君の魂は砂糖のように甘すぎる~"Your Soul,Too Sweet like Sugar"~

希依

プロローグ


      プロローグ 


 永井かふかと僕を隔てていたのはたった一枚のガラスだった。

 母さんの高くはない収入で借りられ、しかも築二十年は超えるであろう我が家のアパートに設けられたサッシのガラスはもちろん特別厚く造られてなどいない。

 しかし、その僅か数センチのガラスが生と死の境界線となって僕らを隔ていた。


 ―――一方は掛け布団の奥で恐怖に震えながら必死で息を止め、

 ―――一方はバケモノたちに

 

 猿に似たバケモノたちは器用な手つきで調理器具を使っていた。

 内蔵を取り出すと明らかに美味しくはないであろう爪や髪を肉がなるべく残るように剥がし、そして、それが終わると刃に力を籠めて3匹がかりで顎を外していく。その間、零れ落ちた肉片を口に持っていくと実にうまそうな顔で食べていた。

 既に意識が消失したのだろう。永井かふかの絶叫じみた悲鳴はもう聞こえない。

 月明りとアパートに面する道路の街路灯しかベランダを照らす光はない。なので目に見えるのはバケモノたちの黒々とした背中ばかりで、6時間ほど前の記憶がなければ連中の手にした具材がとはとても信じられなかっただろう。

 一匹のバケモノが手すり壁に沿うように何か重いモノを置くとたちまちその奥にちらちらと光るものが現れた。炎だった。その火が本物なのかそれとも連中と同じく非現実めいた鬼火の類なのかは僕にはわからない。しかし、その火を見たバケモノたちに歓声の声が上がったことはわかった。 

 その光景を見たとき、僕は不覚にも吹き出してしまった。

 それを明らかにバーベキューだった。

 今日は5月1日。これから数時間後には日本中の河原や湖畔で同じような光景が見られるに違いない。バケモノとはいえ、その在り様は人と分かたずにいられないもの。休日の概念などあるはずのない連中もやはり世間のどこか浮ついた空気にあてられているとでもいうのか。

 まるで僕の疑問に応えるかのように串に刺された肉が金網が次々に置かれ、火にあぶれた肉は脂を汗のように流していく。ベランダはすっかり煙まみれだ。

 食欲を抑えきれない奴らは生焼きも構わずに口にほうばっていく。

 そして、漏れるため息に似た恍惚の声。

 年寄りの死体の顔をさらに醜くしたような奴らの顔が得も言われぬものに変わっていくのを、僕はただ眺めるしかなかった。

 ぎりぎりと噛みしめた歯の噛み合わせが悪かったのか、口の中にぬるりとした感触とともに鉄の味が広がっていく。瞬きを忘れた角膜はすっかり乾ききり、そのくせ熱の塊みたいな涙がとめどなく流れては口の中に塩気を送り込む。

 それは悪夢そのものの光景だった。

 しかし、それは決して夢なんかではなかった。

 ひたすらに無力だった。

 僕は永井かふかというたった一人の少女を助けることができなかった。

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