慢性元カノ症候群!

チモ吉

第1話 タカシ、決意する

 これは、性欲の強すぎる一人の男の物語である。


――――


 タカシは転生者だ。

 それもただの転生者ではない。精力絶倫にして常人の数億倍のリビドーを保持する転生者である。


 タカシはアラサーを迎えようとしていた。しかし、その性欲は未だ衰えを知らぬ。彼の辞書には枯れ果てるという文字はなく、打ち止めという言葉もなかった。


「タカシさーん! ちょっといいですかっ?」


 呼ばれて振り返ると、そこには先月ギルドに職員として就職したばかりの二十代手前の若い娘。確か名前はセキアといったか。

 タカシは彼女の姿を見て、即座にえっちだと思った。

 すらっとした足、くびれのある腰元、服を押し上げる張りのある胸、どれをとってもえっちだった。まだあどけなさと垢抜けなさの残る彼女の顔立ちと相まって実にインモラル。

 ギルドの制服は特段露出が多いものではない。むしろ公的機関の職員故かスーツのように硬い部類だ。だが、それがむしろえっちだ。一周まわってえっちすぎる。巫女やシスターの服がえっちなのと同じ理由だ。えっちでないようにする様はそれ自体がえっちだった。


 つまり、彼女はえっちだ。


 タカシは彼女に近寄る。


「えっと、今月の薬草の搬入量と冒険者への報酬、それと国に徴収される税金についてなんですけど。どうですか?」


 セキアがタカシに資料を手渡す。


「えっ、不備ですか? おかしいなぁ、確認したんですけど」


 彼女が入って以来、冒険者ギルドは明るくなった。それもひとえに彼女が魅力的だからだろう。男性職員の活力がこころなしか上がった気がする。男という生き物は実に単純だ。その所為で他の女性職員からの目が痛くなったことは難点だが。


「あ、本当ですね。薬草の種類ごとに報酬と販売額が違うからギルドの収益も変わって補助金の額が変動する、それで税率も変わるんですね……うへぇ、お役所仕事も面倒ですね。まぁ現場の方よりは随分とマシなんでしょうけど」


 そんなギルドのアイドルにえっちな視線を向けながらタカシは手早く応対した。アラサーのタカシはギルドに勤めて十年を迎えようとしている。この手の確認はお手の物だ。


「ありがとうございましたっ」


 セキアはそう言って一礼すると、ギルドのバックヤードへと帰って行った。お辞儀をした際彼女の胸がバルンと揺れた。えっちすぎる。今にも睾丸が破裂しそうだとタカシは思った。


 しばらくして、タカシのいるカウンターに一人の女性が近づいてきた。


「よぉタカシ。良さげな依頼は入ってないかい?」


 そこには数ヶ月前に担当になったばかりの女戦士の姿が。バカみたいなビキニアーマーを着たバカみたいにデカい剣を背負うバカみたいにえっちな女戦士だ。アーマーは魔法が込められているようでこの露出で防御力はそれなりらしい。バカじゃないのか。タカシは彼女を見るたびに内心この世界のバカな法則に感謝した。


「ふむふむ……アタシのランクじゃまだこんなモンか。国を跨ぐとランクがふりだしってのはメンドいぜ。いい加減国際的な連携取れよな」


 パラパラと資料を捲り手ごろな依頼を提案してみるとそう愚痴られてしまった。ペコペコとタカシは頭を下げる。冒険者はその職業柄粗野な者も多く、この程度の愚痴では済まない罵詈雑言を食らうことも珍しくなかった。しかし、普通ならストレスとなるそれもえっちなお姉さんからのものであるなら話は別だ。


 今日もいい尻をしている。


 依頼の一枚を受け取り立ち去っていく戦士さんの尻をタカシは見つめていた。筋肉質でしかしながら柔らかそうな脂肪に覆われた尻がアーマーから半分以上零れていた。零れすぎて課税対象になるだろ、徴税官はなにをしているんだとタカシは憤慨した。


 そんなタカシだが、実のところこの世界に生まれてから女性経験がない。

 ない。一度もない。素人どころか玄人のお姉さんのお世話になったことがないまっさらな経歴の持ち主である。それどころかデートの経験すらないまであった。


 何故か? 


 タカシは女性が苦手なのか? そんなことはない。タカシは異性と話すことに物怖じしたことがなかった。恐怖より先に性欲で脳内が埋め尽くされるからだ。


 では何故モテないのか? タカシはフツメンである。決してイケメンではない。しかし身なりには気を使っている方だしギルド職員は給料も悪くない。

 性欲が強すぎてキモすぎるのか? 否。断じて否。タカシの性欲は強い。それは事実である。もし数値化するのであれば、常人の数億倍彼の性欲は強かった。しかしタカシはそれを表に出すことがほとんどない。精々姿恰好を見てえっちだなと内心思うだけである。


 出会いがないのか? そんなことはない。タカシの勤めるギルドには女性職員も少なくないし依頼を受けに来る冒険者の中にも女の子はいる。どの子もえっちだし、タカシと関わる彼女らがタカシを邪険に扱うことも少ない。中にはタカシとプライベートな関わりを持とうと向こうから話しかけてくる者だっていないことはない。


 タカシが未だチェリーボーイな理由――それは、前世の元カノが忘れられないからだった。


――――


「大変ですタカシさん! ちょ、ちょっと来てください!」


 そんな張り詰めたかのような大声がギルド全体に響く。瞬間、誰もがその声に注目して雑多な声が響き続けるギルド内が静寂に包まれた。声はタカシの後ろからだった。


 何事かと振り返ると、そこにはセキアと同期で入ってきた若い男の職員の姿があった。タカシは男の名前を覚えぬ。彼の名前を思い出せなかったタカシは要件を窺った。


「そ、その……ギルドマスターがタカシさんに伝えるようにと! すぐに来てください!」


 あまりにも慌てた様子に尋常じゃない事態だと察したタカシは相手をしていた魔導士の冒険者に断りを入れてカウンター裏のギルド本部へと引っ込んだ。あぁ、名残惜しきはそのフードの上からも存在を主張する二つの双丘。さらばおっぱい、また会おうおっぱい。


 階段を上り、一番奥のギルマスの部屋へ。


「やぁ、悪いねタカシくん。まぁなにはともあれ楽にしてくれよ」


 そこにはいかにも切れ者といった風体の女性が難しい顔で机の上の書類と睨み合っていた。彼女はミューラ。このギルドのギルマスにして元凄腕の冒険者らしいがそんなことはどうでもいい。

 彼女の一番の特徴はそのバカみたいにデカい胸であった。小さいのも魅力であるがやはり男は大きなものに憧れる。それが怪物だろうと宇宙だろうとおっぱいだろうと、その絶対不変の法則は世界を跨ごうと変わらない。

 彼女は若くして引退したらしいが、その理由はぜったいおっぱいがデカすぎて邪魔だったからだろうとタカシは思っている。


 タカシはミューラの正面の椅子に座る。フカフカのソファはタカシの重みで少しだけ沈み、尻に心地よい反発を返してきた。ミューラの顔を正面に見据えながら、周辺視野を駆使して彼女の胸元を除きつつタカシはそのおっぱいの方が絶対ふわふわだろと思った。


「呼びつけて悪かったね。早速本題に入るけどいいかい?」


 タカシは頷いた。


「この街から東に山を跨いだ所に街があるだろう? そこが壊滅したらしい」


 ふぅん、とタカシは思った。


 この世界では魔物と呼ばれる存在が数多く生息しており人類はその脅威に晒されている。魔物は人類よりも強力で、ぶっちゃけ人類は負けそうになっていた。だから、こうした報告は珍しくもなんともない。始めは思う所もなくはなかったが、いくつも同様の話を聞いていくうちに慣れてしまった。


 どうしてその話を自分に、とタカシは尋ねた。


「いやね。その村の壊滅理由は例の如く魔物なんだけどさ。事実上壊滅、って扱いになってるってだけで村そのものは滅んでいないみたいなんだよ。厄介なことにね」


 ため息とともに頬杖をついたミューラ。豊満な胸が腕に圧迫されて形を変えた。あーだめですいけませんこれはえっちすぎる、ギルドマスターっていうよりもえっちマスターでしょこれは。


「どういうことか、だって? 簡単な話さ、村そのものは存続しているけれどその支配権は魔物たちに奪われている。つまりは占領されたってことだよ。しかも一晩の内にたった一種の魔物の集団の所為でね」


 くわしい経緯を聞いたタカシは頷いた。


「えっ? この件は自分に任せてほしい? いやいや、任せたいのは山々なんだけどさ、流石に無理があるでしょ。一晩で村を壊滅させるような集団相手なんかこのギルド全体でも厳しいからね、お国の方に投げてしまうのがいいと思うよ。というか、その手続きを頼もうとタカシ君を呼んだつもりだったんだけどね。ほら、村一つ滅んだなんて知れ渡ったら大騒ぎのパニック祭りだ。出来るだけ内密に終わらせたい」


 それに対しタカシは首を横に振り、差し出された資料を握りしめ立ち去った。


「あ、おいっ!」


 タカシの脳は高速で稼働していた。焼き切れんばかりにシナプスを電流が流れ、思考は光の速度に迫りつつある。考えるは一つ。


 タカシは性欲が強い。それはもう、バカみたいに強い。しかし前世の元カノへ未練を募らせるあまり、発散できずにいた。性欲を持て余していた。年中無休二十四時間欲求不満、リビドーエンジン臨界寸前メガマックス。そんな感じ。


 タカシは資料に書かれた村を滅ぼしたとされる魔物の名を読み上げる。


 サキュバス。

 いわゆる淫魔。えっちの化身。


 タカシは決意した。

 元カノへの未練を断つには新しい恋が一番である。

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