第53話 このシャルルが退治してくれん
ジャネタの胸から生えていた棘――黒い刀身が、勢いよく燃え始めた。
まるで剣自身が怒りの声を上げているが如く……。
業炎と呼ぶべき凄まじい炎が上がっていた。
炎はジャネタの全身をくまなく包み、その身を焼く。
それでもアマーリエは決して、目を逸らさなかった。
目を逸らしてはならないと頑なですらあった。
(あたしもああなってたのかもしれない……)
アマーリエにとって、ジャネタの姿は目に焼き付けておかねばならないもう一人の自分である。
愛されたいと手を伸ばした先に待ち受けていたかもしれない絶望に満ちた未来。
愛されることを諦め、もがき苦しみ、周囲の人を傷つけた報い。
自らの身を焼き尽くし、終わるあまりにも悲しき最期。
見届けねばならないとアマーリエは思った。
しかし、こうも考えていた。
一人では決して、そのような結論に至らなかっただろうと……。
ロベルトと繋いだ手から感じる確かな温もりに勇気を与えられている。
そう感じていた。
一人では無理でも二人ならば、勇気と力が湧いてくる。
アマーリエはそんな気がしてならなかった。
辛うじて、『ごめんね』と呟いたように読み取れた。
黒焦げで見る影もなく、それが顔だったと判別が出来るほどに原形を留めていない。
だが、黒く焼け焦げた皮膚に覆われながらもきれいな瞳が未だに輝きを失わず、光を放っていた。
それが何とも不気味でもあった。
棘が抜かれ、まるで物を無造作に扱うように
己の欲望のままに世界を壊そうとしたジャネタは確かに悪人であったに違いない。
しかし、それでもこんな結末を迎えるのはあまりにも酷いのではないか。
アマーリエの中で沸々と怒りにも似た感情が芽生えつつあった。
「ふっふふふふっ。はっーははははっ。レーヴァティンは在りし日の姿を取り戻した。愉快愉快」
燃え上がる刀身を意にも介さず、右肩に乗せ、アマーリエらを威圧するかのようにロキと呼ばれた男は不快な笑い声を上げる。
傲岸不遜にして、何者も恐れぬ男の佇まいにアマーリエ達は指一本さえも動かすことが出来なかった。
恐怖。
戦慄。
雑多な感情が入り混じり、激流となって心に押し寄せるが如く。
体が思うように動かない。
「大丈夫だ、
ロベルトはアマーリエを励ますべく、言った。
ともすれば恐怖に押し流されそうになりながらも勇気を振り絞り、心を奮い立たせ、アマーリエを励ますように……。
彼の手は抗しきれず、小刻みに震えていた。
ロベルトの心遣いを知り、アマーリエの心に希望の灯が灯った。
「おのれ、この邪神め。このシャルルが退治してくれん!」
握った剣を持つ手の震えが止まらず、耳障りな音を立てていた。
声の主は恐怖を振り払わんとばかりに鼓膜が破れそうな大きな声でがなり立てる。
トマーシュが、護衛として付けた近衛騎士四人のうちの一人だった。
四人の中で一番の若手。
シャルルだった。
「待て、シャルル。これはロキの罠だ」
男性にしては高めのよく通る声だった。
きれいに整えられた顎髭をいじりながら、鏡を見ているに違いない。
そう想像するに難くない声の主もまた、近衛騎士の一人である。
洒落男として知られるアンリさんだった。
「おいらも加勢するぞお」
「待て待て。迂闊に飛び込む馬鹿がおるか」
妙に間延びした声の主はイザーク。
周りを窘めるような落ち着き払った声はリーダー格のアルマンだった。
アルマンは四騎士の最年長であり、近衛騎士団の副団長でもある。
「はははっ。お前さんらの相手は我ではないよ? ほら。アレをどうにかしないとお前さんらの国はおしまいだなぁ。大変だなぁ。はっーははははっ」
最後まで人間を嘲笑うように高笑いだけを残し、ジャネタを殺した男――悪名高き神ロキは姿を消した。
文字通り、消えたのだ。
闇に溶け込くかのように消えていったロキの瞳には何の感情も籠っていない。
その目を思い出しただけでアマーリエは全身に鳥肌が立つのを感じた。
呆然としたまま、動けないアマーリエを他所にアルマンの指示で近衛騎士とロベルトは、祭壇に横たえられていたユスティーナを抱えあげた。
しかし、彼らは空の一点の見つめたまま、言葉を失った。
空に描かれた魔法陣が完成し、そこから巨大な何かがゆっくりと姿を現し始めていた。
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