第18話 傾向と対策
ゲールが中2階の部屋に入ると、平凡な商人風の男は、ソファにも座らず土下座していた。
「話が違うではないか」
ゲールは激怒していたが、ここで怒鳴り散らすほどにバカではない。しかし、その背中を踏みつける程度には怒りを見せた。
むしろ、そっちの方が悪質なんだけどね。
ありえない態度ではあるが、1年がかりの計略が無と消えたのだ。ゲールとしては「この程度」のつもりだ。
「一個小隊の、それもかなりの精鋭を、それぞれ別の商人に扮して送り込むのに1年を掛けましたが…… まことに申し訳ありません」
再び平伏。
「たかだか学園のチビ一人に手玉に取られたというではないか! それが精鋭だと? アマンダの精鋭とはずいぶんとおしとやかと見える」
「恐れながら、我々も申し上げるべきコトが」
顔を上げること無く抗弁する。
「なんだ?」
「ホールには武器は存在しない。そのようにうかがっておりました」
「ヌケヌケと。己の不始末を、こちらのせいにしようというのか?」
「いえ。そのようなつもりはございませんが、複数の棍棒が使われております」
「たかだか棍棒だろうが! それも数本だぞ。その程度もなんとかできぬほどに軟弱な兵士が精鋭だとは、よくぞ申したものよ」
「非武装とは言え百名近い人間をたかだか小隊で襲い、あわよくば誘拐もという欲張った作戦なのですから、わずかな手違いがあっても破綻は起こりえます」
特殊部隊としては、単純に「誘拐してこい」か「手当たり次第に虐殺してこい」の方が、もっともっと成功率が高くなる。数を殺すだけなら水に毒を入れれば成功の確率は遥かに高いのだ。
とは言え、今回の計画も失敗する確率などゼロに等しいはずではあった。
失敗の理由は「棍棒」としか分析できてない。あとは、せいぜい、伯爵家の倅が見たことも聞いたこともない幻術で部隊の注意を引きつけたとだけが、いまわかっていることだ。
サスティナブル王国では、どちらかというと目立たない高位貴族であり、ノーマークであった。しかし、複数の「伯爵家の秘密」が使われたとの情報もあり、アマンダの情報組織では注目せざるを得ない。
しかし、同じサスティナブル王国内だというのに、ゲール王子は不自然に見えるほど注意を払っていないように見えた。
「まるで、何かをゴマかしているかのようだ」と商人風の男は考えている。
「棍棒とはいっても、しょせん、ただの棒きれだろう? しかも数本だ。何だったら、この部屋を探してみるか? 棒っきれの一本や二本、見つかると思うぞ?」
「しかしながら、情報に間違いがあれば、時に致命的な綻びになるかと。まして、手練れがおりましたからな」
「もともと、学園には騎士団切っての手練れが数人おるというのは伝えてあったはずだが?」
「その対策として苦労して馬車の床板に仕込んだヤリを3本も持たせたわけですが、それも相手が素手であることが前提です。ところが、始めから武器を持っていたとのこと。おまけに、
「その程度で泣き言か?」
「とにかく、これで近衛騎士団と公爵家騎士団の決定的な対立を作り出すという目論見は水の泡だ。ついでに言えば、公爵家に不満を募らせておいて各個撃破を図ることもできなくなったぞ。せっかく『黒髪の赤いドレスを狙え』という話まで伝えておいたはずだがな」
商人風の男に向かって、ゲールは「貸しにしておくが、条件がある」とニヤリとした。
「と申しますと?」
「今、
「目障りなヤツだそうです」
「では利害一致だな」
「と申しますと?」
「娘がダメだったんだ。息子をやるってのは悪くないだろ? 時間はある程度かけても良い。ただし、今度はしくじるな」
商人風の男は深く息を吐き出しながら「承った」ともう一度頭を下げる。
その所作はせめてもの抵抗だ。
公爵家の跡継ぎを、よりによって西方で暗殺すれば、その怒りに任せた報復を受け止めることになるのは明白だからだ。
今回、わざわざガバイヤ王国の武器を持たせた小細工も、東方訛りを使える「精鋭」を雇ったのも、全ては「なすりつけ」のためだ。全てが終わった後、口を封じるために、同じ孤児院を母体とした係累の無い人間だけで作った部隊だ。
『成功しても、失敗しても、生きてこの国を出られないというのは、教えてなかったからなあ』
その意味では、さすがに気の毒に思うが、国のための礎だと思うしかない。そのあたりをサバサバと考えられないと情報機関で長くは生きられないのである。
そして、この部隊がサスティナブル王国の公爵家令嬢二人を誘拐し、無残なさらし者にすれば、生き残りの証言や、置き捨てられた武器などを見て、怒りが全てガバイヤ王国へと向かうという仕掛けだ。途中で捕らえられる者も出るはずだが、その
もちろん小細工がそのまま通用するわけも無いが、少なくとも「なすりつけ」は可能なはずだった。
しかし、今回の「失敗」にはどう考えても裏があると睨んでいた。さもなければ成功失敗以前の問題として「一個小隊でパーティー会場を襲って一人の死人も出せなかった」などという夢物語はありえないというのは、分析するまでも無いのだ。
『どうやらガバイヤ王国が裏にいたというわけか。わざわざロイヤルガードを空白にさせたのも裏取引だったのかもしれないな。ならば、かの国の影という存在が「無いはずの武器」を突然、出現させたという奇術の種だとわかるというものだ』
改めて、目の前のゲール王子を密かに観察した。短慮で、完全な愚物だというのが昨日までの評価だった。
『思っていた以上に頭が切れるのかも知れんぞ。ひょっとしたら能ある鷹は爪を隠すの類いであったらしい』
相手国の重要人物を過小評価するのは、外交上の禁忌でもある。
『こいつに、権力を握らせるという方針も、再検討だな』
しかし、アマンダ国の影の外交官である、この男は知らなかった。ゲールが、単純に「娘がダメなら息子だ」という嫌がらせのことしか考えていなかったことを。
サスティナブル王国の諺には「他人の
そしてもちろん「武器が無いはずのホールに棍棒が突然出現した」という意味を、ゲール王子が考えもしてなかったのだとは、さすがに思いもしないことだった。
・・・・・・・・・・・
「弟とは言え、ロウヒー家の家長たるジャンは、たいそう心配しております」
「ミントス。そちの心配もわかるがな、今は時期が悪いのだ」
ここは第1側妃の離宮である。なんだかんだで、王にとっては、ここが一番居心地が良いのだ。
「陛下は、いつもそう仰って先延ばしなさいました。あげく、こうなってしまわれたではありませんか」
「ゲール自身が拒んでいるんだぞ? そちだって説得に失敗したではないか」
「そんな悠長なことを言っている場合ではございません。もう、この際、王命でよろしいのではございませんか? シュメルガーでもスコットでも。とにかく娘を差し出せと命じれば、どうとでもなります」
「しかし、両家とも婚約は発表しておらぬが、事実上はカーマイン家と結ばれておるぞ。しかも、今回で王国の小英雄として知られてしまった。そこに横やりを入れると国が乱れるであろう」
「多少の活躍をしたからといって、それが何でありましょう。しょせん、伯爵家は伯爵家ではございませんこと? 大陸一の強国である我が国の御三家の令嬢を、よりにもよって伯爵家の息子が独り占めということ自体が、理に反していると仰れば良いだけではありませんか」
「しかし、だな」
家臣の婚姻に王命を持ち出せば、歴史上「愚王」のレッテルを貼られる可能性があることを、さすがに知っている。
「それでは、提案がございます」
「提案とは何だね?」
「今回、褒美を提案したのは
「何を言わせるのだ?」
王は警戒した。ミントス妃に、そこまでの計画性はない。したがって、良くできた提案を持ち出してきたとしたら、そこにはロウヒー家の陰謀が隠れているはずだ。
その程度の腹芸はできて当然である。
「恩賞を、もう一つ付け足せば良いのです」
「恩賞を付け足すだと?」
「今、件の者は、公爵家の令嬢をことごとく恋人としているとのこと。そして側妃が親であるカインザー侯爵の娘。ふふふ。これじゃあ、どっちが王子かわかりませんね」
「イヤミを言うでない」
王は、さすがに嫌な顔をした。そんなウワサがあることも重々承知していた。
「今までに、カーマイン家がどのような奇術を使ったのかはわかりませぬが、今回の恩賞の儀においてジャンが王命を要請して新たな嫁を指名すればどうなるとお思いですか?」
「ん? 新たな嫁だと?」
「はい。王国法によれば、高位貴族家は、
「どういうことだ?」
「まだわかりませぬか?」
たとえ、内々であれ、王の前ではクスクスクスと口元を扇で隠しながら笑うのは、側妃として当然の嗜みである。
「確か、王国西端のハーバル子爵家には、来年の春に卒業を迎える娘がおります。名前は」
「おぉ、確かニビリティアという名であったな。少々痩せておるが、才媛であることは間違いない。その者を紹介すれば良いのか?」
「はい。あるいはゲールの嫁にとも考えておりましたが、昨日確かめて参りました。白い結婚でも良いという取り引きであれば誰でも良いと。であるなら、公爵家と結んでおいた方が、今後のためかと思います。なに、いずれはあの子も少しは気が変わって一人や二人、産ませることが出来るやしれませぬ」
「しかし、それを公爵家が飲むか? 事実上、伯爵の息子と婚約をしておるのだぞ?」
「公爵家の方とは正式な婚姻は結んでございません。しかも、たかだか伯爵家と子爵家との婚姻です。王命で結婚相手を紹介して何が不都合でしょうか? もちろん、それが公爵家にとって不満であれば、もっと格上の結婚相手を紹介すると仰ってみればよろしいかと」
「なるほど! そのようにすれば、公爵家の不満を慰めるために王子との結婚を認めたと、そういう形になるわけだな?」
「御意」
笑顔で頷くミントスであった。
「ふむ。少々話を詰める必要があるかもしれぬな」
王が小さく手を奇妙な形で振ると、ついさっきまで誰もいなかったはずのカーテンの裏側から、一人の可愛らしいメイド姿が出てきた。
王宮専用のメイド服姿だが、見るものが見れば、そこに一点のスキも無い動きであることは明白だった。
王家の影による連絡係である。符丁を使うときとは違い、できる命令の範囲は限定的だが、たいていは「内々の呼び出し」に使う程度なため問題ない。
「大至急だ。離宮に」
誰をと言う必要は無かった。
「わかりましたぁ。すぐにお持ちいたしまぁす」
持っている雰囲気とは激しくギャップのある可愛らしくもバカっぽい返事をして見せた娘は、堂々と扉から退出していったのである。
一方でミントスはテーブルのチャイムを鳴らした。
チリーン
ノータイムで現れるメイドである。
一礼すると、作法通り、3メートル手前で止まり、用向きを待った。
「陛下は、この後、あやめをご覧になります」
「かしこまりました」
王宮内の「あやめ」は離宮にしかないのである。
側仕えとロイヤルガードは、全力で、陛下の気まぐれに応えようとしたのである。
・・・・・・・・・・・
その日、今回のテロ事件での捕虜達が、拷問の合間に、次々と謎の死を遂げたのは関係者の間で頭を抱える問題となった。
リンデロン様は、その報告書を無表情で破り捨てたと、家宰のヘンリーは日記につけたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
※ 婚族……当主の3親等以内の人間が結婚することで関係を深めた貴族家。あるいは、その貴族家との関係を言う。サスティナブル王国では、高位貴族は同一人による婚族を年に一つしか増やすことができない。(ただし、同時に複数と結婚した場合を除く)
余計な注釈:ミントス妃の狙いは「子爵家からの嫁」を迎えさせることで、まだ正式な結婚をしてない公爵家や、側妃として娘を迎えられたカインザー家の不満を膨らませようとしたことです。ひいては、公爵家からの抗議を待ち構えて「それなら、お詫びに王子と結婚させましょうw」という王命を出しても文句を言えない状態に持っていき、同時に、カーマイン家とカインザー家との関係を悪化させてしまおうという地味な嫌がらせ作戦です。もちろん、ロウヒー侯爵家が抱える優秀な参謀達が考えた作戦です。
以前にも書きましたが、西側にアマンダ王国、東側にガバイヤ王国、南方にサウザンド連合国、そして北方が騎馬を主体にした遊牧民族の混在地です。
4つの国、地域の国力を合わせるとサスティナブル王国の9割ほどになります。王国の国力を10としたら、それぞれは3:3:2:1くらいです。それぞれの国は、一つずつを見れば国力差がありますが、片手間に攻め滅ぼすのは不可能です。かと言って戦力をどちらかに集中すれば、他がやられてしまうため、国力は圧倒的に違っても、バランスを取ることが必要になります。
みなさま★★★評価へのご協力に、とっても感謝しています。
本当にありがとうございます。
お手を煩わせていただいたおかげで、順位アップ!
作者のやる気は爆上がりです!
応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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