第2章 王立学園編
第1話 股くぐり
前略。バネッサへ。
入寮早々に、いきなりのピンチでした。
ホールから男子専用の金獅子寮へとつながる廊下で、ゲヘル第2王子に絡まれたんです。
「だ、か、ら! どけって言ってるだろ」
君が知っての通り(まだ、お姉ちゃんのことを「君」とか言うと照れるね。テヘッ)廊下の中央部にはカーペットが敷かれてて、平民並みにそこから外れて
「それでは、どいたことにならない」
って声高に主張して、トゲトゲしい声が、だんだんとデカくなった。
「おい、てめぇ!」
いきなり出てきた嗜虐心を目一杯ため込んだズルがしそうな男。
ガンッ
名乗りもせずに肩を突き飛ばしてきた。まあ、このくらいなら痛くもないし、無視も可能だけど、一応、たじろいでみせるのはマナーだよね?
「ミヒャエル王妃殿下をお母上にお持ちのゲヘル王子殿下がお通りになるんだ。伯爵家の小せがれが、どうしたらいいかくらいは分かるだろう」
「このようにして端に寄っておりますが?」
「口答えするな! オイ、キサマ、誰に口をきいてる!」
さっきから、さりげなくペンダントの家紋をひけらかしているけど、たぶんトライドン侯爵家の紋だろう。ってことは、その息子のオイジュとかいうやつだと思う。
デビュタントで顔を合わせているはずだけど、全然記憶してない自分に気がついたよ。あの時は、色々とプレッシャーがあってさ。
「よせ。下賤なモノには、高貴なる血筋に対する敬意の見せ方がわからないんだろう。乱暴はするでないぞ」
文字で書くと
周りを取り囲んでいたのは、おそらく男爵か騎士爵辺りの息子達だろう。ニヤニヤしているヤツもいるし、気の毒そうに目を逸らしているヤツもいる。
まあ「就職」が掛かってるもんね。エライヤツに媚びておくのは仕方のない処世術さ。あ、心配しないでね。なぜか、最近、大人っぽい考え方ができるようになったから、同級生のヤッてることが子どもぽすぎて、逆に腹立たしくならないんだよね~
その時も「学園デビューをしたいって、一生懸命、頑張ってるんだね」みたいな感じで、ついつい笑ってしまったんだと思う。
「てめぇ! 何ニヤついてる!」
いきなりオイジュ君がガシッと腹を殴ってきた。まあ、よけても良かったんだけどね。
「クッ、痛って~ コイツ、腹に何か入れてる。卑怯者め」
いや、大勢で取り囲んで、しかもいきなり殴ってくる人に言われてもねぇ。苦笑しかなかった。
もちろん、腹に何かを入れてたわけじゃないよ?
ただ、最近、ずっと特別に身体も強化してきた効果が出てるんだ。
ほら、このあいだも街のゴロつきどもをバットで簡単に片付けられたでしょ。あれも、そのおかげなんだよ。
あの時から、さらに「レベルが上がる」くらい強化したからね。
俊敏性に筋力、それに身体そのものが強化されてるよ。ちなみに、今じゃアテナと立ち合っても、相手にならないほどの差が付いたんだ。ちょっと自慢だよ。
って、まあ、今のオレは、肉体派のリーダーである騎士団長クラスと互角くらいになってると思ってくれ。
正直、オイジュ君が思いっきり殴っても、オレを痛めつけるどころか自分の手首を痛めるのがオチ。
憎々しげに右手首を押さえながら侯爵家令息のオイジュ君は「どうしてもどかないつもりだな」と
だから、壁にへばりついているのに、これ以上どうしろと?
相手がどう出るのか、いっそ、楽しみだったよ。
「よし。そういう礼儀知らずには、侯爵家嫡男であるオイジュ様がシツケをしてやろう」
「え~ 超、嫌なんですけど」
「貴様! 高貴な身である侯爵家に逆らうつもりか!」
「いえいえ。全くそのつもりはございません。侯爵家に逆らう伯爵家がおりましょうか?」
「当たり前だ」
「ところで、オイジュ様の仰ることはトライドン侯爵家の総意ということでよろしいので? 気に食わないと伯爵家の人間を殴っていいなんて御家ではお考えなのですね? もしもそうであるなら伯爵家の人間として従いますよ? もちろん、その後、それを黙っているつもりはございませんが」
家として、そういう方針だって、嫡男が公言しちゃったらヤバいじゃん? 確かに身分の差はあるけど、君も知っての通り、貴族は「エレガント」を要求されるもんね。
「侯爵家の方針は、下の身分の者に対して殴って従わせることだ」なんて明言しちゃったら途端に白い目だもん。父親に知られたら、オイジェ君、マジでヤバいはず。
絶対に、それは避けたいから、案の定、顔が真っ赤 笑
「そういう口の利き方が逆らうっていうんだろうが! 大人しくしてれば良いんだよ!」
「え? ヤダぁ」
笑って拒否したら、さらに真っ赤な顔になっちゃったよ。ちょっと、煽り耐性弱くない?
なんて思っちゃって、つい心の中で「ね? 顔、真っ赤にしちゃってるけど?」的に、さらに煽る言葉を無数に浮かべてしまったんだ。
そうしたらオイジュ君は「そういう生意気なヤツは、オレと決闘する勇気があるんだろうな」と言ってきた。
あ、ちなみに、オイジュ君は子どもの頃から鍛えられた剣が自慢らしい。
「いえいえ。めっそうもありません。侯爵家のご嫡男様と決闘だなんて」
瞬殺できるのはわかってるけど、決闘で怪我をさせると後で面倒そうだもんね。
「臆病者が!」
「へへへ。臆病者でこそ価値がある場合もありまして」
お子様と喋ってると思ってるから、こっちは腹が立たないけど怯えもしないわけでしょ? たぶん、それが悪かったんだろうな。
やつは懸命に考えたみたいだ。
「この臆病者め! それならオレの股をくぐれ。そうやってゲヘル様の邪魔にならない所に行くのだ」
「え? 股くぐり?」
「臆病者にはふさわしい。ほら、オレの股をくぐってみろ!」
ぐわっと、短い脚を広げちゃってる。
えっと、マジで意味がわからないんだけど。なんか、それをやらせて楽しいの?
ま、いっか。
「OKでーす! じゃあ、くぐりますね!」
「え?」
おそらく、オレが喜々として四つん這いになるってことは計算してなかったのだろう。むしろ、それで斬りかかってきたところを「成敗する」って計算をしていたっぽい。
でも、ハイハイをするだけで、この場を切り抜けられるなら、そっちの方が良くない?
韓信の股くぐり、じゃん! やった。(ごめん、わからないよね。遠い外国の話だと思ってね)
「はい、通りますよ~」
膝を付けて股下を通り抜けようとしたときだった。
「「ショウ様!」」
公爵家令嬢の声だってことは瞬間的に理解したよ。だったら、しゃがんだままの返事は、騎士としてのモラルに反するよね。
オレは勢いよく、立ち上がったんだ。
「はい!」
「うぎゃあああああ」
え? だって、公爵家令嬢が呼ぶ声がしたら、すぐに立ち上がって返事をするのがマナーだよね?
うん。オレは全然悪くない。
立ち上がった瞬間に、頭のてっぺんにグニャっていうヘンな感触があったけど、オレはマナーを守っただけだから悪くないよね?
「あぁ、ご令嬢方。お久しぶりです」
「父上に認められた交際相手に、ご令嬢だなんて呼ばれたら哀しいです。メリッサと、お呼びいただかないと」
メリッサちゃんが右腕をガッチリホールドしてきた。
「添い遂げるべき相手に、そのようなお言葉をいただくこと。メロディーは哀しゅうございます」
と、左腕をガッチリホールドしてきたメロディー。
そして、目の前で悶絶中のオイジュ君。
「お、おま、え」
何か言おうとしてるけど、口から泡が出てるよ?
「オイジェ様、どうなさったんですか? 公爵家ご令嬢の前で寝るのはマナーに反しますよぉ」
「$%#&%……」
そこで力尽きるオイジェ君。
ギリギリギリっと歯を食いしばってみせるゲヘル様が目を血走らせてこっちを見てる。一方で、メリッサとメロディーの前ではカッコをつけたいはずだ。
「貴様ぁ」
「え? わたくし、何かいたしましたか? ご令嬢に呼ばれて、返事をしただけでございますよね? もしも、問題があると言うことでしたら、ご令嬢方とともに、職員室で平和的に話し合うのはいかがでございましょうか?」
ご存じの通り自治が重んじられる学園だけに、どれだけ「学園内は平等」を謳っていても、実際にはこの程度の絡みがあって、でも、それを切り抜けるのも能力のウチっていうのが建前。
でも、王子と公爵家令嬢が絡んだトラブルってことが「正式」に教師に知られてしまったら、ちょっと不味いのはわかってる。
「殿下? オイジュ様はご体調が優れぬご様子。ここは、臣下に対する度量をお見せになるべきかと」
「お、お前に言われなくてもわかってる! オイ、おまえら、何をぼけっとしている! コイツを医務室まで運ぶんだ」
その姿をオレはご令嬢方と並んで、にっこり見送ったんだ。
P.S.次の休日は王都のカインザー邸に遊びに行きます。
パフパ…… えっと、ボクは元気です!
親愛なるバネッサ様へ
ショウ・ライアン=カーマインより愛を込めて
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
学生の間は全員が寮に入って「同じ釜の飯を食う」のが、サスティナブル王国建国当時に「
漢を建国した三傑の
当然、歴史オタの主人公としては、このエピソードを体験できると思ってワクワクしていました。でも、途中で立ち上がったのは「
この世界の貴族の習慣で、正妻・側妃となると名前の=より後ろが相手の家門名に置き換わることがあります。日本で言うと「結婚して姓が変わる」みたいなものだと思ってください。
みなさま★★★評価へのご協力に
とっても感謝しています。
本当にありがとうございます。
お手を煩わせていただいたおかげで
作者のやる気は爆上がりです!
応援してくださるみなさまに
作者は大感激しております。
年が明けても、ますます頑張ります!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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