3.ダークインザダーク③
「縺上?∬協縺励>!」
カップが指から離れるとベランダの床にゴロゴロと転がっていく。それから時をおかずにバケモノたちも同様に床に倒れ、のたうち回る。
声にならない悲鳴と嗚咽。口から泡が吹き出し零れ、よほど苦しいのだろう、喉や腹を掻き出してはナイフのような爪が鮮血で濡れた。
「豈偵□っ! 豈偵□っ! 豈偵□っ!」
「閻ケ縺九i蜃コ縺励※縺上l…………」
世にも悲痛な調子で何かを訴えていたが、それらは冷たい月の光の中に消えていく。
涙と吐しゃ物と黒い血でベランダは床が見えなくなるぐらい埋もれていたが、それでもバケモノたちを苛む毒を取り出すことはできない。
いよいよ手段の無くなったバケモノたちは痙攣しながらお互いの腹の中を掻き出していたが、一匹、また一匹と動きが止まっていき、やがて、最後の一匹も力なく倒れ伏すとベランダは静寂に包まれたのだった。
「ハア、ハア、ハア、ハア…………」
口を覆う掌が火傷をするじゃないかと思うぐらい熱かった。息と同時に動く皮膚が生命を持っているかのようだった。息ができない。吐き気が酷すぎて身体の中が臓物がひっくり返っていく。涙はぼたぼたと流れ、布団が湿っていく。
目が痛い。
月光が眼球に突き刺さる。
月明かりに照らされたベランダにはバケモノたちの黒く穢れた亡骸が転がっていた。そして、ぐちゃぐちゃの肉塊の中に永井かふかが混ざっている。
「ハア、ハア、ハア、ハア―――」
全身に力を込めて立ち上がると関節が油の切れたブリキ人形のように軋んだ。身体が滑り落ちた布団に足を取られると視界がぐるりと回り、テーブルの角が脳を揺らす。意識が真っ白になり、夜の闇が刹那に消えた。
「いてえ…………」
一体全体、僕は何をしているのだろう?
いや、何をしたいのだろうか? バケモノに喰われたクラスメイトの女子をせめて弔いたいのか、それとも酔っ払いの吐しゃ物よりも酷い状態になった彼女に射精をしたいのか。
―――それとも
ふらふらとよろけながらフローリングの上を進む。まるで雲の上を歩いているかのようだ。永遠に思えた2メートルを渡りきるとガラスに手をつく。夜気を吸い込んだガラスは氷のように冷たい。
ベランダの中は凄まじかった。
バケモノたちの狂宴、その後の惨劇によってタイルが一欠けらも見えないぐらいドス黒い残留物で覆われ、その中に折り重なったバケモノたちの屍体と肢体がこんもりと盛り上がっている。それらは夜の闇よりももっと暗く、地獄の底を見つめているかのようだった。
「永井」
たった数時間前までカレーライスを喰らっていたクラスメイトの女子の名を呼ぶ。
「―――っ!?」
黒い屍体の山がピクリと動くとやがて蠢動し、それは波紋となって全体に伝わると孵化を迎えた卵嚢のように一斉に動き始めた。
それは世界の
少しでも先に動いたモノは遅れたモノに覆い被さる。遅れた方は喰われ吸収されると、大きくなった勝者は次の獲物にまた襲い掛かる。互いが互いを喰らいあい、争いは際限なく肥大化していく。そして、最後に勝ち残った闇の塊に亀裂が一筋生まれると葡萄の皮がつるんと捲れるように中から白い身がさらけ出された。
「う、うーん……」
全裸の永井かふかが大の字になって寝ていた。
永井はぱちりと目を開けると部屋の中から自分を見つめている視線に気がつく。
にやあ。
悪意が闇に溶けだすような笑顔を浮かべると永井かふかは言った。
「メロスは、また私を見殺しにしたんだね」
心臓を鷲掴みにするような呪詛に思わず足が後ずさるが、永井かふかは僕を逃がしはしない。ふらりと立ち上がり、手を伸ばしてくる。しかし、ガラスが隔てていることに気がつくと大きく舌打ちをして目の前にいる仇敵の顔を睨みつけた。
「絶対に許さない」
掌を打ち付けられたガラスが夜に響くが、割れることもなければ永井の小さな手から血が流れることもなかった。
ただ、僕を恨み、憎しみ抜く視線だけがそこにはあった。
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