第6話 実力を隠すのも楽じゃない
「お前、リュートって言うんだっけ? 俺はサイラス! よろしくな、リュート! へへ!」
サイラスと名乗った頬に傷のあるやんちゃそうな子供が手を差し出した。
俺はその手を取り、あまり力を入れないようゆっくり握りしめた。
「うん、よろしくサイラス」
「えっと……僕はポックルって言います。 よろしくお願いします、リュート様」
サイラスがガキ大将ならポックルは、いかにも頭脳担当って感じの容姿をしている。
眼鏡にキノコヘアー。
こういう大人しくて利発そうな子って、グループに一人は居るよな。
「僕の事はリュートって呼んで。 僕もポックルって呼ぶから」
「う、うん。 リュート……くん」
「はいはーい! 次はわたしの番だから、どいてどいて!」
この子はさっきの……。
「やっほ! あたしの名前はアリン! アリン=エイシャル! 今日からあんたのボスになる女の子の名前よ! しっかり覚えときなさい、おぼっちゃま! にしし!」
「へ……?」
「アリンちゃん、それはまずいよお……貴族の子を僕にしたなんて知られたら、ただじゃ……」
「はーあ。 リーリンってば相変わらずちっちゃいんだから。 そんなんだから背も伸びないのよ」
「背は今関係ないよぉ! ……関係ないよね? ねっ、ポックルくん」
リーリンと呼ばれた黒髪の少女が涙ながらに尋ねるが、ポックルはどう答えるべきかわからず、おたおたしている。
「むぅぅ……」
その煮え切らない様子のポックルに耐えかねたのか、リーリンは次に目があった俺に白羽の矢を立ててきた。
「リュート様もそう思いますよね!」
「え? う、うん……関係ないんじゃ、ないかな? はは……」
「……そっかぁ、よかったぁ」
「ねー、まだ話してんのー? 早く遊びましょーよー」
自分が蒔いた種なのにこの言い種。
ワガママが過ぎる。
なんだこいつ。
「リュート、早めに諦めた方が良いぜ? こいつ、いつもああだからよ……」
「ああって?」
「ワガママ放題、好き放題って事ですよ。 そのせいで僕達はいつもいつも大変な目に……」
これはもしかして、とんでもない奴と知り合ってしまったのでは。
誰もまだオッケーしていないのに勝手に鬼ごっこを始めてしまったアリンを見て、俺はふとそう思った。
アリンと一時間遊んでみて、彼女がどういった人間なのか段々とわかってきた。
言ってみれば彼女は、傍若無人、唯我独尊を体現したような人物だ。
自分のしたい事はなんとしても通し、自分が勝つまで絶対に諦めず妥協しない。
そんな面倒臭い人間なのである、このアリンという少女は。
「待ちなさいよ、リュートー! いい加減捕まりなさーい!」
「でも手を抜いたら怒るんだよね!」
「当たり前でしょーが! 手加減したらぶっ飛ばすわよ!」
なら俄然捕まるわけにはいかない。
それじゃあ、絶対に来られない所に逃げ込むかな、と。
「よっ!」
俺は目の前の大木に向かってジャンプ。
枝を足場にして、子供どころか大人ですら絶対登ってこれない大木の登頂部に、難なく着地した。
「ああっ、ずるい! 降りてきなさいよ、リュート! 降りてこーい!」
絶対に嫌です。
……にしても、これはなかなか悪くない景色だ。
前方には大平原。
西には森が広がっており、東には探索しきれそうにない程の山脈が連なっている。
平原の向こうに見える点。
あれはもしかして、街だろうか。
平原を越えた先に、大きな街が見える。
距離にしておよそ馬車で3日ってところか。
なんて名前の街なんだろ。
今度父さんに聞いてみよう。
「リュート! いい加減降りてこいよー!」
サイラスが呼んでる。
もう少しここでアリンの目から逃げていたい所だが、あんまり遅くなるとリーリンやポックルが代わりに被害に遭いかねん。
そろそろ降りるとするか。
「うん、今降りるからちょっと待っ……」
ドクン。
「!」
なんだ……?
半径二十キロに及ぶ俺の魔力探知に何かががひっかかった。
これは、山脈の方からか。
手前から二つ後ろぐらいの山からリル程ではないにしろ、それなりに強い魔力を感じる。
「リル」
『おお、主殿。 どうかされましたか? わたくしめに何かご用命でも?』
「今どこに居る?」
『今は屋敷周辺の見回りをしている最中ですが』
それは好都合。
「急で悪いんだけど、今すぐ山の様子を見に行ってくれないか? 強力な魔物の反応を探知した」
『承知しました』
リルが返事をした直後、屋敷の方から凄まじい速度で山の方へと駆けていく獣が目に入った。
流石は元魔王の部下。
仕事が早い。
「どうだ、リル。 山には着いた?」
『今しがた』
「じゃあ次は魔物の居場所を特定してくれ。 奥の山のてっぺん辺りに居ると思う」
『承知。 して、見つけた場合はわたくしめが処理して構いませぬかな?』
魔力量からして明らかにリルより格下だ。
任せて問題ないだろう。
「ああ、頼む」
『はっ』
それから報告が上がったのは、調査を頼んでからおよそ三分後の事だった。
『主殿、申し訳ございません』
「どうした?」
『倒し損ねました』
リルがそう言った次の瞬間。
山の方から鷲のような声が響き、それとほぼ同時に大量の鳥が山から飛び立った。
その烏合の中に、一際大きな影が浮かび上がっている。
大鷲の魔物、グリフォンだ。
「わかった、なら仕方ない。 俺が殺るよ」
『お役に立てず申し訳ない。 どうにもわたくしめは飛行型の魔物と相性が悪く……』
「分かってるから気にしないで良い。 後は任せておいてくれ」
『御意』
部下の尻拭いは上司の役目。
ちゃちゃっと終わらせますか。
じゃないと……。
「クエエエエッ!」
「ひっ! な、なに今の鳴き声! まさか魔物!?」
「あ……あれを見ろ! グリフォンだ! グリフォンが来たぞ!」
「うわああああ! 皆、逃げろおおお!」
「きゃああああ!」
あーあ、言わんこっちゃない。
無駄に騒ぐせいで、グリフォンの狙いが俺から村人に移ってしまった。
このままじゃ村の人達が食い物にされかねん。
その前に終わらせるとしよう。
「属性は闇、構成は空間、範囲は対象周辺……」
ここから魔法で狙い撃ってもいいんだが、父さんから俺の力は異常だから人目に触れないようにしろと言われてるからな。
勘づかれないよう、発射型ではなくグリフォンの周りに魔法陣を直接展開してっと。
よし、これで母さんが倒したように見せられる筈。
後は、母さんの動きを待って────
「マリア! 民衆は僕が誘導する! 君はグリフォンを引き付けておいてくれ!」
「ええ、なんとかやってみるわ! 光の矛よ、かの者を退ける牙となれ! フォールン……!」
今だ!
「エッジ!」
「アビスゲート」
母さんが放った、光の刃で敵を貫く魔法がグリフォンの胸元を貫ぬいた刹那。
俺はタイミングを合わせて、空間魔法を発動させた。
「ピュイイッ!」
「おお! グリフォンが……!」
「跡形もなく消滅したぞ! マリア様の魔法で!」
「マリア様、すげえ……」
遠目から見たら、さも母さんの魔法がグリフォンを消滅させたように見えただろうが、実際のところ母さんの魔法は致命傷すら与えられていない。
胸元を傷付ける程度が関の山だ。
実際にグリフォンを消滅させたのは、俺が放った魔法、アビスゲート。
小型のブラックホールを発生させて、対象のみを吸い込む魔法である。
まあでも魔法をよく知らない村人からしたら、フォールンエッジもアビスゲートも大差無いだろうから、母さんがやったのだと錯覚するんだろうけど。
「マリア、今のは……」
「……ふぅ、あの子には敵わないわね。 本当に……」
これにてミッションコンプリート。
まったく、これだから力がありすぎるってのも楽じゃない。
いつまで隠さないといけないことやら。
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