インターリュード
インターリュード
玄関を出ると駐車場は静まり返っていた。母さんの車以外満車になったスペースには持ち主が再び乗る日を夢見て死んだように置き捨てられている。
空気は冷え冷えとしていて肌を刺すよう。空を見上げれば、真っ暗な闇の中に星々が瞬いていた。こんなにも星が輝いてるのを見たことはちょっと記憶にない。
「寒くないか?」
自動販売機の釣銭口を調べていた永井は首を横に振った。ジュースやコーヒーが映し出された光が永井の顔を黄色く染めている。
足音を潜めてアスファルトの道を踏み出す。街灯の光で闇とまだら模様になった道路には命の気配は一切感じられない。少し前まで咲き誇ってた桜の樹の下を通り過ぎるが、若葉はその生長を停めてしまっているように思えた。
自転車であれば件のショッピングモールまで10分もかからないが、徒歩であれば倍以上はかかってしまうだろう。その間に警察のパトロールに遭遇しないだろうか? 変質者や暴走集団とエンカウントすることだってあるかもしれない。そして、晦虫だってその辺の影に潜んでいるかもしれないのだ。まったく現実もゲームとあまり変わらないな。
思わずバットを強く握りしめるが、待て待てともう一人の自分が諫める。こんな時間でも母さんみたいに普通に帰宅する人もいるだろうし、認知症で徘徊している老人だっているのだ。いちいちバットで殴りつけていたら僕のほうがよほど危険人物だ。
一度深呼吸をすると冷えた空気が肺の中に沁みていく。ちらりと後ろを覗うと永井は黙って後ろについてきた。表情は無表情。特に怯えたり緊張したりすることもなければ、あくびを噛み殺すような仕草もない。RPGの仲間キャラのように一定の距離を保って付いてきている。
「(本当に付いてきてくれているんだな)」
ふとそんなことを思う。
自分でお願いしておいて、約束をしたのも自分なのになぜだがすごく不思議なことに思える。あの永井かふかが、他人の言うことに従っている。
「コンビニは警察が巡回しているからあまり近づかない方がいいよ」
「あ、ああ」
100メートルほど奥のコンビニから光が道路に漏れている。永井の助言に従って脇道に逸れるとひどく古い住宅が左右に並んでいる。無人の家もいくつかあり、雨戸は朽ち果て、荒れ果てた庭の中には真っ黒に汚れた妖精の人形が倒れている。
「この辺に殺人鬼の実家があるらしいよ」
「怖いこと言うなよ」
都市伝説や怪談の類の話ではなく、本当の話だ。2年前、市営バスで無差別に乗客をナイフで刺したうえに灯油を撒いた男の実家が近所にあるらしい。それを初めてクラスの友人から聞かされたとき、殺人犯にも―――自分と目線の高さが変わらない―――日常があったことに静かな驚きを覚えた。そして、人を殺すに至るまでの過程が後天的なものだとしたら、今こうして吸っている空気にも殺人に繋がる因子があるかもしれないことにも。
「その犯人も人を殺すために夜中に徘徊していたのかも」
「…………かもな」
通う学校がある僕には引きこもりの気持ちはわからない。しかし、部屋の中にずっといたら息が詰まりそうだ。だから、こんな風に夜中に出てきたのかもしれない。夜は怖いが、奇妙に安らぐ気持ちもなんとなくだがわかる。
犯人はこの夜の世界を歩きながら何を見ていたのだろうか? そして、いつか人を殺す日のことを想い浮かべていたのだろうか? それとも―――。
道は住宅街を抜けて少し開けた場所に出る。宅配便の配送センターを中心に物流センターが並ぶエリアだ。かつては町工場がたくさんあったらしいが、それらが潰れて置き換わったらしい。まだ新しい建築物に混じって錆にまみれた廃墟がぽつんぽつんと遺っている。ショッピングモールはさらに奥に進んだ県道沿いにある。
「すげえ、まだ働いている人がいるよ…………」
「うええ、かふかには絶対に無理」
物流センターの多くに灯が灯っていた。積み降ろし場に停められたトラックの周囲で大人たちがあくせく動いている。みな無言でロボットのようだ。いつかそう遠くないうちに僕もあんな風に心を機械のようにして働くのだろうか?
「かふかは夜中に働くぐらいなら殺人鬼のほうがいいな」
永井が唐突にそんなことを言ったので笑ってしまった。笑いながら空を見上げると星はやはりちかちかと瞬いていた。星の光は過去の光。今、こうやって永井かふかと一緒に歩いている記憶もまた過去の光となっていつかの僕たちを照らすのだろう。
そのとき、僕は何をしているのだろうか?
昏い夜に微かな星の光が灯っている。
ショッピングモールまであと200メートル。
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