第9話「学生寮へ」

 校長の響生ひびきとの面接を終えた誠は三郎の案内でこれから生活することになる学生寮に向かっていた。


「な? 校長、結構、クセ強かっただろ?」


「クセ強いどころじゃなかったんですけど!? さっきの木刀の一撃、まだ痛むんですからね! 面接で組手して骨折するほどのケガをするとか冗談じゃないですけど!」


 アハハと笑う三郎に誠は抗議する。木刀で肋骨を打ち込まれたとはいえ、並みの人間だったら粉砕されていたであろうが、「流動るどうの法」で身体機能を底上げしていた誠は何とか折れずに済んでいた。とはいえ、痣は出来てしまったが。


「それもそっか。俺もここに特待生で入学した時、あの人にボコボコにされたんだよなぁ。初見殺しで完膚なきまでにやられたというか」


「ええ……。蓼科先生が学生だった頃から強いって、校長どんだけ強いんですか」


「そりゃあそうさ。じゃなきゃ校長なんて務まらないよ。それに、響生校長はタレントとしても一流なわけだし、異能者メイガスとしても格が違う。……状況次第で勝てなくもないけど」


「タレント? そう言えば、見覚えがあるような……。なんか思い出せないというか……」


 面接の時、色々と緊張していたこともあって考える余裕もなかったが、響生の顔とかにどこかで見覚えがあるような気がした誠だったが、中々思い出せない。


「これがジェネレーションギャップかぁ。響生校長、あのブレークたけるだよ? マジで知らない?


「ブレークたける? え、もしかしてあのヒューモラスキッド!?」


 名前を聞いて誠は思い出した。


 ブレークたけるとはひと昔前にお笑い芸人としてデビューし、その後に初出演した任侠映画で大ヒットもしたという異色の経歴の芸能人だった。誠は一度だけ彼が出演しているという映画を視たことがあったが、それも3年前だったこともあって忘れてしまっていた。


 ヒーローとしての名はヒューモラスキッド。しかしヒーローとしての活動はそこまで大きく取り上げられていなかったこともあって、誠自身もよく知らない。


「そういうことだ。あの人と戦って肋骨に痣だけだったのは俺が知る限り、お前さんだけだ。見ているこっちも少しヒヤッとしたが」


 それはそれで嬉しいが、自分以外は骨折とかで大けがしているのは前提なのがちょっと笑えない。そう思った誠だった。


「そ、そうなんですか……。というか、特待生っていつもこうなんです?」


「ああ。特待生はいわば現役ヒーローからの推薦だったり、もしくは学校が直接スカウトするという形での入学だからな。だがその場合の異能者メイガスって勘違いしやすい」


「勘違い?」


「ようは“自分は選ばれた人間だ”なんて勘違いしやすいヤツが出てくるってことなんだよ。それに特待生というのは、優れているから選ばれるとかそういう話だけじゃない。開花した異能ミュトスがどれだけ厄介なのかも考え、異能者メイガス本人が制御出来ているかどうかも考えないといけないってワケ」


「……確かに、異能ミュトスは開花するまでどのような能力になるのかわからない。ましてや、能力の内容によっては周囲を危険に晒してしまうこともあるというわけですね」


 異能ミュトスは40年前の「大崩壊」の頃にその存在が確認されてから、世界各国で研究されている。日本でもそうだ。

 そのため、何がきっかけで異能ミュトスが開花するのか、どうして異能ミュトスというものが人類の中に生まれたのか、それについて詳しいことは40年以上経っても未だに解明されていない。


「それだけじゃない。本人に制御が出来ない異能ミュトスはもう危険物といっても過言じゃない。いつ爆発するかわからない爆弾をずっと抱えているようなものだからな。だからこそ、異能ミュトスが開花した者は異能専校に通うことが義務付けられている」


「……」


 どれほど異能者メイガスの数が少なくとも、持ってしまった力のせいで突然人生が大きく変わってしまうなんてことはある。異能ミュトスを開花させた時点で、今まで通学していた学校から異能専校に半ば強制的に転校しないといけないようなことになる。

 使い方がわからず、制御が出来ず、暴走して被害を出してしまったなんて実例は日本だけじゃなく海外にもいくつか存在する。それを防ぐために異能者教育制度が存在するのだ。


「俺たちはメトゥスから人々を守り、希望を与えるのが仕事。だから、響生校長はああやって実戦形式の面接をやって、ふるいにかけるんだよ」


「なるほど……。というか、実戦形式の面接って面接じゃない気がしますけど」


「それは言わない約束だ。……おっと、着いたぞ。ここが、お前がこれから3年間生活する学生寮だ」


 話しながら歩いていたらいつの間にか学生寮に着いたらしい。


「す、すごい。旅館みたいだ……」


「そうだろう、そうだろう。俺も初めて学生寮に入った時、同じ感想を抱いた」


 誠は目の前の「学生寮」と呼ばれた建物を見て度肝を抜かれる。


 立派な木造建築で玄関には「羂索荘けんじゃくそう」と立派で大きな看板が掛けられており、誠の中の学生寮のイメージがおかしくなってしまいそうなほどに立派だった。


“こんな立派な学生寮、逆に大丈夫なのか……?”


 啞然としながら、誠はゴクリと固唾を飲んだ。


「誠くぅぅぅぅぅぅん!!」


「ふぁぁぁぁ!?」


 学生寮を見上げていると、突然横からよく聞きなれた少女の声と共に交通事故レベルの勢いで突撃してきた。


「良かった! 良かったよ! 誠くん! 大丈夫!? ケガはもう大丈夫!?」


「……少なくとも、軽トラばりの突撃と嵐のような勢いのせいで頭はすっごい揺れたよ」


 誠は白目になりながら言った。


「は!? ご、ごめんなさい! えっと、とにかく大丈夫そうで良かった……!」


 突撃犯である少女、彩羽いろはは誠の言葉と彼の状態を見て離れた。


「それより、彩羽も大丈夫そうで良かった。ケガしていなくて安心したよ」


 誠は彩羽の元気そうな様子を見てそう言った。


「うん。私は全然問題なかったし、ケガはしていないよ。あの時助けた女の子も誠くんが逃がしてくれたから、ケガもなかった。でも、本当に良かった……」


「……僕も。彩羽もケガしていなくて、良かった」


 そういう彩羽の目元には薄っすらと涙を浮かべていた。


 目の前で安堵する彼女の姿に誠は安心感を覚えた。


「ん? 彩羽ちゃんってもしかしてアレか? 誠の恋人だったりする?」


 そんな2人の会話を見ながら、三郎は突然そのようなことを言いだした。


「えっ!? え、えぇぇぇ、ち、違います! そ、そうじゃなくて……! 私と誠くんは、その、幼馴染です!」


 彩羽は顔を赤くして、手をあっちやらこっちやら振り乱しながら言った。


「? そりゃあ僕と彩羽は幼馴染だけど、どうかしました?」


 だが、当の誠には彩羽のリアクションをよくわかっておらず、首を傾げる。


「あ~、なるほど。そういうタイプなワケ。誠、お前さんこれから苦労しそうだな」


 これに三郎は少しニヤニヤしながら言った。


「はぁ……。まぁ、確かに彩羽は色々と目が離せない感じがしますし、僕の方こそいらない苦労をかけたりしないようにしますけど」


「も、もう! 誠くん! そういう意味じゃないから!」


「えぇ?」


 完全に的外れなコメントをする誠に彩羽は恥ずかしくなって肩を叩く。


「ま、こんな所で立ち話をするのもなんだし、中の案内をさせてもらうよ。明日から入学式と大事なイベントがあるんだ。少しでもゆっくり休みな」


「は、はい。じゃあ、誠くん。また明日」


「ああ、また明日。彩羽」


 そう言いながら、彩羽と一旦別れた。


「あ、そうそう。言い忘れていたけど、今年の新入生、お前さん含めて12人だから」


「マジで!? 少な!?」


 三郎の言葉に驚愕しながら、誠は学生寮に入っていったのだった。

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