第7話「校長との面接」

月士区つきしく第二衛門を無事に通ることができた、誠と三郎の乗る車はそのまま「学園関係者専用道路」と書かれた道路を通り、目的地へと近づく。


「す、すご……」


 山門のような大きな門を通った先は、まるで違う世界のような雰囲気の建造物が立ち並ぶ“世界”だった。

 神社仏閣、木造建築の建物が立ち並び、奥にはまるで城のような建造物が見えた。誠が見えている範囲だけでは校舎と思われる建物が見えず、神社の境内を大きく広くしたような雰囲気だった。


「空気も澄んでいるし、清潔感もすごい……。なんだろう、こういうのって霊験あらたかな霊山とか、そんな感じが」


「語彙力ねえな。ま、言っていることは合っているけどな。霊脈が集中している場所でもあるから、感受性あるヤツはそういう感覚を感じられるのかもしれねんが」


「他にある三校もこんな感じなんですか?」


「ああ。福岡、宮城、京都のそれぞれにある異能専校も結構いい霊地の上に立っているからな。いざメトゥスが現れたりでもした時に、未熟なヤツを戦わせたりするわけにもいかないし、効率も悪いってもんだ」


 車で来る途中、色々と説明をされながら聞いていた話で、異能専校こと「国立異能専門学校」は今誠がいる東京校を含めて四校ある。他の三校にも良質な霊地が選ばれ、学園都市として建設されたとのこと。

 異能者の数は年々増えているとはいえ、未だに社会的に少数派である異能者に力の使い方を教える教育機関や制度の整備は重要視されていることから、異能専校の開校は非常に大変だったという。


「これからどうするんですか? 入学手続きとか終えたとは言っても、今後どうするか言っていませんでしたけど」


「君にはこれからここの校長に挨拶とちょっとした面接をしてもらうつもりだ。特待生という形での入学とはいえ、君について色々とお話をしてもらったりしないといけないからな。そこそこクセ強いが、まあ、慣れればどうにでもなるぞ」


「なんですか、そのふわっとした人物評。僕今からそんな慣れないとどうにもならないような人と面接するんですか」


 三郎のあまりにも信用ならない人物評に誠はジト目で睨む。

 今の誠の“眼”は普通の黒目になっていて、昨日開花した異能ミュトスの魔眼ではなかった。


「大丈夫だっつーの。ほら、行くぞ」


「は、はい」


 やっぱり胡散臭いんだよなぁと誠は思いながら、三郎に連れられていく。


 待ち合わせ場所として指定されているのはどうやら武道や格闘技を訓練する道場だった。看板に「第一道場」と書かれており、複数道場があることがわかる。

 靴を脱ぎ、中に入る。厳かな雰囲気で住んでいる家に道場がある誠としては、とても立派な道場だと理解できるものだった。


―――――その厳かな道場の管理人室で、コンビニで売られているイチゴパフェを食べている中年男性がいることを除けばだが。


「校長、連れてきました」


「おお、その子か? 期待の新人クンっての」


「……」


 誠は目の前の管理人室にある椅子でイチゴパフェを食らっている老人の姿に目が点になっていた。

 格好は白い簡素なシャツを着ており、下は安物の紺色のズボンを履いている。その顔立ちはどこか柔和で穏やかな雰囲気がありつつ、茶髪の坊主で厳つさを感じさせるものでありながらも、武道に勤しむ誠は一目でアンバランスな印象を受けた。

 椅子に座っている時の姿勢もどこかわざとらしく曲げているように見え、時折中に芯が入っているかのように真っすぐでブレがなかった。


“この人、絶対只者じゃない……”


 常人が見たら「ただの中年男性」に見えてしまうであろう、目の前の男性を誠は直感で普通じゃないと思わせるほどに、異様な雰囲気を纏っていたのだ。


「こういうの、初めて? まぁ楽にしていきなよ、そこ椅子あるから。あ、俺の名前は響生ひびきたけるってんだ。よろしく」


「あ、はい。では……」


 飄々とした口調と態度でどうも調子が狂うと思いつつ、誠は用意されていたパイプ椅子に座る。


「お前さん、名前は?」


「は、はい。式波しきなみまことです」


「そうかい。良い名前持っているねぇ。その顔見たら、確かに誠実そうで懐かしくなっちゃうよ」


「はぁ……」


 どういう意味なんだと言いたくなったが、今この状況で聞けそうになくて押し黙っとく。


「適当に資料とかを読ませてもらったんだけどさ、色々と興味深い経歴の持ち主だね。まぁ、俺としては末里の養子で弟子と聞いた時点でなんかありそうだなぁと思ったわけなんだけど」


「師匠を、ご存じなのですか」


 響生の言葉に誠は聞いた。


「そりゃあねぇ。あの人、俺の先輩なんだけどさ。本当に強かったし、俺自身もあの人に勝ったことがないんだよね。そんな人が2年前のあの事件で亡くなったと聞いた時は、流石にちょっと悲しかったね。外せない仕事のせいで葬式にも出られなかったのは、この業界にいることをちょっと恨みかけたけど」


「そうなの、ですか……」


そのように語る響生の顔はまるで昔を懐かしむようで、残念そうにしていた。彼の言葉から、生前はきっと親しい仲だったのだろうと誠は考えた。

 誠にとって2年前の事件というのは切っても切れない出来事だ。彼が持っていた異能ミュトスの魔眼も、その時に開花していたということや、それのせいで誠の人生観に様々な影響を与えた事件でもあった。


 改めて誠は自分を養子兼弟子にした師匠が本当にすごい人物であったことを感じるのと同時に、2年前のあの日に味わった絶望が思い出されてしまう。


「まぁ、世間話をしようにもちょっと時間が足りない。単刀直入に聞かせてもらうよ。―――――お前さん、ヒーローやれるの?」


「!」


 響生の柔らかな視線から急に鋭い視線へと変わったのと同時に放たれた言葉の圧に、誠は思わず声が漏れかける。


「テレビの向こう側に映るヒーローたちはね、視る人にはよっては華やかだし輝いているように視えるし、実際カッコイイ人たちばっかだと思うよ。でも、それは戦えない人たちのためにわけのわからんメトゥスと戦って、少しでも希望を与えるのが仕事で、それが俺たちヒーローの使命でもあるの。みんな命がけでね」


それは、幾度となく亡き師や兄弟子から聞かされてきた言葉。


ヒーローは正体不明の人類の敵であるメトゥスを倒すことが使命で、同時に人々にその姿を見せることで希望を与えることがヒーローの役目であると。


「で、それなんだけど、俺の目が節穴じゃなければ、お前さんは前のめりにヒーローになろうとしているわけじゃなさそうだよね」


「……!」


誠の内心を見透かすように、響生はそう言った。


 既に誠の両手は脂汗をかいており、全身に緊張感がはしっている。

目上の人間を相手にしているからとか、そんな陳腐なものとかではなく、純粋な圧。それだけで誠は響生から視線を一切逸らすことも出来ず、釘付けにされる。


「メトゥスは人間のことなんてエサとかそんな風にしか思っていないからね。それに戦うだけじゃない。俺たちを信じて応援してくれるファンを増やしたりするために、芸能人みたいなこともするの。メッチャ大変だから、生半可な覚悟でしてほしい仕事じゃないの。だから―――――、そんな中途半端な感じでやると死ぬよ?」


 誠に向けられる、どこまでも現実的で嘘偽りのない言葉。

ヒーローは人々の応援を受け、それを力に変える「レリジョン」という仕組みがある。

そのためにヒーローはメトゥスと戦うだけではなく、人気と知名度を得なければならない。そしてそれで持って、いつどこで現れるのかわからないメトゥスの脅威に怯える人々に勇気と希望を与える。


互いに必要な存在であるといえど、メトゥスを倒すことができるのは異能ミュトスを使うことができる異能者メイガスだけ。ヒーローはその力を増幅させて戦うことができるようにしたものだ。

誠はそれを理屈として理解している。どういう存在なのかも理解している。


 けれど、かつての記憶、失意、失望が誠の足枷となっていて、本質的に理解できていなかったのだ。


 ……いや。この場合は、拒んでいたというのが正解なのかもしれない。


 故に、それを自覚している誠には返すことがなかった。


「ま、そういうわけでさ。ちょっと道場の方に行こうか」


「え?」


椅子から立ち上がった響生が、突然そのようなことを言いだす。

“ちょっと散歩に行かない?”ぐらいの、あまりにも軽い口調で誠は温度差で変な声が出てしまったほどだ。


「口で言うより、試した方が早いかなと思ってね。ちょっとした組手みたいなものだと思ってくれていいよ」


「は、はい」


そう言って、響生は管理人室から出て行った。


「校長、結構強いぞ。たっぷり扱かれて来い」


後ろでじっと黙って聞いていた三郎は誠の肩を叩いて言った。


“あの人……。俺の予想が正しかったら、間違いなく……”


一秒でも気の抜けない圧迫面接の如き言葉の数々、不意にやってくる圧に響生がの強者であることを理解するのに十分だった。

 これから行うという組手が自分を試すものだともわかる。どうなるかなんて誠自身にもわからない。


「これは、ヤバイかも」


 そんな言葉が口に出てしまうほどに、誠は今までの人生で経験したことのない武者震いに見舞われていたのだった。

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