるなら、相手に軍旗を特定されないのは強烈なアドバンテージとなる。
しかも「軍旗を複製してはならない」というルールはどこにもなかった。それなのにエルメスはしっかりと見ていた。中央部分に堂々と「愛のメッセージ」が施されていた用心深さを。
こうなってくると「ニセモノの軍旗を作った」という言いがかりも不可能だ。もしも文句をつけられても、わざわざニセモノに愛のメッセージなど入れるわけが無いのだから。
あえて言うなら「副軍旗だ」とでも言い張れば、それで済む。
そして、軍旗を掲げるべき場所など、どこにも記されてないと改めて思い知らされた。
エルメスは、ホンモノは、ニセ軍旗の…… 副軍旗の下の土の中に埋めてあったのだろうと見当をつけているが、燃やされる対策として水に浸けておくのは常套手段である以上「土に埋めてはいけない」とも言えない。
あきらかに、このエンディングは狙って引き起こされたものだった。
そう思うと、エルメスは笑顔どころではなくなってしまったのだ。
ドヴェルクとムスフスは、楽しそうな笑顔を見せているが、エルメスの顔に浮かんでいるのは、驚愕、もしくは…… 信じられないことに「恐れ」であった。
たとえ一万人に一個小隊で向かうとしても、恐れることを知らないエルメスに、浮かぶはずのない表情だ。
リンデロンなどは「この男に、こんな表情があったとは」と素直に驚いているほどだ。
「念のため、先に言っておく」
と、声を絞り出すようにしてエルメスは言った。
「こちらのお二方はご存じだが、小僧はウチのアテナと真剣勝負をして勝った男だ。しかも、彼は相当に手加減をしていた」
二人の公爵は「女の子に勝ったことが、それほど大事なのか」と言いたげだが、騎士団長達はアテナの強さをよく知っている。
もしも酒の席で聞けば「アテナに勝った同い年の少年」なんて冗談だとしか受け止められない。そんなレベルの話だ。
「だから、最後の最後で一騎打ちをしたとしても負けることなどありえない。だが、あの勝ち方を選んだんだ。敵将を取り囲んだ時も、彼は身を引いて反対側にいた。もちろん意図がある。勝負が掛かっている時こそ、指揮官は不用意に前線に出てはならないということを知っているんだろう。だが、それだけではない」
傍らのノーマンに「結果の部分だけで見ると、むしろそちらの分野の話だと思うぞ」と話を振った。
「ん? どういう…… あぁ、よく考えてみると、結果がすごいな」
エルメスが、しみじみとした表情で目を閉じてしまったので、ノーマンは気付いたことを言わざるを得ない。
「結果だけを言葉にしてみると、こんな風に言える。『北軍は勇敢にも将軍自らが敵陣に飛び込んで最後まで戦い、唯一、生き残ってみせた』と言う武勇伝の形になる。現実はさておき、残る話としてはとても勇ましい逸話だ」
「惨敗なのにな」とエルメスの合いの手。
そこに一つ頷いておきながら、ノーマンは続けた。
「そうなんだ。歴史的な大敗と言って良い。完膚無きまでの惨敗を喫した。それなのに後の世に伝わる形だけで見ればドーン君はこの戦いでの名誉を保ったことになる。これがショウ君の計算だとしたら、確かに恐ろしい。勝つだけではなく、相手の立場までを考えて勝つ方法…… 勝ち方を考えたことになる。現実の戦争なら将軍クラスには、できれば、こんな発想を持ってもらえると政治家は楽だな」
リンデロンが、そこに独り言という形で割り込んだ。
「そういえば、南軍で死亡判定が出たのは2年生から借りてきた人材と、最後の最後で囮役をした子だけだ。これだけの惨敗だ。南軍の2年生は、この後の学園生活を考えると、むしろやられておいて良かったかもしれない。そして、最後にやられた子はおそらく諜報員をしていたのだろう。『信賞必罰』を目で見える形にしたものだと思えば理解できる」
ノーマンは続けた。
「そのくせ、副官を務めた子。あれはウチの分家筋で、ショウ君の代わりにメリディアーニのパートナーを務めたこともある子だがね。彼は『王立学園史上、初めて敵軍旗を持ち帰った男』という名誉を与えられた。これは相当な恩義を感じることになるな」
ノーマンは「さては人材としてほしいと言うことか。これだけ優遇してもらってしまうとノーヘルも断れないだろうな」とショウの胸中を読み取って苦笑している。
今の若手の中でも、最も将来性のありそうな人材を横取りされてしまったらしい。
そこでエルメスが目を開いた。
「気付いていると思うが、1年生は全員が槍を装備させられていた。アレはリーチの問題だと思う。1年生は一人もやらせないという意志表明ってことだろう」
そう言っておいて、深刻な表情で言った。
「何よりも怖いのは、ワナにせよ、防衛部隊のやり方にせよ、全てが巧妙にドーン君だけを避けるように配置されていたってことだ。平たく言えば、ドーン君をうっかり討ち取らないように、という設計になっていた点だ」
ウチの参謀を全員連れてきても、あんなマネはできないと、エルメスらしくないため息だ。
「それにしては、顔色が優れないようだが?」
「当たり前だろう。国軍の軍師でもできないような策略を練る男がデビュタントから半年なんだぞ。来年の今ごろになったら……」
最後の言葉を飲み込んだエルメスは立ち上がった。
「さて、国王陛下に、報告しにいくとするか」
二人の公爵はふむと軽く頷いたが、リンデロンが「いや、その前に」と言葉にした。
「少しばかり寄り道をする必要がありそうだ」
王立学園は「生ける国家非常事態」の三人による臨時母校訪問を受けることになったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
剣を折らずに、心を折った勝負でした。
なお、ショウ君はサムのことを他の1年生にはバラしませんでした。最後の役割を与えたのは、あくまでも「戦略研のメンバーだから」と言い張っています。
「ふふふ。便利な奴隷、一人獲得~」と口笛を吹いたとか。
なお、勝利のドサクサに紛れて、なぜか「南軍の副軍旗」が1枚紛失しました。もちろん、メリッサは、そんなことを気にしていません。さて、誰が持って帰ったんだろう? 笑
羽根飾りの規定は「将軍に許された飾り」であるため、まさか他の生徒に付けさせて上げるとは、誰も考えてなかったんですね。だから、ショウ君が外すと問題になるかも知れませんが、他の人が「似たもの」をつけても、問題なし…… たぶん。
軍旗については、次回に出てきます。なお、ドーン君を取り囲んだ1年生に最初に見せられた「軍旗っぽいもの」は、ショウ君が作ってます。わざと「ぜんぜんダメダメなニセモノ」を見せて、ニセモノが存在する可能性を示したわけです。人を陥れるのに手間暇を惜しまないショウ君でした。
次話は、地味ですが「後始末編」です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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