闇堕ちをしてしまった魔王軍の女幹部(人間)が死に戻りをしてもう一度だけ人生をやり直す話

tama

第一章

第1話

 魔王城、幹部の間。 私は勇者との死闘の末、ついに勇者が手にしていた剣が私の体に突き刺さった。


「ごほっ……が……ふっ……」


 私が着ていた軍服はどんどんと血に染まっていった。 私は吐血しながら倒れ込んだ。 それは誰がどうみても致命傷だった……もう私が助からないという事は勇者達から見てもそれは明白だった。


「ステラ……どうして……」


 勇者は倒れ込んだ私を見下ろしながら悲しそうにそう呟いた。 そして勇者の仲間達も倒れ込んだ私に近づいてきた。


「……ごぼっ……ごほ……どうしてって……ふふ、どうして……かしらね……」


 私は魔王軍の幹部“毒の剣姫”ことエステル・アークライト。 私は人間なのに同胞を裏切って魔王軍に属したどうしようもない女だ。 今まで生きてきたこの19年もの間に、私は何人もの人間を屠ってきた。 だから最後は同胞である人間の手によってに殺される事になるというのはただの因果応報なだけだ。 今まで私がやってきた悪行の報いを受ける日が来た、ただそれだけなんだ。


「駄目……ステラ……死んじゃ駄目……っ!」

「ソフィ……ア……?」


 薄れゆく意識の中、私の事を呼ぶ声が聞こえた。 この声の持ち主はソフィア・フォールレイン。 勇者パーティに所属している魔法使いの女の子だ。 年齢は私の一つ下で、明るい金色のさらさらとしたロングヘアが特徴的な可愛らしい女の子だった。 私が勇者パーティに参加していた時に一番仲良くしていた女の子だった。


 ソフィアは慣れない手つきで回復魔法を私のために使用してくれていた。 私の体の傷は少しずつ塞がってきたけど、それでも内臓の傷までは治せない。 それに出血量も膨大だったし、もう助かる事はないと私は悟っていた。


「ソフィア……もう……いい……よ」

「な、何を言ってるの! 駄目よ……死んじゃ……」


 私は無駄に魔力を消費させる訳にはいかないと思ってソフィアの回復魔法をする事を止めさせた。 ソフィアの瞳からは涙が溢れ出ていた。 そんなソフィアの悲しそうな顔を見て私は申し訳ない気持ちになっていった。


「……ごめんね……」


 元々私には感情というのは無かった。 私の両親は幼少の頃に魔族に惨殺され、私自身は魔族の奴隷としてずっと酷い生活を送っていた。 私は毎日死にたいと願いながら日々を過ごしていた。 しかしとある日、魔王によって私に膨大な魔力を秘めている事を見出してきた。


 それから魔王は奴隷の私を最強の戦闘員にするべく幼少の頃から様々な教育を施してきた。 その結果私は感情を失い、魔王の手足として動く最強の人間兵器となったのだ。 魔王軍の幹部になってからは主に人間の住む地域や軍隊へ潜入する工作員として働いていた。


 その指令の中には勇者パーティへ潜入するというものもあり、私はその指令に従って勇者パーティに加わっていた時期があったんだ。 でもそこで出会った沢山の人々との交流は私を“奴隷”から“人間”に戻すには十分過ぎる程だった。 特にソフィアとの出会いには感謝しても仕切れない程だ。


 ソフィアは勇者パーティに加わっている間に、沢山の思い出を私に与えてくれた。 それはとても温かい思い出ばかりだった。 奴隷だった私にこんなにも優しくしてくれる女の子がいるなんて当時の私はとても驚いたものだった。


 それにソフィアも私と同じく、家族を魔族に殺されてしまった女の子だったんだ。 それなのにソフィアは悲観せずに前をしっかりと向いて生きていた。 毎日死を願っていた私とは違って、ソフィアはとても強い女の子だった。 だから私はそんな優しくて強いソフィアの事を尊敬していた。


「……ごほっごほっ……」


 だから私は勇者パーティのために命を棄てる事になっても後悔は一切無い。 私は魔王軍幹部“毒の剣姫”エステル・アークライト。 悪逆たる魔王軍の幹部である私が勇者パーティによって討伐されたという事実はきっと魔王軍に衝撃を与える事になるだろう。 それに久々に勇者パーティと一戦交えてみたけど、勇者達は相当強くなっている。 これならきっとあの魔王を倒してくれるに違いない。


「……ごほっごほっ……ふ、ふふ……」

「……え? ス、ステラ? ど、どうしたの?」


 私が笑ったのが気になったようでソフィアは涙を流しながら私に尋ねてきた。 私はこれからの世界の事を想像してつい笑みを溢してしまったんだ。 私が子供の頃から望んでいた平和な世界がきっと近い内にやってくるんだ。


(……でもその世界では私はどう扱われるんだろうな……?)


 いやそんな事わかりきってる。 私はこの世界を混沌へと導いていたのだから……きっと悪名として広く名が知れ渡る事になるだろう。 でもそれで良い。 それが私が選んだ道なのだから……だから、もう私には心残りはないよ。 勇者達が魔王を倒すその瞬間を目にする事は出来ないけど……でもきっと倒してくれるって信じてるから。 だから皆……頑張って……ね。


「……う……ん?」


 その時、ふと私の手をソフィアがぎゅっと握ってくれている事に気が付いた。 ソフィアは泣きながら私の手をしっかりと握ってくれていた。 それは私の心を温かくさせてくれるのは十分過ぎるものだった。


「あぁ、本当に……本当にどうしようもない人生だったけど……でも……最後に貴方に出会えて……本当に良かっ……た……」

「ステラ……? ステラ! ねぇ、目を開けてよ! ステラってば……!」


 こうして私――エステルはそこで息絶えた。 たったの19年の人生だった。

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