第35話 ネドヴェトの黄薔薇②
(マルチナ視点)
「ペトルお兄様はマソプストの名を出したがらないの」
学園でペトルという名の教師は一人しかいない。
ペトル・ビカン。
整った顔立ちだが、厳しい先生。
夕焼けを思わせるオレンジブラウンの髪と切れ長の目に収まる翡翠の色をした瞳からは非常にきつい印象を受けた。
女生徒からは”あの俺様な感じが素敵”と人気があった。
私にはどこがいいのか、よく分からなかったけども。
少なくとも接する機会の多い
「ビカン先生のことかしら?」
「そうなの。お兄様は魔法学の権威ですし、歴史にも詳しいんですの。きっと力になってくれるわ。でも、家には帰ってきませんの」
そう言うとヴァニーはしゅんとなって、寂しそうな表情をする。
いつも朗らかな彼女を見ていたからでしょうか?
激しく胸を締め付けられるような錯覚を覚えるのはなぜでしょう。
あぁ、なんということでしょう。
私は酷い姉でした。
妹達が苦しんでいても手を差し伸べなかった。
気が付いているのに見て見ぬふりをしていた。
自分のことしか、考えていない愚かな姉だった。
「
「あら、
大窓が開け放たれる音と落ち着きのある低い男性の声が聞こえた。
気のせいではない。
ヴァニーはその人物のことを知っているのか、自然に会話をしているのだから。
でも、待って。
ヴァニーの部屋は二階にあって、外から簡単に侵入出来る場所にないわ。
「
旅装束と思われる黒い
マントだけではなく、チュニックもトラウザも身に付けている装束が黒で統一されているので余程、黒が好きなのだろう。
(ねぇ、ヴァニー。この方はどなたなの?)
(え、ええ? そうね。従兄や又従兄弟よりも遠い親戚といったところかしら)
(ヴァニーの親戚だったのね。それなら、安心だわ)
(そ、そう)
ヴァニーの手を握って、直接通話で目の前の不審人物について聞いて正解だった。
見た目もあって、ちょっと怖そうな人に見えたので下手に口を挟んだら、まずいと思ったのだ。
ヴァニーの親戚ということなら、身許のしっかりした人に違いない。
「お初にお目にかかります。マルチナ・ネドヴェトでございます。ヴァネサ・マソプスト令嬢とは親しくさせていただいております」
例え、相手が値踏みするように上から下まで観察してきても慌てることなく、心を落ち着かせよ。
常に淑女たれ。
私はそう教え込まれ、鍛えられた。
相手が不審者であろうとも丁寧に挨拶をしてから、カーテシーを決めるのはもはや、条件反射のようなものだ。
「そうか。ネドヴェトの黄薔薇ね。これは面白いことになったな」
「はい?」
「俺はトマ……トムだ。トムと呼び捨てでかまわんさ」
そう言うとフードを下ろしたトムは思っていた以上に若くて、顔立ちの整った人だった。
年齢は私とそんなに変わらないのかもしれない。
「トムだ」と自己紹介した時の笑みを浮かべた顔は少年のようにも見えたし、落ち着き払っている様子は青年のようにも見える。
ヴァニーに気安く、話しかけているから、やんごとなきところのお坊ちゃまなのかしら?
これが私とトムの出会いだった。
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