第13話 あのドレス、素敵だわ

 帰り際、ビカン先生は冬期休暇に入っても学園にいるから、いつでも訪ねてきていいとアマーリエに伝えた。

 「先生は学園に住んでいるの?』と不思議に思ったアマーリエだがそんな質問をしたら、怒られる未来しか想像出来ない。

 いくら無茶が好きなアマーリエでもわざわざ竜の尾を踏みに行くほど、無茶で無謀ではなかった。

 お礼を言うだけに留めたアマーリエは賢明だった。


 帰りの馬車でもアマーリエの居心地が良くなることはなかった。

 乗り心地まで悪く、感じたのは向かいに座っているユスティーナがずっと睨んでくるせいに違いないとアマーリエは思った。


 何が気に入らないのか、ユスティーナは眉間に深い皺を寄せていた。

 言いたいことがあったら、我慢出来ない性格なのはユスティーナもアマーリエも同類である。

 何を我慢しているのだろうかと不思議で仕方ないアマーリエだが、諦めることに決めた以上、関わらないことにした。


 マルチナとは軽く、二言三言だけど言葉を交わしている。

 他愛のない会話だった。

 マルチナはもうすぐ学園を卒業する。

 卒業したら、次に待っているのはデビュタントである。


 マルチナは実の妹であるアマーリエから、見ても美人だった。

 きれいで頭がいい自慢の姉。

 それは間違いないと彼女は思っている。


 しかし、マルチナが大好きなのは自分自身なのだろうともアマーリエは考えていた。

 末っ子をかわいがるのも出来が悪い妹にそうしている自分が周りから、よく思われたいからに過ぎないのだと……。

 マルチナにとって、アマーリエはアクセサリーの一つのような物。

 その程度に過ぎないのだと思えば、少し気分がスッキリとしたアマーリエは思った。


(変に愛を求めなければ、いいってことよね?)


 だから、「あのドレス、素敵だわ」と社交辞令のように言った。

 マルチナも「そうでしょ」と返すだけだった。

 本当に何でもないやり取りである


 素敵なのは事実そう思ったから、口にしただけでアマーリエは嘘を言ってない。

 純白のボールガウンと絹の長手袋は、身に付ければ憧れのお姫様になれる素敵なアイテムだった。

 アマーリエにとって、嫌いになる要素は何一つない。

 デビュタントに向け、あのミリアムが気合を入れていたのもあって、マルチナのボールガウンはまさにお姫様そのものだったのだ。


 まさか、この時の会話が原因になり、後で面倒なことになるとはアマーリエは思っていなかった。




 夕食もエヴェリーナを除く全員が揃っていた。

 「今日はどうだった?」「何もないわ」といった程度の当たり障りのない会話がされるだけだ。

 それ以外の会話はなく、盛り上がりに欠ける。


 ミリアムとマルチナは何かしらの期待を込めた視線をチラチラとアマーリエに送るが、当の本人はそれに気が付かない振りをしていた。


(そんな期待されても困るわ。あたしはもう期待するのもやめたし、期待に応えるのもやめたんだから。そういうのは仕切るのが得意なユナがやれば、いいのよ)


 食欲がないので部屋に戻りたいとアマーリエが宣言すると残された三人は、バツの悪そうな顔をしている。

 アマーリエは気付いていながらも気付かない振りをして、そのまま食卓を離れた。

 気付いてはいたものの三人の表情がどういう意味なのか、なぜ悲しそうなのか、アマーリエには皆目、見当が付かなかった。




 アマーリエの食欲がないと言うのは半ば嘘で半ば本当である。

 噓は方便というがそうでも言わなければ、逃げることが出来なかったからだ。

 もしも、あの場に留まっていたら、居たたまれなくなったに違いない。

 アマーリエにとって、それは紛れもない事実だった。


 部屋に戻りメモに書き込み、考えをまとめることで現実から目を背ける。

 それしか、アマーリエに出来ることはなかった。


 ビカンから聞いた話でエヴェリーナに盛られた薬が、ベラドンナの可能性が高くなった。

 もしかしたら、エヴェリーナの食事や薬だけではない。

 ネドヴェト家の屋敷ではどこに混ぜられているのかも分からない。


 微量であれば、味の濃い物に混ぜられたら、判別がしにくい物だった。

 アマーリエは自分も飲んでいるのかもしれないという考えに行き着き、心底恐ろしくなった。

 自分ではなくても家族の誰かが、飲んでいるのかもしれないのだ。

 誰がベラドンナを持ち込んだ犯人なのか。

 見当がつかないこの状況では身を守る手段も限られてしまう。


 メモにそのことを書き込み、腕組みをして考える振りをしてみるアマーリエだが、さっぱり、分からなかった。

 考えれば考えるほど、出口の見えない迷路に迷い込んだようだった。


(こんなことしてたら遅くなっちゃう! 厨房から誰もいなくなったら、困るわ)


 急に大事なことを思い出したアマーリエは慌てて、厨房に向かった。

 幸いなことにまだ、料理長が仕事をこなしている最中だった。


 夕食の時、食べられなかったから、今頃になってお腹が空いてしまったとアマーリエが、伝えるとすぐに用意をしてくれる。

 料理長のミハルはアマーリエが生れる前から、長年ネドヴェト家に仕えている。

 使用人の中でも最古参の人間だけに色々と融通を利かせられるのだった。


 ミハルはアマーリエが部屋で食べたいと伝えたこともあり、トレーの上に軽食を用意した。

 時間が時間だけに野菜のスープとふわふわした食感のオムレツしか、用意が出来ないとミハルはすまなそうな顔をするがそれでも十分だとアマーリエは思った。


 アマーリエが自分で持っていくからと伝えるとミハルはさらに険しい顔になる。

 そんなミハルを「これくらいなら、あたしでも大丈夫だから」と制し、トレーを手に逃げるようにアマーリエは厨房から立ち去った。


(エヴァのところに持っていくのに、誰かについてこられるとまずいんだからっ)


 アマーリエが内心、そのようなことで焦っていようとは誰も思わない。




「だから、薬は絶対、飲んじゃダメよ」

「うん。分かった」


 エヴェリーナの部屋のサイドテーブルには相変わらず、汚いグラスと水差しが置いてあり、薬包もあった。

 彼女は体が辛いのを無理して、飲んだ振りをしていた。

 それもあってか、余計に疲労が蓄積し、体力のないエヴェリーナは疲弊しているようだった。


 ぐったりとしていたエヴェリーナだが、軽いノックとともにアマーリエが部屋を訪れると嬉しそうな顔をする。

 「これしか、用意出来なかったの。ごめんね」というアマーリエの言葉にも「そんなことないよ。私、こんな美味しそうなスープ見たことないわ」と自然に言ってのける。

 それがエヴェリーナの特質であるとも言えよう。


 しかし、あまりにも辛そうなエヴェリーナの様子にアマーリエは彼女に食べさせるという予定にない行動を取ることになった。

 さらに驚かされたのはエヴェリーナの食欲旺盛なところだった。

 スープとオムレツをあっという間にペロリとたいらげる。

 それだけ、エヴェリーナが飢えていたという証左である。

 そう頭では理解していながらも首を捻りたくなるアマーリエだった……。


 食事だけではなく、積もる話をもっとしたかったアマーリエだが、あまり長居をすると見つかった時に面倒になることが分かっていたからだ。

 短い時間しかいられないのを残念に感じながらも自室に戻り、エヴェリーナのことを考えると心の中に確かな温もりを感じられた。

 そのことが嬉しくもあり、誇りにも思えた。


 全てを諦めていたアマーリエが少しばかりの幸せを感じ、いい気分で夢の世界の住人になった。

 明くる日に自分の身に起きることなど、知る由もなく……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る