第2話 薄情な私
「愛菜ちょっと!」
障子に手をかけ、固まったままの姉が手招きした。
私は畳の上を這うように近づき、障子の向こう側、下に伸びる階段を見る。
「……だれも……いない」
「やだもう! なんなのよ」
「知らないよ。私に怒んないでよ」
「だって、だってさぁ。聞こえたでしょう?」
「聞こえたよ。聞こえたけど……空耳だったんじゃないかな」
「空耳って」
「だって誰もいないじゃん!」
空耳だと思いたい。
だってそうじゃないと、どうなると言うのよ。
お通夜で怪談なんて、冗談じゃない。
そんなの怖くて嫌すぎる。
まだ母たちが起きてくるまでは、かなりの時間がある。
それなのにココにいるのは私と姉だけ。
最悪だ。何かあったって、どうにも出来ないし。
「空耳だよ、空耳。空耳じゃなきゃ、どうなるのよ」
「……そうだね。だって、階段の途中でどこにもいけないもんね」
そう、消えない限りはどこへも行けない。
しかも確かにあの足音は階段を昇っていた。
昇った先はここでしかないのに、これ以上考えたくもない。
「あんたさ、先に寝なよ」
「はぁ? この状況で寝ろって何よ」
「だって、疲れすぎて喘息の発作出たら困るじゃん」
「それはそうだけど……でも薬は飲んだし、吸入もしたよ」
姉と違って持病のある私は、あまり無理が出来ない。
明日は朝から祖父の遺体を寺に運び、そこで葬式が行われ、火葬場に行くことになる。
確かに、少しは寝ないと体が持たないけど。
だけどこの状況で寝れるほど、神経図太くないんだけど。
「ほら。あたしが先に線香の番してるし、あんたが寝てるのも見てるから」
「それはそれでどうなのよ」
「二時間交代すれば、なんとかなるでしょ」
「いや、そこじゃなくってさ」
「じゃあ何よ」
「おねぇに寝顔見られながらって、嫌じゃん」
「馬鹿じゃないの。昔はずっと二人で寝てたでしょう」
「そりゃそうだけど」
「まぁ、むしろこの部屋ってのが微妙だけどね」
んー。どうしようかな。
寝たい気持ちはあるけど、姉の言う通りココで寝るってどうなの。
線香の揺れる祭壇の後ろに置かれた棺桶を、私は見た。
近しい人の死に馴れない私たちは悲しさを通り越し、言い様のないモヤモヤとした感情だけが胸にあった。
元から祖父とそれほど思い出があったわけではない。
遠くに住んでいて、数年に一回会ったくらいの記憶だ。
嫌いとか好きとかではなく、それすらも感じられないほど遠い存在。そんな感じだった。
だからこそさめざめと泣けない自分が、嫌だった。薄情だと思われている気がして。
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