第18話 魔物と初配信

 先生達が戻ってきたのはそれから少ししてからだった。

 杉村さんは会議室に入るとすぐに私達に向けて話をはじめた。


「お待たせしました。まずは六本木ダンジョンの立ち入りと配信についてですね。両方共に問題ございません。ただ六本木ダンジョンは封鎖されていますので、入るために事前承認が必要です。三日前までには柳井に伝えて下さい」

「はい。真白の状況を見て早めに申請します」


 リンドヴルムさんが返事をした。普通なら私がする事なんだけどとは思ったが、誰も言わないし、もう良いか。任せよう。


「頂いた質問につきましては配信で話しても問題ありません」

「はい」

「最後に配信につきましては基本的には今まで通りですが、追加で我々の許可が出るまで非公開でお願いします。編集が必要な部分がありましたら都度連絡します」

「はい。昨日みたいに動画のデータを送りますね」


 そう言えば昨日も気付いたらリンドヴルムさんが魔衛庁に送っていたな。リンドヴルムさんがしてくれそうだけど、本当は私がちゃんとしなきゃいけないし、配信が終わったら一度非公開にする。

 忘れないようにしないと。


「後は我々からの依頼ですね。先ほど質問を配信で答えると言っていましたが、その配信は魔衛庁からでも配信は可能でしょうか?」


 魔衛庁での配信? 聞き間違いじゃないよね?


「魔衛庁でですか? 真白? どうしますか?」


 考えている途中で声をかけられるとびっくりする。急いでリンドヴルムさんを見ると私の言葉を待っているようで私をじっと見つめていた。


「えっ、あっ、大丈夫です。か、カメラを」

「配信機材はこちらで準備します」

「あっ、ありがとうございます」

「こちらも助かりますよ。リンドヴルムの初配信ですからね。上司から不測の事態に備えて監視しているよう指示がありました。質問の内容もきわどいものでしたので、視聴者の様子によっては配信を止めても構いませんか?」

「私は構いません。あっ、リンドヴルムさんは」


 リンドヴルムさんにも聞こう。そう思いリンドヴルムさんの方向を見ると何故か嬉しそうな表情でこっちを見ていた。

 相変わらず心臓に悪い笑顔だ。なるべく直視しないようにリンドヴルムさんの方向を見ながら言葉を待つ。


「問題はないですよ。ただ何も言わずに止めるのも良くないので、リスナーには事前に伝えます」

「お願いします。その際には我々と連携を取れていることも伝えてください」

「はい。もちろんです。配信日の指定はありますか? 僕としては真白のレベル上げにも取りかかりたいですし、なるべく早めに配信をしたいのですが」

「指定はございません。また来ていただくのも大変でしょうし、今からでも構いませんよ」

「今から? でしたら十七時からで良いですか? ある程度人を集めたいので事前に告知してからにしたいので」


 リンドヴルムさんの言葉でさりげなく時計を見る。十六時半。配信まで三十分。いつもより、告知時間は短いが、状況も状況だし仕方ない。後は杉村さん達の予定かな。


「構いません。告知が終わったら言って下さい。機材のある部屋に案内します」

「はい。急いで待機所を作りますね」


 大丈夫そうだ。返事を聞くとリンドヴルムさんはポケットから私のスマホを取り出し、操作をはじめた。すぐに操作が終わったのか、私にスマホの画面を見せた。

 一番に黄色い画像に黒文字で緊急と書かれていたサムネネイルが目に入った。準備が良いな。

 えーっと題名と概要欄は……


『題名:【雑談】緊急で動画をまわしています

概要欄:頂いた質問に答えていきます。

※この配信は魔衛庁の許可を得て配信しております。』


 雑談、なのかな? 突っ込みどころはあるが、質問に答える事と魔衛庁の許可については書いてあるから良い、と言うことにしておこう。


 そのままスマホの画面を見ているとリンドヴルムさんがつぶったーに投稿する。再び待機画面に戻ると待機人数が一気にあがり一万五千八十五人になっていた。いつもとは全然違う。

 待機人数は更に増え、すぐに三万になった。そして段々とコメントが流れはじめた。


『待機』

『枠立て乙』

『待機所サンクス』

『雑談で良いの?』

『緊急の雑談とは?』

『魔物の正体だよね』


 やっぱり雑談の部分にリスナーさんがとまどっているようだ。リンドヴルムさんの正体は雑談のノリで話す内容ではない。


『NGワード』

『マジだ。コメント出来ない』

『ちゃんと設定していて草』


 見ていたら急にNGワードと言う単語がたくさん流れる。ん? 何か設定していたっけ。


「NGワード?」

「スライムを設定してます」

「あっ! すみません」


 そうだ。昨日の配信でスライムをNGワードに追加したいって言っていたのに、すっかり忘れていた。


「気にしないで下さい。それよりも真白、そろそろ向かいましょうか」


 リンドヴルムさんがスマホの電源ボタンを軽く押しポケットにしまうとすぐに立ち上がった。そうだ。部屋を移動するんだった。私も急いで立ち上がる。


「杉村さん。お待たせしました」

「いえ。では案内しますね」

「お願いします」


 杉村さんたちに案内してもらい、配信用の部屋へ向かう。と言ってもすぐ近く会議室だった。違うのはテレビとWebカメラが置かれていた事だ。どうやらここにある機材は自由に使って良いらしい。

 家にあるのとは違う、高そうな機材の数々に躊躇してしまう私とは正反対にリンドヴルムさんは手慣れた様子で準備を始める。


 テキパキと手を動かしてはいるが、丁寧に扱っている。なら私がする事はなさそうだ。そのままリンドヴルムさんを見ていると「羊川」と私を呼ぶ先生の声が聞こえた。


「はい」

「タブレットだ。コメントはこっちの方が見やすいよ」

「ありがとうございます」


 そう言いながら、先生が持っていたタブレットの一つを貸してくれた。

 先生からタブレットを受け取り、画面を見ると既に待機画面が表示されていた。


『待機!』

『あと十分』

『魔物の正体がわかると聞いて』

『魔物予想でトレンドに色んな魔物の名前があがっている』

『事情知らないと怖いな』


 どうやらトレンドを浸食しているらしい。トレンドからとコメントをしている方がちらほら出てきた。って? 五十三万人? 待機の人数かなり増えていない?

 まだ勢いが止まらなく、すぐに六十万人になる。こんなにたくさんの方が待機しているのは初めてだ。


「リンドヴルム。雑談で良いのか?」


 先生の声が聞こえたので、先生に視線を移すと苦い顔をして別のタブレットを見ていた。


「ええ。僕の存在をエンタメとして消化出来れば、そこまで重く受け止められないですからね」

「そうか。受け入れがたいが、確かに一理あるかもしれないな」


 ため息をつきながらタブレットを見る。気付いたら待機人数は八十万となっていた。

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