第34話(ソフィア視点②)

「ソフィが泣きそうな時は兄ちゃんが必ず助けに行くからさ。だから泣きそうになっても笑っときな。笑っていれば、少しの間くらいは辛い事も悲しい事も忘れられるだろ?」


 兄はそう私に喋りかけてくれた。


「それに兄ちゃんも母さんも父さんも皆、ソフィの笑ってる顔が一番好きなんだ。ソフィが悲しい顔をしていると、俺も母さん達もさ、ソフィと一緒に悲しい気持ちになるんだよ」


 兄はそう言うと、私の手を握ったまましゃがみこんだ。そして私の目を見てから続けてこう言ってきた。


「だからさ、そんな悲しい顔なんかしないで、ソフィには笑顔でいてほしいんだ。どうだ、良かったらさ……これ約束に出来ないか?」


 兄はそう言いながら、手を繋いでない方の手の小指を私の目の前に差し出してきた。私はまだ悲しい気持ちが残っていた。でも……


「……うん、約束する。その代わり……お兄ちゃんも約束守ってね」


 まだ悲しい気持ちは残っているけど、それでも兄がそう言ってくれたのが嬉しかった。 だから私は兄に向けて笑いながらそう答えた。


「あぁ、もちろんだよ。ソフィが悲しんでしまう前に……いや、ソフィが笑ってる間に兄ちゃんが必ずを助けに行くよ。 約束だ」


 そう言って私は兄と指きりをした。私が笑顔を見せた事で、兄もホッとして優しい笑顔を私に見せてくれた。


「よしそれじゃあせっかく都市部まで来たんだし、何かソフィに買ってあげるよ!」

「え、本当!?」

「あぁ本当さ ソフィは何か欲しい物あったか? 露店は沢山あるし、欲しい物があったら教えてな」


 私は露店周りをキョロキョロと見渡した。そしてすぐに欲しい物を私は見つけた。それは綺麗な首飾りだった。


「うん? 欲しい物が見つかったか?」

「うん、あれ……凄い綺麗だなって」


 私は近くの露店に置いてあった首飾りを指さした。兄は私が指さした方向にある首飾りを見た。


「どれどれ……あぁ、首飾りか。はは、ソフィもそういうのが気になるお年頃なんだな。 今売ってるのはちょうど二個だけか、よし!」


 そう言って兄は売られていた二個の首飾りを買ってきた。


「ソフィはどっちの色がいい?」

「うーん……じゃあ赤色!」


 私は赤色の首飾りを指さした。


「赤色だな? じゃあ……これでよしと!」


 そう言って兄は私に赤色の首飾りを付けてくれた。


「よし、それじゃあこの首飾りは今からソフィの御守りだ! 俺がいない時はこの首飾りがきっと俺の代わりにソフィの事を守ってくれる。だから大切にしてくれよな! ……ちょっぴり高かったしさ……」

「うん、大切にする! ありがとう!」


 そしてもう一つの青色の首飾りは兄の首に付けた。兄妹でお揃いの物を身に着けるのはこれが初めてだった。兄とお揃いの物を付けれるのが、ちょっと嬉しかった。


「じゃあ母さん達も心配してるだろうし、もうそろそろ行こうか」

「うん!」


 手をつないで歩いている道中、私は気になった事があったので聞いてみた。


「……ねぇお兄ちゃん。そういえば、なんで私を見つける事が出来たの?」


 泣いている私を兄はなんで見つける事が出来たのかを尋ねてみた。


「……ぷ、ぷはは! おいおい、そんな当たり前な事聞くなよー。ふふん、妹がピンチな時にすぐに駆けつけるのが兄ちゃんの役目なのさ!」


 兄は笑いながらそう答えてくれた。それが私には本当に嬉しかった。


◇◇◇◇


「……夢……?」


 私は目を開けると、辺りはもう真っ暗闇だった。


「……あ……」


 そして目の前には女の子が眠っていた。ずっと膝枕をして貰っていたようだ。その女の子とは初めて会ったはずなのに、何故かそんな気がしない不思議な女の子だった。


(だから懐かしい夢を見れたのかな?)


―― わ……ら……って……


 それは昔……泣いている私に兄がしてくれた慰め方と同じだった。


 泣いている私を勇気づけるために優しい言葉を投げてくれた兄の事を思い出して、先ほどはついつい笑ってしまった。


(……本当に……不思議な子だな……)


 私は眠っている彼女の顔を見つめながらそう思った。


(……でも……このままだとこの子の命も危ない……)


―― お前だけは必ず殺すよ……


「……っ……」


 先ほどから平静を装ったつもりだったけど、私の頭の中ではその言葉がずっと離れなかった。私の事を絶対に殺すと言っていたあの蛇の化物の事を嫌でも思い出してしまう……。


(あの化物は私の匂いを探知出来るって言っていた……)


 この湖が先ほどの街道からどれくらい離れているのかわからない。でも、この女の子が1人で連れてこれる距離だから、そんなに遠く離れた場所では無いと思う。


 それにもう辺りは真っ暗だ。正確な時間はわからないけど、あの街道での出来事から既に半日は経っているはず。だから……あの蛇の化物に見つかるのも時間の問題だと思った。


(私と一緒にいたらこの子も殺されてしまう……)


 それだけは絶対に嫌だ。私のせいでこの子まで危ない目に合ってしまうのだけは……絶対に嫌だ。


(……この子が眠っている間に……この子からなるべく離れてあげないと……)


 あの蛇の化物は私を追っている。そしてこの子の事は見逃すと言っていたけど……でもその約束をあの化物がちゃんと守ってくれるかどうかはわからない。


 だから私があの蛇の化物に見つかるまでに、なるべくこの子から離れてあげたかった。この子が少しでも危険な目に合わないようにしてあげたいからだ。


(一緒に殺される必要なんて無いよ……だってこの子は関係無いんだから……)


 私はそう思ってこの湖から1人で出ていくことを決めた。私はゆっくりと彼女の膝から頭を浮かしながら体を起こした。


 そして私は彼女の顔を改めてもう一度見つめてみた。年齢はほぼ私と変わらないのに、こんな危険な目に合わせてしまった事に申し訳なく思った。


(……ありがとう……そして、ごめんなさい……)


 私は心の中で彼女に向けてそう呟いた。そして私はそのまま静かに立ち上がった。


「……っぅ……」


 立ち上がった瞬間に足に激痛が走った。でも声だけは出さなかった。寝ている彼女の目を覚まさせないためだ。


「ふぅ……ふぅ……」


 私は息を殺しながら立ち上がり、貸してもらっていたローブを脱いだ。そして私はズボンのポケットに入れていた……赤色の首飾りを取り出した。


(これは私が持っている唯一の宝物)


 それは兄が私に買ってくれた思い出の首飾りだ。


 その首飾りは御守りとしていつも身に着けていたのだけど……でも今日は逃げる時に首飾りのチェーン部分が切れてしまったので、そのままポケットの中に入れていた。


 そしてあの蛇の化物はどうやら私を殺した後にこの首飾りを奪うつもりらしい。でもあんな化物に奪わせるつもりは一切無い。


 だから私はその首飾りをローブのポケットに入れてから女の子にそっと羽織わせた。


(これは私から君への贈り物だよ。だから……良かったら大切にしてくれたら嬉しいな)


 私は眠っている彼女に向けて、心の中でそう呟いた。


(兄さん……この子の事を守ってあげてね……)


 そして御守りの首飾りに彼女の事を守って貰えるように祈った。


(それじゃあ……ありがとう……本当に……)


 私は最後にもう一度、眠っている少女に対して感謝の気持ちを心の中で伝えた。そしてそのまま私は足を引きずりながらこの湖から出ていった。

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