28.祖父母の家に行く

 サイン会から帰って僕が提案したのは、次の寛の休みに祖父母と叔母が住んでいる家に行くことだった。


「サイン会に来てくれたお礼もしたいし、ゆーちゃん、僕一人で行っちゃうと不安なんでしょう?」

「そうだな」


 僕が実家に帰ったときにはものすごく憔悴していた寛。あの姿を思い出すと置いて行く気にはどうしてもなれないのだ。

 小さい頃から僕は祖父母の家に預けられていた。

 僕が寛と遊びたがることが多かったので、寛も一緒に行っていた。


 寛の両親はともかく、寛に関しては僕の家族とも付き合いがあるのだ。

 急に僕の実家に現れてもご飯を食べさせてくれるくらいのことは両親もするし、兄弟たちも寛に慣れている。


「かーくんのお祖父様とお祖母様、それに叔母さんはいいのか?」

「メッセージで聞いてみたけど、懐かしいって言ってくれてるよ」


 あの小さな寛くんが久しぶりに来てくれるなんて嬉しい。


 保育園のときも頻繁に来ていたし、小学校の頃は僕は学童保育が定員が少なすぎて入れなかったので、祖父母の家に預けられていた。小学校から帰ると祖父母の家に行くのだが、そのときに寛は毎日聞いて来ていた。


「かーくんのこと、送って行っていいか?」


 それは遊びに来たいという遠回しな主張で、はっきりと言えない寛に、僕は喜んで答えていた。


「ついでに遊ぼうよ! 叔父さんと叔母さんに新しいトランプのゲームを教えてもらったんだ。動物将棋もあるよ! タロットカードもある」


 タロットカードに関しては、そんなものを信じているのかと言われそうだったので他人には言っていなかったが、僕は寛にだけは話をしていた。

 タロットカードで占いをすることを、叔母は「心理学と統計学よ」と教えてくれていたし、僕もスピリチュアルに傾倒することはなかった。

 スピリチュアルに傾倒するのがいけないとは言わないのだが、お化けやひとではないものが世界を闊歩していると考えるだけで怖いではないか。僕はまだ見えるのでそれが分かるが、見えないひとたちはもっと怖いだろう。


 そんな感じで祖父母の家にも寛は保育園のころから入り浸っていたので、祖父母にとっては孫のように思ってくれているようだった。


 僕と寛が祖父母の家に行くと、お茶と干し柿が出て来る。

 四角い形の干し柿は、ねっとりとしていてとても美味しいという噂のお高いものではないだろうか。


「かーくんは干し柿が好きだから買っておいたとよ」

「緑茶も美味しいやつを淹れたとよ」


 末っ子の叔母が小学生のときにここに引っ越してきた祖父母一家は、訛りが少しある。

 祖父母の家ではその訛りで話すので、懐かしかった。


「こんな高いの、食べるのがもったいなかね」

「いいから食べて食べて。寛くんも干し柿、嫌いやなかろう?」

「いただきます」


 フォークで干し柿を切って食べている寛。寛に食べ物の好き嫌いがあるという話は聞いたことがない。


「すごく美味しいです」

「よかった」

「かーくんと寛くんが来るけん、アルバムを整理しよったとよ。これ、覚えとるね?」


 小さな写真が大量に入るアルバムを見せられて、僕と寛はそれを覗き込む。

 小学校のときの僕と寛が写っていた。


 公園で遊んでいたり、カードゲームをしていたり、叔母のハンモックに二人で座っていたり、仲のいい姿が何枚も何枚も写真で残っている。


「お兄ちゃんが写真に凝っていた時期だから、写真に撮って現像してたとよね。懐かしくて整理が全然捗らんかったわ」


 叔母が言う兄は、僕の叔父のことだ。僕には叔父が二人、叔母が二人いるけれども、結婚しているのは叔父一人だけで、残りの叔父と叔母二人は結婚していない。

 写真を撮ってくれたのは結婚していない叔父だと覚えている。


「ゆーちゃん可愛い。小さい頃はかっこいいって思ってたけど、こんなに可愛かったんだ」

「かーくんも可愛いよ」


 写真を見ながら寛と一緒に言い合う。

 昔から寛は整った綺麗な顔をしているが、僕は平凡な顔立ちだった。


「最後のページ、見てみんね」


 祖母に言われて最後のページを捲ると、僕と寛が中高一貫の学校の制服を着て校門で立っている写真があった。

 これは入学式の写真だ。


「これ以降、学校が忙しくなって家に頻繁に来なくなったけん、実質これが最後の写真なんだけど、二人ともいい男やろ?」

「いい男と言ってもらえて嬉しいです」

「寛くんはこんなに格好よくなって。かーくんも可愛く育って」


 ころころと祖母が笑うが、この熊のような体型の僕に可愛いと言えるのは祖母や叔母くらいかもしれない。


「夕ご飯は食べていくやろ?」


 叔母に聞かれて、僕は寛を見た。

 寛は小さく頷く。


「ご馳走になろうかな」

「ご馳走作らないかんね」

「かーくんの好きなコロッケとラザニア作らな」


 忙しく動き出す叔母と祖母に、僕は許可を取って叔母の部屋に入れてもらった。

 叔母の部屋の机も椅子もハンモックも、自由に使っていいことになっている。

 机の上にタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜ始めると、ハンモックをソファ代わりに座っている寛が興味を持つ。


「何を占うんだ?」

「これからのこと、かな」


 一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が近未来、四枚目がアドバイス、五枚目が周囲の状況、六枚目が障害となっているもの、七枚目が最終結果のV字にカードを並べていくホースシューというスプレッドを使うことにした。


 一枚目を捲ると、ペンタクルの八の正位置が出て来る。

 意味は、修行。

 目の前のことにコツコツと取り組むという意味もある。


 『これまでは与えられて来た目の前の課題に取り組んでいただけだけど、これからは変わってきそうね』と猫又の声が聞こえた。

 猫又はハンモックに座っている寛の膝の上に座っている不動明王の膝の上で撫でられてごろごろと喉を鳴らしている。


「目の前の仕事だけじゃなくなる。もっと可能性が広がるのかな」


 呟きながら二枚目のカードを捲る。

 カップの七の逆位置だ。

 意味は、夢。

 正位置ならばあれもこれも欲しがって定められないという暗示だが、逆位置だと目標を定めてそこに向かっていくという意味になる。


 『専業作家になるという目標もしっかりと定まった状態ね。これからはもっと幅広く仕事を取っていかないといけないわ』と猫又が言っている。


「幅広く仕事を、か」


 僕は基本的に一つの出版社からしか本を出したことはなかった。

 デビューした出版社からずっと仕事を頼まれているような感じだ。

 何度か別の出版社からも本を出したけれど、それは一度きりで継続するようなことはなかった。


 専業作家となったからには、僕はこれからもっと幅広く活躍できるようになっていかなければいけない。

 タロットカードはそう言っているようだった。


 続いて三枚目のカードを捲る。

 ソードのクィーンの正位置だ。

 意味は、的確さ。

 はっきりと意志を示すという意味もある。


 『これからは発言や文章によって、ひとの心を動かす場面があると思うの。そのときには明確に、自分の意志を示した方がいいわ』と猫又は言っている。

 不動明王に撫でられながらなので威厳はないが、僕はタロットカードの意味と合わせてその発言を聞いていた。


「僕のことをまだ女性だと勘違いしているひとがいるみたいだから、はっきりしめさなきゃいけないね」

「性別がそんなに大事か?」

「いや、SNSのメッセージにナンパ目的のものが入るんだよね」


 あれは嫌だと顔を顰めると、寛も眉間に皺を寄せていた。


「若い女性だと思うとなんで男っていうのはそんなことするんだろうな」

「最低だよね」

「かーくんを男性と信じてないのも、読者じゃなくて、周囲で面白そうに騒ぎ立ててるだけの連中じゃないのかな。かーくんの作品は読んでないと思う」


 寛の言葉に、僕もそうではないのかと思い始めていた。


 四枚目のカードは飛ばして、五枚目のカードを捲る。

 ワンドの四の正位置が出た。

 意味は、歓喜。

 しがらみから解き放たれる、自由になるという意味がある。


 『これまで性別で色々な憶測があったけれど、それを明らかにしたおかげで周囲はあなたを認めるようになるわ。これからはもっと自由に書ける』と猫又が言っている。


 六枚目のカードは、カップのクィーンの逆位置だった。

 意味は、慈愛。

 逆位置になると、自分自身の芯がないために周囲に引き摺られるという意味になる。


 『自分がどうしてあなたの作品を読んでいたのか、分からないひとたちにとっては、性別を明らかにしたことは困惑されているかもしれない。でも時間の問題よ。すぐに慣れるわ』と猫又が不動明王に撫でられながら満足そうに言っている。


 最終結果を見る前に、僕は四枚目のアドバイスのカードに戻った。

 捲ると、ワンドの九の正位置が出て来る。

 意味は、備える。

 いかなる状況にも応じられるという意味がある。


 『しっかりと備えておくのよ。チャンスは急に来るかもしれないからね』と猫又が悪戯っぽく言っている。

 それを聞いてから、最後の七枚目を捲った。


 出てきたのはカップの三の正位置。

 意味は、共感。

 仲間と共に喜び合う暗示だ。


 猫又が何か言う前に、僕の携帯にメッセージが入った。

 編集の鈴木さんかと思って見てみると、過去に一度だけお仕事をさせてもらった出版社の編集さんからだった。


『今回の上下巻同時発売の本、読みました。メープルシュガー先生の新境地だと思いました。ぜひ、うちの出版社でも妖ものを書いてもらえませんか?』


 仕事が舞い込んできた。


『今の仕事とスケジュールを調整しないといけないので、出先なのでまた連絡します』


 返事をしてから僕は寛を見た。


「祝杯だ! 新しい出版社と仕事ができそうだよ!」

「おめでとう、かーくん」


 その仕事が妖関係というのはちょっと怖い気がしたけれど、僕はとりあえず喜んでおくことにした。

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