第5話 盗んだバイクで走り出した?
大橋部長による強引な今後の取材テーマ発表があった後、私は職員室に向かった。
担任の松永先生の机は、嵐が過ぎ去った後のようにプリントが雑然と散らばっているので、遠くからでもすぐにわかる。
「悪いな、委員長。明日でも良かったんだが」
「いえ、何でしょうか?」
尋ねると、先生は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「花守は浅川のことはわかるな?」
「浅川さんって、確か……」
そういう名前のクラスメイトがいることは知っている。
ただ、中間テストの後くらいから姿を見ていない。
「ああ、学校にも来ないし、オンライン授業にも顔を出さないんだ」
松永先生は困った顔で溜め息をつく。
隕石とともに未知の病原体がやってくる前は、仕事も学業もオンラインで行うことが当たり前になっていた時期もあったらしい。だが、こんな時代だからこそ人間同士の繋がりを、というスローガンのもと、今は仕事も学業も顔を合わせて行うことが推奨されている。
人口が半減して電車も混まないし、痴漢もいないから通勤は旧時代に比べて遥かに楽になったと母親が言っていた。当時は女性専用車両というものがあったらしいが、今は全ての車両が女性専用だから妙な感じだ。
「本人に電話をしても出ないし、メールの返信もない」
「親御さんは……?」
「保護者に電話をしたが、あまり要領を得なくてな」
松永先生は微妙に言葉を濁した後、もう一度軽い溜め息をついた。
「花守は浅川の不登校の原因について心当たりはないか?」
「いえ……その、あまり話したことがないので」
浅川という少女は、なんとなく近寄りがたい雰囲気を持っていた。私だけではなく、おそらくクラスのほとんどの生徒が彼女と話したことはないはずだ。
「そうだよなぁ」
その答えは予想していたようで、松永先生はゆっくり頷いた。そして、こう続ける。
「今度直接会いに行こうと思っているんだが、どうも私は立場上警戒されている気がしてな。よかったら花守が先に様子を見に行ってもらえないだろうか?」
「私がですか?」
「無理にとは言わないが。生徒同士のほうが話もしやすいだろう」
「……」
私は数秒考えて答えを出した。
「わかりました。委員長という立場で、プリントや連絡事項を届けに来たという形なら自然に行けると思います」
「助かるよ」
松永先生は少しほっとした様子で、授業の課題プリントを幾つか見繕って封筒に入れた。
表面に【浅川すみれ殿】と書いて、私に手渡す。
浅川、すみれ。
そういえばフルネームは今初めて認識した気がする。
私の名前はつぼみ。
幼馴染のクラスメイトは葵。
部活の同学年の娘はあやめ。
同級生には花にまつわる名前が多い。
男が滅んだ後、女性天皇が即位し、【万花】という元号になった。当時母のお腹の中にいた私達の名前には、万に咲く花の一つになるよう願いが込められているらしい。
ちなみに偶然にも報道部の二人の先輩も大橋菊子、水野椿と花にちなんだ名前になっている。
「あー、つぼみ発見!」
職員室から出ると、幼馴染が廊下の奥から手をひらひらさせながら近づいてきた。
「葵。バド部は終わったの?」
「うん、報道部に顔出したけど、つぼみが先生に呼び出されたって聞いて。何やらかしたん? 盗んだバイクで走り出した?」
「なんでよ」
妙な濡れ衣を着せた葵は、にこにこしながら私の隣に並んだ。
確か昔の歌の歌詞だ。
母が旧時代の音楽をよく流しているので、私にも多少の知識がある。
葵と二人、校舎を出て門へと向かった。海が近いため、頬を撫でる風はどことなく磯の香りを含んでいる。天気がいい日は高校から富士山を見ることもできるが、今日は遠くの空が霞んでいて見通せなかった。
「で、本当はどうしたん?」
「松永先生に頼まれごと」
「相変わらず委員長は大忙しだねぇ」
「そうでもないよ。ねえ、葵。浅川さんのこと知ってる?」
「浅川?」
葵は腕を組んで首を傾げる。
「そういえば最近見てないなぁ」
様子を見に行くよう担任に頼まれたことを話すと、葵は驚いた様子で眉を持ち上げた。
「まじ? 今日行くの?」
「うん、どうせ行くなら早いほうがいいと思って」
「私も一緒に行こっか?」
「ううん、大丈夫。そこまで付き合ってもらうのも悪いし。浅川さんもいきなり二人に来られると驚くかもしれないし」
「そっか。でも、気をつけてね」
「え、なんで?」
問うと、葵はにへらと笑ってこう言った。
「だって、浅川さんって、妙に目つきの鋭い怖そうな子だよね。それこそ盗んだバイクで走り出しそうじゃん」
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