第一章「親友になるまで」

第一話「水面下の攻防戦」

「あなたの救世主、と言ったところかな。よろしくね」

 ティーナもといエリナは私の差し出した手をぴしゃりと叩いた。

「バカなこと言わないで。この世界の救世主はアタシよ」

「……そうだね」

 私は大人しく手を引っ込めた。

「とにかく、これはアタシのための物語なんだから邪魔しないでよ!」

 彼女はそれだけ言って走り去っていった。私は心の中で謝る。

 ごめんね、いくらでも邪魔させてもらうよ。

 リリアを貶めたら大変なことになっちゃうから。

 その日から、私とエリナの密かな攻防戦が始まった。

 彼女のやることはわかっている。ゲーム内の課金アイテムでみんなを自身の味方にする。そしてリリアを孤立させ、貶めるのだ。

 そうはさせない。

 私は取り巻きの一人として常に彼女と行動を共にした。時折協力を要請された時は敢えて失敗してみせた。

 例えばこんな時。

「お待ちくださいカーティリス様!」

「ティーナどうしたの!?」

「ちょっと!なんでアンタが真っ先に来るのよ!」

「だって泣いてるから……」

「演技よ演技!」

「そこで何をしている?」

「あっ、サラディオ様!」

 エリナはすぐさま猫を被る。まるで別人だ。

「実は――」

「ティーナさんに演技を教わっていましたの!ティーナさん、お芝居が上手なのでそれで」

「そうか。なら今後はカーティリス公爵令嬢の名前を使わないことだな。彼女と何かあったのではないかと心配になってしまった」

「ごめんなさい。気をつけますわ……」

 ティーナはすぐさま謝罪した。

 とまぁ、こんな風にわざと誤魔化したのだ。

 サラディオ様がいなくなると、エリナはすぐに本性を現した。

「どういうつもりよ」

「ごめん咄嗟に誤魔化しちゃった!でも演技が上手いと思ったのは本当」

「……次から気をつけなさいよ」

 自身の演技を褒められたのは余程嬉しかったと見え、幸いなことにそれ以上咎められることはなかった。

 事件はそんなことが続いた矢先に起きた。

 エリナが手紙でリリアに呼び出されたと言ってきたのだ。もちろん彼女がついた嘘だとわかっていた私は、こっそりあとをつけた。

 そこではまさにエリナが自らホールの一番上から落ちようとしている所だった。

 エリナがわざとらしく悲鳴を上げる。

「きゃあぁぁぁっ!」

「ティーナ!」

 魔法で瞬時に移動し彼女を支えようとするも、重さでバランスを崩してしまう。そのまま私達は転がり落ち、床に倒れた。

 ホールの上には手を差し出したまま呆然としているリリア。傍から見れば彼女がティーナを突き落としたような形になる。

「ティーナ嬢!カルロ嬢!」

 あっという間に人が集まってくる。ティーナと私は駆け下りてきた名前も知らぬ殿方に助け起こされる形になった。

「タルコット子爵令嬢、今すぐ保健室へ」

「あの、私はいいからティーナさんを――」

「酷いわ!リリア様!」

 突然ティーナが叫んだ。

「下にカルロ様がいるのをわかってた上で私を突き飛ばすなんて!」

「なんだと?」

 聞き返したのはリリアの婚約者であるランデリック殿下。

「その、私はただ彼女を助けようと……」

「リリア、君には失望した」

「あ、あぁ……」

 それを聞いた瞬間、リリアは膝から崩れ落ちた。

 このままじゃ残酷な復讐劇が始まってしまう。それを阻止するべく私は叫んだ。

「お待ちください殿下!」

「なんだ、タルコット子爵令嬢」

「私はティーナさんが誤って落ちたことを知っています。私は彼女を受け止めようと慌てて飛び出しただけですの」

 ティーナ、否、エリナは呆気にとられた様子で口を動かした。

「なっ、アンタ何を言って……」

「違いましたか?ティーナさん」

「……確かに、押されたというよりバランスを崩した感じだったかも」

「そうか、ティーナ嬢の勘違いか」

「大袈裟ですな、ティーナ嬢は」

「えへへ、すみませんでした……」

 その直後彼女が一瞬だけ私に憎悪の表情を見せたことを私は見逃さなかった。

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