第28話 だから、何でもないんだもん
サーラはアマーリエにとって、初めて出来た学園の友人だった。
友人の家に泊る。
この時期の子供にとっては一種のお祭りに近いものがある。
それが何となく押し切られるままに一緒の部屋で寝ることになった。
アマーリエとしてはどうにも腑に落ちないところがあったが寝るまでの間、他愛のないお喋りをしているだけでも楽しいのだと初めて、知った。
しかし、状況が状況である。
エヴェリーナを助けることが出来た。
家を離れられた。
結果として、最悪は免れているものの何も解決してないのだ。
アマーリエはふと幼かった頃に思いを馳せた。
あの頃は家族皆がもっと明るく笑っていて、優しかったのにと……。
ユスティーナですら、朗らかに笑っていた。
そのせいなのか、サーラとお喋りをしていてもどこか、心から楽しめないでいる自分にアマーリエは気付いていた。
だが屈託なく、からからと笑うサーラの底抜けの明るさに救われていないとは言えなかった。
しかし、アマーリエには一つ気になることがあった。
ユリアンの言葉だ。
どういう意味なのかが分からなかった。
安らかな寝息を立て、幸せそうな寝顔を浮かべてるサーラを見ると悩んでいることが無駄にさえ、感じていた。
元来、アマーリエは悩んだり、考えるのが苦手なのだ。
性に合っていないことをしているのがそもそもの間違いだったとも言える。
結局のところ、アマーリエはしっかりと睡眠をとっていた。
ちょっと深く、考えようとしただけで『めぇめぇ』と踊り狂う羊さんの群れが出てくる彼女にとって、眠れないという選択肢など元よりなかったのである。
悩んでいたことが嘘のようにあっという間にすやすやと眠っていたのだ。
状況が状況だからと考えていた昨日の自分は悲劇のヒロインを気取りたかっただけなのかもしれない。
アマーリエはそう考えることで少しだけ、気が楽になった。
むしろ、彼女を悩ませるのは現在の状況である。
今日から、学園――アカデミーは長い冬期休暇に入る。
ビカンはその学園に住んでいる。
だから休暇でも変わりなく、「いつでも訪ねてくるといい」とビカンは言ったのだ。
少しばかり内容が違うかもしれないが、ほぼその理解で合っているとアマーリエは考えていた。
もし間違っていたとしても呆れた顔をしながら、「お前というヤツは」と言って受け入れてくれる気がしたからだ。
ポボルスキー家の馬車には乗せてもらうだけと思っていたアマーリエは、知らぬ間に外堀を埋められていたのである。
「どうしたんだい、
「別に何でも」
「朝は苦手だったよね」
「そうですけど。そういう訳じゃなくって。うん。何でもないんです」
隣の馭者席で朝から、元気な王子様――ロベルトの様子にアマーリエは面食らっていた。
朝食の席が終わるか、終わらないかのタイミングでの訪問である。
アマーリエがロベルトのカブリオレに乗るのはどうやら、確定事項だった。
これも知らないのはアマーリエただ一人なのだ。
アマーリエが朝を苦手としているのは今に始まったことではない。
苦手であるにも関わらず、無理をして、食卓を盛り上げようとしていた。
そんな無理にいつか限界が来るのは分かっていた。
ロベルトはそんな自分と真逆の存在だとアマーリエは感じていた。
いつでも王子様でいられる彼の存在は、キラキラと輝いて見える太陽のように感じられた。
今もキラキラと輝き、眩しいままだった。
カブリオレに乗る際もおかしかったのだと、アマーリエは思い出した。
ロベルトはまるで本物の王子のようにエスコートをした。
アマーリエはそんな彼のありえない様子に、朝が苦手な彼女の目も一気に冷めてしまったほどだ。
(だから、何でもないんだもん)
強がって見せるアマーリエだがその実、内心では激しく鼓動する胸の高鳴りに動揺を抑えきれなかった。
「いつでも来ていいとは言ったが、休暇初日から来るとは思っていなかったぞ。ネドヴェト嬢」
ビカンは腕を組み、不敵な笑みを浮かべ、一行を出迎えた。
着ているローブとビカンが纏う独特な雰囲気のせいか、「ふはははは。よく来たな」という台詞が似合いそうな美形の悪役にしか見えない。
「小説にこんなキャラがいる!」などと浮かれたことを言えば、怒られるのが目に見えて分かっているのか、アマーリエは吹き出しそうになるのをどうにか堪えていた。
ビカンはアマーリエのことをわざと他人行儀な呼び方をしている。
機嫌がよくない証拠だとアマーリエは考えていた。
『ペップ』と『エミー』と呼び合える関係になれた。
ビカンも自分と同じできっと朝が苦手なのに違いないとも考えた。
(これは失敗したのかもしれない……)
でも、何か言い知れない不安を感じていた。
ロベルト、ユリアン、ビカン。
三者の間に見えない火花が散っているような妙な錯覚をアマーリエは感じていた。
(気のせいかしら?)
それが何なのかは分からないアマーリエはまだまだ、子供だった。
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