第2話 誰もいない場所
電話を持ったまま少し走っただけで汗だくになる。
「・・・・っ」
(最悪だ)
俺自身昔のことなんて覚えてないけど多分けいすけと同じように、親の手か離れた瞬間に好き勝手あっちこっち行ってた気はする。
が、それにしてもだ。こんな一瞬でどこかに消えるだろうか。
(神隠しとかそういう部類のものは信じてないけど・・・)
「・・・まじでやめろよ」
辺りを見回しても少し階段を降りても、けいすけはいない。小さな弟が一気に階段を下まで降りるなんてそんな馬鹿げた話は普通ならありえないと思った俺はまた元の場所にまで戻ることにした。
「・・・・帽子」
父さんと電話越しに話していた場所付近までまた来ると何故かそこには先程まではなかった青いツバ付きの帽子が落ちている。
(けいすけのだ・・・なんで)
何も被ってないとこの時期は確実に頭がやられるから、お父さんが誕生日プレゼントにと買った青い帽子をけいすけに被るように言っていた。膝を折って地面に落ちているその帽子を拾い上げていると、どこからか声が聞こえる。
「・・・・だれだ?・・・あ、やばっ・・もしもし?父さん?」
「もしもし、何かあったのか?」
電話をそのままにしていた事を、声のする方に目を向けて思い出した。
「・・・えっと、ごめんなさい。けいすけが・・・目を離したすきにいなくなって」
「・・・・え、いなくなった?」
「・・・うん」
「どういう意味?いないってそこにいないの?」
「ごめん、電話に気を取られて」
言い訳がましいことは分かっている。見ていなくともそもそも手を離さなければ良かったのだ。
「お前たちの他にも人がいたのか?」
「いや、それはない。俺等だけだから」
「じゃあまだそこら辺にいるかもしれない。僕もすぐに向かうからそこにいて」
「・・・分かった・・・・けど、一応警察に・・連絡したほうが」
自分だけしか弟を見てない状況で、他に誰に頼る人もいない。声色は落ち着いているように聞こえるけど実際頭の中はパニックになっていた。そんなんだから、一方方向にしか考えることなんてできずに頭に浮かんだのは『警察』という言葉。
「いや、だめだ」
(え?)
「な、なんで」
「警察は信用ならない」
「・・・・」
すぐに否定されたその理由に、昔何かあったのかと思ったけど、それ以上は深く追求しなかった。しなかったというよりかはできないと言ったほうが正しいかもしれない。そんな余裕なんて皆無で、とりあえず今は弟を探さないとという思いが俺を焦らせていた。
「あぁ。とりあえず、一旦切るから、こうすけは今いる場所をもう一度よく見て。それ以外は探さなくていい」
「分かった」
「あと、他の人に話しかけられても、自分の名は名乗るな」
「・・・・わ、分かった」
そう言って電話を切った俺は、父親の最後の言葉に首をひねる。
(・・・知らない人に名は名乗らないけど)
まぁ、いいやと暗くなったスマホの画面を見てすぐにポケットにしまった。
どこに行ったんだと、額から流れてくる汗をリュックから出したタオルで拭うけど、一向に止まらない。暑いからという理由もあるが、それとは別に万が一弟に何かあったらと、流れてくる汗にはきっと冷や汗も含まれている気がする。
(俺のせいで・・・)
拾った帽子はリュックにしまい、景色が見渡せる崖の寸前ギリギリまで足を動かそうとした時、幼い子ども特有の甲高い声がどこからか聞こえてきた。
「兄ちゃん〜、ここにたくさんアリさんの行列いるよ〜!」
(は?)
「・・・・」
「兄ちゃ〜ん」
「・・・・」
「アリさんいる!!見てみて、こっち!!」
振り返った視線の先には、しゃがみこんで地面をジッーと凝視したかと思えば、呼んだのに反応しない俺を見て手招きをする弟がそこに居た。
(・・・死角?)
「・・・けいすけ?」
ボソッと言った声にもちろん弟からの反応はない。
無意識の独り言だから当たり前である。
「兄ちゃん、こっちに来て!!」
「お前どこにいたの」
「えー?」
「俺が父さんと電話で話してた時、どこにいたの?」
話しかけながらゆっくりと彼に近付く。さっきいなくなったことを悟った瞬間よりも、今自分の視界に彼を捉えた瞬間のほうが心臓がバクバクしている。
「どこって、ここ」
「は?」
「だって、兄ちゃんパパと話してるし、暑かったんだもん。だから涼しい場所ないかなって。そしたらアリさんが居たからずっと見てた」
「・・・・お前、俺が名前呼んだときなんで返事しなかった?」
「え〜?聞こえなかったよ?」
「・・・・・・」
(ほんとにふざけんなよ・・・)
心臓が止まるかと思った。心の中で吐き捨てるように言って、けいすけがしゃがみこんでいる場所に俺も同じようにしゃがみこんだ。ついでにそのまま尻をついて地面に座る。
「お尻汚くなるよ?」
「いいんだよ、今日ぐらい」
「え〜?じゃあ僕も」
夏休みなのに人がいないこの場所で、誰かにさらわれるなんて、もしそんな事があったら気持ち悪すぎる。
「はぁ〜・・・・」
「大丈夫?」
「まぁ・・・大丈夫になった」
「パパは?」
「今向かってる。もうすぐ来ると思うよ」
ポケットからスマホを取り出してお父さんに電話をかけようかと思ったけど、そういえばスマホを落としたと言っていたから、かけても意味がない。
スマホをタップして着信画面を開いた俺は、親指を滑らせて下にスクロール。
(・・・電話かけたら逆に誰か出てくれたりして)
いなくなったと思った弟が実は案外近くに居て、見つかった安心感からかそんなくだらないことを考えていた俺の耳に入ってきたのは俺達2人の名前を大きな声で呼ぶ男の人の声だった。
「こうすけ〜!けいすけ!!」
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